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「あの世の境の橋の上で」・・・あの世に天国と地獄があるのは、なぜか?



あっという間に読める超ショート怪談。世を拗ねた男が体験した不思議とは・・・


『あの世の境の橋の上で』


秋田、羽州街道から少し外れたところに、三途川橋と呼ばれる橋が架かっている。

その先には、草一つ生えぬ荒れ果てた大地が広がり、
そこかしこから硫黄の蒸気が吹き上がっている川原毛地獄と、
名湯と呼ばれる泥湯温泉がある。

まさに、天国と地獄に通じる橋である。

徳川家康が無くなって100年ほどがたった頃の事である。
その橋のたもとに一人の男が座っていた。
名を仮に、二ノ俣大膳としよう。

四十歳を超えたばかりというのに白髪ばかりの髪に、艶の無い肌、落ちくぼんだ眼窩の底から斜に構えた瞳が鈍い光を放っていた。

「地獄、地獄、お前も地獄行きだ」

大膳は、道端の石に腰を下ろし、次々と目の前を通り過ぎる旅人を眺めては、地獄行きだと、呟いていた。


確かにこの道の先には、血の池地獄や針山地獄など、たくさんの地獄に見立てた川原毛地獄があるから、『地獄行き』と言っても間違いではないのだが、大膳の呟きは、決して道案内などではなかった。

己のこれまでの人生に圧し掛かって来た不幸を、赤の他人にぶつけることで
軽くしようとする下卑た性根の表れでしかなかった。

つまりは『地獄行き』と呟くことで、
ほんのひと時でも、人を上から見下している気分に浸っているのである。


「どいつもこいつも地獄行きだ。
閻魔大王も、人の罪を記した閻魔帳を読んで地獄に送るだけなら、楽な仕事だなぁ」


大膳は、帳簿ばかり見ている上司に意見をした為、
長年勤めた勘定方の仕事を追われたのだった。

その恨みを込めて、全くかかわりのない他人に地獄行きを告げているうちに
己が閻魔になったような気持ちになっていた。

「俺にだって出来るぞ。
すぐにでも代わってやろうか。ハハハッハ」

大膳は乾いた笑い声を上げると同時に、空が厚い曇に覆われ雷鳴が鳴り響いた。

すると突然、座っていた大膳の襟首が巨大な手に掴まれ、
その体は天高く舞い上がった。

いきなり地面から浮いてしまった大膳は
何が起こったのか知ろうと必死に首を回した。

しかし、着物の衿で吊られている状態なので
自分を持ち上げている手の本体を見ることが出来ず、
僅かに、足首まで届く長衣を垂らした袴の足の一部が見えるだけであった。

自分を持ち上げているのは、お城ほどもある巨大な人だ。
そして、それが何者であるか大膳にはすぐに分かった。

「戯れであれば笑いも出来るが、務めとなれば、そうはいかんぞ!」

遠い山まで震わすような恐ろしく低い声が響き、
大膳の体は、硫黄の噴き出る地獄の荒野の上をぐるぐると振り回された。

「ゲホゲホ・・・分かりました。もう勘弁してください!」

硫化水素の煙にむせて苦しくなった大膳は巨大な手の主に懇願した。

次の瞬間、大膳は温泉の中に投げ入れられた。

大膳が水面から沈んだ体を出した時には、天空にはもう巨大な手も人影もなかった。


「ああ。助かった。すぐ側に天国があって良かった」

その時、大膳は気づいた。

「天国はすぐ横にある。わしが見てなかっただけだ」

温かなお湯が、辛い思いを解かしてくれるような気がした。

そして、こう思った。

「他人がどんな生き方をしていようとも
拗ねたり妬んだりして、己の生き方を曲げてはいけない。
人生に希望が見えないように思えるならば、自ら希望を作れば良いのだ」


男はいつしか人々の幸福だけを願うようになっていた。


閻魔大王は、仏教においては地蔵菩薩と同一の存在と解されている。
その仕事は、ただ人の生きて来た道のりを閻魔帳で判別するだけではなく、
天国と地獄を味あわせて、
新たな人生に臨む覚悟を悟らせることにあるとも言われている。

                      おわり


川原毛地獄は、秋田県湯沢市にある硫黄や硫化水素の噴気地帯です。
青森県の恐山、富山県の立山と並ぶ日本三大霊地の一つと言われています。

大同2年(807年)に月窓和尚が寺を建立したことが霊場としての始まりと言われています。
近くには、日本でも珍しい温泉の滝「川原毛大湯滝」や泥湯温泉(どろゆおんせん)などがあり、秘境好きの観光客が多く訪れます。


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