小説 | 島の記憶 第32話 -海へ-
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大宴会が終わって、私達神殿で働くものは全員休暇が取れた。
私とタネロレはマイアおばあさんの家へ帰った。
マイアおばあさんは「二人の孫が帰ってきた」と嬉しそうに迎えてくれた。
昨日あれだけ激しい踊りを披露したにも関わらず、タネロレは全く疲れが出ていないようだった。マイアおばあさんが出してくれるたっぷりの果物と魚、ココヤシのミルクといったごちそうを次から次へと平らげていく。
食事をしながら、私は私家族や親戚の事を語った。できるだけここの街の言葉を使って説明したかった。
マイアおばあさんとタネロレは熱心に耳を傾けてくれた。
「こんな不思議な巡り合わせがあるのね。あなたはご先祖様がほんとうについてくださっていたのね」
「ありがたい事です」
「左足を失くしたのは本当につらかったけれども、そのおかげで。神殿で古語を覚えたり、ここで街の言葉を覚えることができました。」
「そうね。。。ご先祖様の采配ね。」
タネロレが割って入る。
「そうすると、ティアはもう自分の村に帰りたくなる?」
「分からない。これだけ皆さんが良くしてくれているし、仕事もあるし。それに私の故郷は全滅しているかもしれない。昨日の宴会で長の隣に座っていた白い人たち。あの人たちは私の村を襲った人達に良く似ている」
「あの連中か・・・じつはあまり評判は良くないんだよね。確かにうちの街と貿易、っていうのをやっているんだけど、こちらの貴重な布や食料を渡しても、不必要な毛織物を置いていく。そんな交換はもうやめるべきだと言っている人が多いよ」
「この街か、どこか他の土地で襲撃さえた所はあるのかしら」
「かなり遠くの島であったそうだよ。島の村が全滅したとも聞いている」
私は一瞬おぞけが走った。まさか、それは私の村ではないだろうか。
「その島は、ここから船で一時間もかからないよ。漁師が良くいくところだし、多分ティアの村とは違うと思う」
「その島では言葉が通じるの?」
「ああ。俺たちの言葉とそう変わらないね。少し訛りがある程度で、言葉に困ることは無いよ。」
食事が終わって、私たちは庭に面した部屋から外に出た。
部屋と庭との間には扉と窓があり、その外は石で敷き詰められた小さなスペースがある。椅子もあるので、そこでゆっくりすることにした。
マイアお婆さんが買い物に出かけると言って家をでると、タネロレが私を後ろから抱いて石の上に座った。
「家に帰りたい?」
私は涙が出てきた。
「本当は帰りたい。家族がどうしているか知りたい。でも怖い。現実を見るのが」
「こっちにいた方が幸せなのかもしれないけれど、一度勇気を出して船で行ってみるのはどうだろう。もしも村の人たちが元気で無事であれば、ここの街は大喜びで手を貸すと思うよ。何年も前に行方不明になった先祖の末裔なんだもの」
「そうね・・・」
「おれ、漁師の連中に潮の流れや、ティアのいた村のある島の事を話してみるよ。だからティアも詳しく教えて欲しい。何か目印になるものとか」
「岩島っていう小さな島が沖にある。波の様な形の少し曲がった三角形をしていて、潮の流れが変わりやすい所にある。浜は白い砂の浜で、海から見ると右手に森、左手にココヤシの林が続いている。ココヤシの林は大きくて、浜の左側から、浜の奥をぐるっと一巡りして、森のそばまで生えている。外から見たらそのように見えるはず」
「そうか・・・」
気が付いたら、私たちは石の上でしっかり抱き合っていた。
タネロレのがっしりした腕の中にいるとこの上なく安心できる。
「いつかきっとティアを家族の元に送り届ける。それまで待っていて欲しい」
私は黙って頷いた。タネロレの優しさが私を力強く抱擁してくれている。
数日後、私は島に古語を読めるお婆さんがいると聞いた。
その人は織物で古語を織り込んだ大きな布を何枚も作り,神殿に献上しているという。
私はインデプやマナハウに相談して,そのお婆さんに合わせてもらうことした。
この神殿で働き始めてから,私は少しずつ島で暮らしていた頃に織っていた,古語を織り込んだ布を作っていた。自分が文字を忘れたくなかったのもあるのだが、何か故郷と繋がっている物が欲しかったからだ。
温かな夕べにそのお婆さんがやって来た。インデプやマナハウの他,マイアお婆さんやタネロレも来ていた。私は皆を自分の部屋に通し,作りかけの布を見てもらった。
