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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第7話 昼休み


サラさんのデスクのビッグ・ベンの時計台が12:00を知らせた。

テラの情報を扱っている限りは、テラの時間感覚をつねに気にしながら仕事をする、というサラさんの方針のもと、私たちはテラの時刻にあわせて行動をしていた。12:00になると2交代で1時間の昼休み休憩に出かけられた。

1時間、中庭のベンチに座って日向ぼっこをしながらお弁当を食べる。それが私の至福の時だった。

いつものベンチは私の特等席。ゆっくり日差しを浴びながら、自分で作ってきたお弁当箱を開く。

こちらに帰ってきてからすっかりベジタリアンになったなあと我ながら思う。肉類・魚類は今の居住区では手に入らないからだ。食料品は、実際にテラで食べられている物の気だ。新鮮な野菜や果物などの気を取り出し、それをこちらの居住区に輸送されてくる。こちらに届くと、しっかりと物質感のある食べ物になり、触感も味ももとの食べ物のままだ。

梅干しの乗った海苔弁当に、焼き豆腐。味噌味を利かせたかぼちゃの煮物。プチトマト、パプリカと玉ねぎの炒め物。昨日の残り物がほとんどだが、ありがたいことに母の料理はどれもおいしく、午後への活力になる。

「千佳、お疲れ様―!今昼休み?隣座っていい??」

元気なキアの声が聞こえた。

「もちろん!座って、座って!」

よっこいしょ、とキアは私の隣に腰かけた。ヒューマノイド型のサトゥールヌス系の人とあって、私たちはよく似通っていた。頭と喉、上半身、下半身と両腕、両足とあるところはテラの人間とそっくりだが、サトゥルーヌスの人達によくあるように、キアの頭髪はもみの木のような濃い緑色のロングヘアで、瞳はマゼンダ色、肌は褐色だった。

私は今日の午前中に気になったことをキアに打ち明けた。

「SEの人達ってさ、どうしてもテラ関連の技術になると後回しにしがちなんだよね。3次元は他から応用が利くといっても、もう半年以上ほったらかし。サラさんからいくら言っても全然前に進まないんだよ」

キアは空をあおぎ、やっぱりといった顔をした。

「わかるよ。うちのチームの要望も同じくらい放置されてる。SEの人達ってどうしてもヘリオスの案件を優先せざるを得ない、っていうじゃない?省庁関連の案件が最優先されるから8次元の技術ばっかりに集中して。SEの人達もヘリオス出身だから、リーダータイプの人達ばっかりだけど、逆にチームワークができてないのよ。各部門からの要望を吸い上げて、チームで分配する発想がないみたいね。自分のやりたいことだけをやって、気にならないことはスルーする。それじゃどうしようもないよ」

ヘリオスの住民は、幼いころからリーダーシップの重要さを教えられて育ち、大きくなるとその性質か、組織の上に立つ人が多くなる。ただし、自分のやりたいことばかりやって、部下の面倒までは見ない。部下の教育はするものの、結局は個々人がやりたいことばかりに手を付けるから、各部門の要望でもSEの好きなものばかり優先して手を付ける傾向があり、下手すると次元の高さ低さで優先順位をつけることがあるとの噂だ。庁を管轄する大きな組織なのでどうしてもそうなってしまいがちなのだが、これは他部署、特に我々の課のような小さい部署にとってはSEの優先順位のつけ方がもろに仕事に影響してくる。

「テラは3次元だから・・・ 時々SEからも低くみられることがあるんだよね。」

「うちも4次元だよ。あまり変わらない。何でも8次元、8次元って言ってるけれど、次元はどれが欠けても成立しないんだよ。4次元には4次元の良さがあるし、3次元には3次元の良さがある。地上に降りれば3次元の世界で4次元の生活をしている人なんていっぱいいるし。それに何といってもテラチームにはチームワークがあるじゃない!?はたから見ていてときどき羨ましいな、って思う時もあるよ。」

「そうなの?サトゥルーヌスもまだ協力しあって仕事しているように見えるけど」

「とんでもない!一見そう見えるかもしれないけれど、うちみたいに自己主張の激しい人たちだと、議論に議論を重ねるだけ重ねて、結局は自分のことしかやらないんだもん!笑えるよね。みんな真面目過ぎるからものすごく細かいところまでは話すんだけど、一旦仕事が割り振られると自分のことばかりやってて。さっき千佳がモーリーンさんやネーダさんと共同で仕事してた時は、思わず見入っちゃったもん。やっぱりリーダーの人達はああじゃなくっちゃ。」

