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小説 | 島の記憶  第30話 -月光-

前回のお話


翌朝、私とタネロレはマイア叔母さんに別れを告げ、神殿を目指した。途中、インデプとテマナオ夫妻に会ったので、私達4人で歩いていくことにした。

三人は私の足を気遣ってくゆっくり歩いてくれたが、両脇の杖があれば何とか四人とほぼ同じ速さで歩くことができた。「広い神殿を毎日歩いているからかしらね。大分足が速くなってきているわよ」インデプが言ってくれた。


神殿での相談は予約制になっているので、ライナ達だけでも昨日は十分にお勤めを果たせたそうだ。翌日、私はテマナオと一緒に今日予約している相談者たちを数え、いつ神殿に来るかを確かめた。

私はその日一日、6件の相談にのった。入神している間はテマナオが仕切ってくれる。私が目覚めた後は、少しずつ島の言葉で会話をして、なんとか相談者とのコミュニケーションをとった。悲しみや焦燥に打ちひしがれている人達が、私が入信した後では感謝の意を表してくれる人もいる。私はまず相談者を落ち着かせること。そして入神が終わってからは、テマナオの力も借りながら、少しずつ町の人たちとコミュニケーションが取れるようになっていった


一日の仕事が終わり、夕食と勉強を済ませると、私は眠る前の時間を裏の畑を歩くことに専念した。神殿にいて、毎日座ってばかりでは体力が落ちてしまう。神殿の中は広いので確かに歩くのだが、それだけではマイアおばさんの家を訪ねるときには不十分だ。それに何といっても、夜寝る前に一人の時間を月の明るい満天の星空の下で過ごしたかった。


そうこうしていくうちに月日が流れた。村を離れてどれだけの月日がながれたんだろう。いつも母さんが肩上に切りそろえてくれていた髪も、背中まで届くようになってきた。

私の夜の散歩には、いつの間にかタネロレが一緒に歩いていることが多くなった。彼もやはり神殿の中ではなく、外の空気が吸いたいという。

「俺たちの踊りはそもそも自然の神にささげるものなんだ。神殿の中の大きな部屋で踊るのも悪くないけど、やはり外で踊るのが一番だよ」

「踊り手が外で踊るときがあるんですか?」

「あるとも。なかなか機会がないけど、二年に一度、街の集会が外の広場であって、そこで踊るときがあるね。その時は巫女も唄うことになっているはずだよ。」

「踊りはいつもお稽古をしているのを踊るんですか?」

「いや、特別な時のための踊りだよ」

私は、タネロレ達が踊っているのを見ると兄や従兄達が踊っているのを思い出すと言った。

「どれか見た事のある踊りはある?」

「いや、ないです。似ている動きをしてることはあるけれど、そっくりではない。」

私たちは、そんなことから、他愛もない事を話しながらよく畑の周りを歩いた。

タネロレは不思議な人だった。兄にも、従弟のカイとも似ていないのだが、なぜか安心感がある。そのころにはほとんど毎晩一緒に歩いているせいだろうか、言葉の問題はあれども次第になんでも話せるようになってきた。


歩き疲れると、神殿の裏口の階段に座り、満月の上がった夜空をぼんやりながめながらとりとめのない話をした。タネロレの両親も巫女と審神者だったので、小さい頃から神殿で過ごしたこと。マイアおばあちゃんも元は神殿で働いていて、引退してからはタネロレの両親が忙しすぎるときはおばあちゃんに育てていただいていたこと。そのご両親はちょうどタネロレが神殿の踊り子になった頃に亡くなってしまい、以後はおばあちゃんとの二人暮らしだという。

私も自分の父がすでに亡くなっている事。母とおばあちゃん、叔母さんに育てられた事を話した。

「どんな気分だった、お父さんが亡くなった時?」

「泣きました。泣かずにはいられなかった。父さんは優しい人だったから。でも、うちの村ではどんなことがあっても前を向いて切り開いていくんです。周りは親戚だけなので、皆が家族。だから寂しいと思う暇がなかった」

「そうか。村中が一つの家族ね・・・ここと随分ちがうな。」

「町ではみんなが皆を知っているわけではないんですか?」

「うん。あまりに大きすぎるから、顔を知っていても名前を知らない人も沢山いるし。でもね、なんだかんだ言ってこの街の人たちも皆遠縁ではあるんだよね。外から大勢人が結婚や仕事で入ってくるし、そこでここの住人と結婚したら親戚。」

「よく知っているんですね」

「あれ?まだ唄を習っていない?」

「唄?」私は問い返した」

「この町の最初の人から順に名前と何をやっていたかを歌う唄だよ。巫女が歌うことになっているはずなんだけど。

「まだ習ってないです。」

「じゃあ、こんどの大宴会で歌うはずだから、近く教わるかもよ。でも、宴会はもうじきなんだよね。間に合うのかな」

「インデプに何か考えがあるかもしれませんね」

「それにね、宴会の時は巫女の唄に合わせて俺たち踊るんだよ。ティアはもう習っているのかな、その唄。」

「わからない。いくつか唄の稽古はしているけれど、何の目的で歌うのかがまだ分からない。」

タネロレは苦笑した。

「ティア、大分町の言葉に慣れてきたけど、そろそろ古語を混ぜるのもやめようよ。ティアの古語は、堅苦しいしゃべり方なんだよね。インデプ達と違って。」

私は顔が赤くなった。確かに私の古語はマリアナ叔母さんやタンガロアお爺さんから教わった、神様にささげる唄の文句がほとんどだ。どうしても丁寧な表現になってしまう。

「タネロレ、またこうして歩くときにここの町の言葉、教えてもらっていいですか?」

「もちろん じゃあ、今日は一つ。「私はあなた・・・・・」

私はオウム返しに答えた。

「意味は?」

タネロレが古語で返した「私はあなたを愛しています」


そして、びっくりしている私を、タネロレはそっと抱きしめ、頬にかるくキスをすると、神殿の中へ入っていこうとした。

私はその姿に呼びかけた。

「タネロレ。おやすみなさい。いい夢を」


その日から、二人の間の何かが少しずつ変わり始めた。


(続く)


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