「これはこれは・・・」
お婆さんはそう言うと布に近寄り、じっくり時間をかけて織り込んである文字を読んでくれた。
「ここにかかれているのは神話ね。これはあなたの島の神話なの?」
「はい。叔母から教わりました。島の奥には島の歴史が岩に刻まれていて、覚えている限りを織ってみました。他にも島の歴史を彫った岩もあります」
「ここの土地の神話とそっくりだわ。あなたのご先祖はさぞかし苦労をしてここの土地の歴史や神話を残したんだね。遠い家族が今も元気に暮らしていると思うと感慨深いよ」
「お婆さん,ティアの島は何者かに襲われて、ティアはそのとき海に逃げてここの島に辿り着いたんだよ」タネロレが言った。
「そんなことがあったのかい?それは心配だね・・・」
「俺達がきっとティア達が住んでいる島を見つける。どんな状態になっているかが心配だけど,一日も早く見つけるよ」
数日後,沖まで漁に出ていた若い衆が浜辺で騒いでいるという事を耳にした。
私はなぜか気になって、神殿での仕事が終わると外に出る許可を貰い、浜辺まで出かけてみた。
浜辺では漁師たちが円陣を組んで何かを盛んに話し合っていた。タネロレもいる。
私は近寄って行って,何があったのか聞いてみた。
「ああ,あんたか!実は三日前にこの浜から出たボートがやっと戻ってきてね。タネロレが言っていたような岩を見つけたんだよ。波が荒くて近寄れなかったけれど、近くに海の向こうから来た連中の船があってね。もしかしたらあんたの島まで行ったんじゃないかと話していたんだよ」
「三角形の,人が何人か座れそうな平たい場所がある岩ですか?」
「そうそう,それだ。漁に出た連中は近寄れなかったのが残念だったとも言っていたよ」
私は嬉しくて舞い上がりそうになった。
あのあたりの海流ならまだ覚えている。岩を避けて海岸にボートを付けることも出来るかもしれない。
「お願いです,だれかボートを貸してもらえませんか?私,あの岩の近くの海流なら覚えています。どうやって浜辺に近寄るかも」
途端に漁師たちが話し始め、今空いているボートは無いかと言い始めた。
協力してくれる人がいるのは何てありがたいんだろう。
その内,一人がこう言った。
「普通のオールで掻くボートではないけれど,帆を張って風を受けながら進むボートならすぐにだせるよ。これは遠出をする時でないと滅多に使えないけれど」
「俺、その帆の操り方ならわかるよ。前回隣の島まで遠征に行った時に使ったボートだろう?」
「そう、それだ」
「ティア,すぐにでも神殿に戻って,暇語ごいをしておいで。食料はおれがばあちゃんに言っておくから、明日の波の具合を見て,朝早くに出よう」
「この空の具合からすると,明日は少し風が出るかもわからないな」他の漁師が言った。
「それなら好都合だ。帆で風さえ捉えられればボートも早く進む」
あまりに速い展開で頭がぼうっとした。ここの人達が私の遠い親戚であるという事が分かっただけではなく,帰り道までもがこんなに早く分かるかもしれないなんて。
その日私は神殿に帰ると、インデプやマナハウだけではなく、他の巫女と審神者の全員に事情を説明して暇乞いをした。全員が喜んでくれた。
「そちらの島でもあんたの事を待ちわびているだろうよ。安全な旅になりますように」
その晩,私は作りかけていた布の端を始末し,一枚の大きな布に仕立て上げた。
ボートに帆が晴れるのであればこの布を使いたい。島の人でも私だと分かってもらえるはずだ。
明け方,私は布を抱えて浜辺に向かった。
ちょうどタネロレともう一人の青年がボートの支度をしていた。この青年が岩を見つけた青年だそうだ。
「この布,帆に仕えないかしら」
そっと差し出した布は、帆にするには少し短かったものの,二人とも頷くとすでに張ってある帆に細工をして私の布を取り付けてくれた。
「いいかい?昼に出ている白い月があるだろう?まずはそれを目指して真っすぐ進んでいくんだ。夕刻になって十文字の星が現れたら,それを右に見ながらまっすぐ進む。一日半それを繰り返したら岩に辿り着けたんだ」
タネロレがそれに返事をする。
「昼間の月と、十文字の星を右手に見ながらね。よし,分かった。さあ,ティア,準備はいいかい?ボートの舳先に座ってくれ。俺が末尾で帆を操るから」
漁師達と,いつの間にか来ていたマイアおばあちゃんに見守られながら、私とタネロレは大海原に漕ぎ出して行った。
(続く)
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