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「奇妙な道連れ」・・・森の中で、強引に同行してくる少女は。


16日にラヂオつくば「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で放送された私の作品を
加筆修正して紹介します。

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「奇妙な道連れ」  作 夢乃玉堂

どこまでも深い青空に、細い木の枝が舞い上がった。

枝は、弧を描いて落ち、
二股になっている林道の真ん中にサクッと突き刺さった。

「あら。困ったわ」

赤いジャケットに緑のリュックを背負った小さな女の子が、
困った顔をしてしゃがみ込んだ。

「失礼」

その横を青い服の中年男性池田巌(いわお)が通り抜けた。

スマホを眺めながら歩いていた池田は、
道の真ん中に立っている木の枝に気付かず、
足に引っかけて、倒してしまった。

「よし。おじさんだ」

少女は勢いよく立ち上がり、池田の前に走り出た。

「アタシ、運を研究してるの。おじさん、サンプルになってくださいよ」

突然目の前に現れ、変な事を口走る少女を池田は無視して歩き出した。

少女は池田の後に続いて、話し始めた。

「この星では、運命というものが人生に大きく影響しているでしょう。
だから、アタシ、この木を放り投げて運命に委ねてみたでございますよ。
そしたら、まっすぐ突き刺さっちゃって、それを、おじさんが倒したのね。
だから、おじさんが私にとっての運命だと思いますのよぉ」

奇妙な娘の様子に、池田は心配になった。
新手のストーカーに思えたのである。

「君ね。付きまとうなら警察呼ぶよ」

振り返りざま強い口調で言い放ったのを、池田は後悔した。

少女はどう見ても小学校の低学年。
ツインテールの髪の先でピンクのリボンが揺れている。
だが、少女が放った言葉はちょっと変わっていた。

「ここは圏外やんか。それにこんな寂しい林道に
幼い女の子を置き去りにするなんて、大人のする事じゃありませんことよ」

変な言い回しで子供に叱られたような気分だったが、
確かに放り出す訳にもいかない。
池田は、近くに親がいないかと周りを見渡したが、
親どころか通りかかる人もいなかった。
混雑を嫌って、あまり人気の無いハイキングコースを
わざわざ選んだのだから、無理もない。

「お嬢ちゃん。お父さんやお母さんは、どうしたんだい?」

「その先の湖で待ってるわ」

運命に委ねるなんて言っていたのに、親の待つ場所に向かってる、
そんな矛盾が池田には可愛く思えた。

「仕方ない。おじさんは湖に行かないけれど、
途中まで一緒に行ってあげるから。
お父さんやお母さんがいたら合流するんだよ。お嬢ちゃん。お名前は?」

「お名前は、なんて失礼ねッ。お子様扱いしないで。
アタシ、こう見えてもおじさんより年上やから。
でも、必要なら教えてさし上げてもよろしくてよ」

笑いをこらえる池田に、少女は真剣な口調で答えた。

「アタシはオルガ。2万5千歳よ。さあ、行きましょう」

池田が疑問を口にする暇も与えず、オルガは歩き出した。

偶然にも同じ色のリュックサックを背負っている。
もし別のハイカーに出会ったら、
親子でハイキングだと思われるかもしれない。

「結婚して、子供がいたら、
こんな感じで一緒に出かけていたかもしれないな」

池田はふと別れた彼女のことを思い出した。

歩いていれば、その内どこかでご両親に出会えるだろう
と、気楽に考えた池田だったが、すぐに不安に囚われた。
初めて通る林道だが、幼い子供を連れて道を間違えるわけにはいかない。
しかもスマホのアプリは圏外で、道案内をしてくれないのだ。

池田は、もう一度地図アプリを立ち上げた。
位置は登山口のバス停で確認した時のままだが地図としては使える。

「湖までは、およそ5キロか。
途中3キロくらいのところにある横道に入るのか。
まずはここを目標にしよう。自分の歩幅が70センチだから、
4285歩くらいで小屋に着くはずだ」

池田は、歩数を数え始めた。

「1、2、3、4・・・」

それに気づいたオルガが、まとわりつくように質問をしてくる。

「おじさん。何やってんのかしら?」

「歩数を数えてるんだ。8、9、10・・・」

「それやりながら歩くの?」

「ああ。道を間違えるといけないからな。13,、14、15・・・」

「おじさん。何処から来たすか? アタシ、冥王星からきましたのよ」

「20,21,22・・・」

「いいのでございますか。こんな空気の良い所で、
数数えてるだけなんて、つまらないだろう」

「何事もきちんとやることが大事なんだ。25、26、27。
目標を決めたら、わき目を振らない。30、31、32。
予定にない行動をすると失敗する。35、36、37・・・」