「パロルさんは?私たちだとまだ他のチームの責任者レベルと一緒に仕事することはめったにないから本当の所はわからないけど、どっちかっていうと厳しい人だよね」

「パロルさん?あの人はあれでなきゃうちのチームはまとめられないよ!おしゃべりでも最終的には理論的な話になるメルクリウスチームと違って、議論、議論。理屈っぽいくせに自分の事ばかり考えている人たちが多いから、パロルさんみたいに厳しい人じゃないと仕事が回らなくなっちゃう。 

そうだ、さっきモーリーンさんとネーダさんと共同してたじゃない?どうだった、あそこまで上の人達と仕事するのって?」

「うん・・・なんか、経験を積むとあんなスピードと判断力で仕事ができるんだって驚いた。フォルツァも今の私では考えられないくらいすごいよ。愛情も祈りのパワーも知ってるつもりだったけど、あんなに強力なのを経験したことはなかった。」

「COICAのサトゥルーヌス派遣団なら、私もやったことがあるけど、さすがに派遣団のリーダーフォルダーは見たことないな。さぞかし経験値が大きいんだろうね。」

「話は変わるんだけど、コスモ連合国ができる前、星間戦争になりかかったときの事って記憶にある?」

「うん。実体験としてはないけれどね。その時私はネプトゥーヌスにいたし。でもあの頃テラがヘリオスを中心とした連合国軍から攻め込まれそうになったのは知ってる。輸出入のルートが切られそうになって、惑星周辺に電磁波ミサイルの配備もされたんだっけ。その後の影響がひどすぎたよね。あそこまで強力な電磁波がでる武器で周囲を囲まれれば、バイブレーションも当然ながら影響を受けるわけだし・・・。

サトゥルーヌスも攻められそうになったけど、そこまで被害はひどくなかった。まあ、サトゥルーヌスは親テラ派のラージャやアミールといった首相や王族も多いし、それに連合国軍の本拠地の位置からして、サトゥルーヌスはあまり重要ではなかったらしいけれど・・・

今ではもともとテラにあったCOICAのシステムを取り入れて、協力隊を送るようになったけど、システムを構築したテラの人達はすごいと思うよ。経済復興にはやっぱり騒動を起こした連合国側が協力しなくちゃね。COICAシステムを星間連合に提言したテラの大臣、英断だったと思う。あのままじゃテラの住民の大半が苦しんだままになってたんじゃないかな。」

COICA。コスモ連合国のODAの実行部門で、惑星間の国際協力を行っている。テラには何度も技術支援などで派遣隊が任務にあたっている。私の祖父はもともとサトゥルーヌスの出身で、初期のCOICAの技術支援スタッフの一員としてテラに転生し、そこでテラ出身の祖母と出会った。根っからの技術者である祖父は、数年前にもう一度COICAの採用試験を受け、今はテラで転生し、かの地で技術支援を行っている。

「今も苦しんでいる人、多いと思うよ。ここだけの話だけど、さっきの協力隊の人の記憶、悲惨なものだった。小さな子供としての記憶だったけど、恐怖の感情がすごくて私途中で作業に耐えられなくなりそうになったもの・・・」

「メルクリウスには、恐怖に打ち勝つためのポジティブさと底力があるよね。何か心配事があれば必ず周囲と気持ちを分かち合って解決する方向にもっていくだろうし。ヘリオスはどうなんだろう・・・ポジティブなのはポジティブなんだけど、自分の心地よさだけを優先しがちなのかも。こういう見方はちょっと意地悪かな?」

そんなことを話していると、トートさんとラーさんがふらりとやってきた。相変わらず仲が良い。イージーライダーのようなトートさんと、マリー・アントワネットのような優雅なドレスを着たラーさんのコンビは見ているだけで苦笑を禁じ得ない。二人とも今日のテラの納会のために目いっぱいおしゃれをしてきたようだ。