「まるでノルマに追われてるみたいざますね。
おじさん、彼女とデートする時も、あのお店には何歩で歩いて、
とか計画通りに動くのでしょうかの」

図星を突かれ、池田は声を詰まらせてた。
元カノと別れた理由は、それだった。

「だ、大事なんだよ。
大人になれば、計画と段取りがどれだけ大切か分かるよ。
大きな建物を建てたり、橋を掛けたりするには
運だけじゃダメなんだ。成功した人は皆、
計画を立てて段取りを踏んで成し遂げるんだ」

「それはそうかもしれんけど、それだけじゃなくってよ。
適当で大雑把で、夢だけ大きい人が、
運を見つけて大成功することもあるでしょうに。
アタシの知っている人は、みんな運を大事にしとったよ。
ビルも、ジェフも、スティーブちゃんも」

「君。外国に住んでたの? オルガって本名なのかい」

オルガはそれには答えず、道のわきに生えている大木に近づいていった。

しばらく木肌に手を添えていたかと思うと、
リュックを下ろして、背中を太い幹に密着させて大きく深呼吸した。

「なにしてるんだい」

「アタシの星では、ポノファーって呼んでるんすよ。
魂の結婚という意味でございます。
こうやって、身をゆだて、植物の声を聞くのよ」

「植物の声ねぇ。俺は心臓の声を聞きたくなったよ」

オルガが動かないので、池田は、リュックから
携帯用の血圧計を出して計り始めた。

「138の90か、ちょっと高いな」

血圧計をしまった池田は、代わりに小さな薬瓶を取り出し、
ビタミンの錠剤を二三粒飲んだ。

「は~あダメね、おじさん。そんなものに頼っちゃ。
世の中の変化についていけませんぜ。
こうして体を自然に委ねてごらんあそばせな」

池田は、又も叱られた気分になったが
一服ついでだと思い、オルガの真似をして、
大きな木に背中を預けて目を閉じた。
思いの外、気持ちがいい。緑の間を抜けて来る風が
火照った体の熱を冷まし、疲れを取ってくれる気がした。

体が、ずるっと滑る感じがして池田は目を覚ました。
いつのまにか、木に寄りかかったまま眠っていたのだ。

「思わず眠っちゃったよ。オルガ。こういうのも良いな」

起き上がってみたが、オルガの姿は無かった。

「あれ。先に行ったのかな」

見回すと、自分が寄りかかっていた木の
頭が当たっていた部分の少し上に、紙きれがピンで止めてある。

「なんだこれ・・・『標本5の4。地球人、おじさん族。
目標に囚われ、目的が見えなくなるタイプ。
人生で成功の確率は少なく、運命信頼度の低い標本として適当』だってえ。
ちくしょう。何が魂の結婚だ。何が植物の声が聞こえるだ。
大人をからかいやがって」

池田は、林道を急いだ。
どれくらい眠っていたのだろう、オルガの姿が見えてこない。
もし遭難していたらどうしよう、
怒りは不安に変わり、どんどん大きくなった。
分かれ道が現れたが、当然どっちに行ったか分からない。
どちらにするか、池田はカンを信じることにした。
普段は決してやらないが、迷っている時間が惜しかった。
ダメなら、やり直せばいい。

左右から笹が迫る細い道を抜けると、
突然目の前が開け、山に囲まれた湖が現れた。

青空と白い雲、山の緑が水面に映り、
湖が池田を歓迎しているように思えた。

湖畔にあるベンチに、オルガが座っている。

「いた。良かった」

池田は、心から安堵してベンチに近づき、その横に座った。

「あら。おじさん。お目覚めになられましたのね」

「ご両親とは会えたのかい」

「ええ。もうすぐ会えるぞよ」

オルガが、リュックから水筒を取り出して、コップに注いで差し出した。

「はい。冥王星特産の果実が入ったスペシャルドリンクよ」

まだそれを続けるのか、と思いながら、
池田は、コップを受け取り一口飲んだ。
深く甘い香りが口の中に広がった。

「ココアか。ココアに含まれるポリフェノールは
心身の疲労を回復し、仕事の効率を・・・
いや、どうでも良いか、そんな事」

二人は顔を見合わせて笑った。

「不思議なところだな、ここは。耳を澄ましても風の音も聞こえない」

「森が騒音を全部吸い込んでくれますのでね。
だから、着陸地点にちょうど良いのでございます」

池田は再び眠気に襲われ、ベンチに腰かけたまま眠ってしまった。

オルガが耳元で囁いた。

「さあ、運命に委ねるでございますよ」

重い瞼が閉じる寸前、水面が大きく泡立ち、湖の中から
銀色の円盤が姿を見せたような気がしたが、
池田にはもうどうでも良くなっていた。

「ここまで来たのも、運命なのかもしれない・・・」


              おわり


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