「やあ、休憩かい?」

「そうなんです。千佳と休憩をとれるのってめったにないので」

「同期はやはり中がいいねえ。われわれもお邪魔していいかな?」

お二人とも、私たちが座っているベンチのすぐ向かいにある別のベンチに腰かけた。

「さっき二人が一生懸命話してたことが聞こえちゃってね。聞くつもりはなかったんだけど、声が大きくて。」とラーさんが言った。トートさんも苦笑している。

「ヘリオスの連中が自分勝手な行動は今に始まったことではない。二人は知らないかな、以前情報管理課では、各惑星の職員が混ざって仕事をしてたんだ。今のように各惑星でチームを作らず、それぞれの惑星から何人かづつ集まって、10のチームを作っていた。その方が惑星間の共同がうまくいくと考えたのでね。それが大失敗だった。」

「何があったんですか?」キアと私は興味深々で聞く。

ラーさんが続けた。

「まずは各チームの責任者を決めるだろう?そうしたらヘリオスの連中がわれもわれもと手を上げ、結局責任者が全員ヘリオス出身者になった。あの連中の困ったことは、コスモ連邦の省庁に勤務している自覚が全くなく、ヘリオスのために働く、そのために部下に仕事をさせるときた。案の定、他の惑星で緊急事態が起きた場合でも、ヘリオスの案件に優先権を与えるんだ。

なかでもわがままだったジョーという名のヘリオス出身のスタッフは、責任者という位置を利用してヘリオス優先ルールというものまで作り、チームメンバーに従わせた。本人は自分のチームが一番で、他のチームよりも優れているという根拠のない優越感に酔っていたのだろうね。やれ、チームの仕事件数をグラフ化してどのメンバーがヘリオス案件にどれだけ貢献したかを誇示するようになった。

しかし、ふたを開けてみれば残りの9つの惑星の仕事が最低限の所までしかできていない。新人教育も惨憺たるもので、自分の事さえやっていればよし。あとのスタッフとの共同は後回しにするよう指導されていた。こんな状況が続いたため、メンバーから私の所に苦情が殺到した。私はジョーを呼んで事情を聴いてみた所、「上は部下をマネージすることが仕事。方針を決めたらあとは部下が自己責任で職務にあたるだけ」とそれだけだ。せっかく他の惑星出身者を集めたのに、肝心の異なる惑星間の共同に対して一切注意を払っていなかった。

ほどなくして彼は庁をさり、今はヘリオスのどこかの町役場で働いているようだよ。公務員という点では変わらないけど、ヘリオス人にできることだけでは、うちのような10もの惑星からのスタッフをまとめ上げるのは簡単なことではない。」

うなずいていたトートさんが続ける。

「ただね、さっきキアが言っていた次元の話なんだけれど、私はキアの意見に賛成だな。次元は違えども、その違いを理解しようとチャレンジしていく心はこの課では必要だよ。だからこそこのデジタル庁では異星間の転生をしたことのある人物を最優先に採用する。違う惑星の人とはあったこともない、興味もない、という人には厳しいところだからね。

さっき千佳が別のチームの責任者達と作業をしたと聞いたよ。次元の違うフォルダーを扱うには、それぞれのバイブレーションが必要だ。一人でやるより、2人や3人で作業をした方が圧倒的に早く終わる作業もある。それにテラからの転生者のフォルダーはやはり3次元のバイブレーションが強いので、他のチームではベテランでなければ対処しきれない場合もある。次元の高さや低さを言う前に、その次元のスペシャリストとして自信をもって仕事をしてほしい。」

トートさんの言葉がすっと身に沁みこんできた。3次元だからSEから低く見られがちな状況も、これから変わっていくかもしれない。

「トートさん、SEチームには他の惑星出身者は入らないんですか?」私は聞いてみた。

サトゥルーヌスのように技術に長けた星もあるくらいなので、SEこそバランスのとれた部署にしてもらいたいと常日頃から思っていたのをぶちまけてみた。

「そういう計画はあるよ。近い将来、各惑星から優秀な技術者を入れ、もっとヘリオスの案件ばかりにかかわらないで、他の至急案件にもすぐ対応できるような体制にしていこうとしている」

「そうなんですね!それじゃこの先、案件が半年もほったらかしになることはなくなるんでしょうか?それなら嬉しい!」キアの声がつい大きくなる。

「半年もほったらかし?それは本当かい?」トトさんが怪訝な顔をする。

「そうなんです。以前からお願いしている案件があるんですが、ヘリオスのための技術開発が先で、他は後回しにされていて」

トートさんはしばらく無言だった。


続く

(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)

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