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「さあ困った」・・・私のような軽薄な者が、こんな重量級の作品について何を言うというのか。


演劇「太平洋食堂」
制作・メメントC 戯曲・嶽本あゆ美 演出・藤井ごう DVDにて鑑賞。


私は演劇評論家のように深い芸術的考察力をもって公平に作品を論じる事は出来ないし、私のような者が語る言葉にそれほどの意味を見いだそうとする人もおらぬだろうから、あくまで感想としてお読みいただきたい。

DVDを見た時、このまま「良かったです。感動しました」とかだけ書いて、こっそりと藪の中に逃げ込もうかとも思ったが、
そんな逃亡を許さぬ力が、「太平洋食堂」にはある。

最早処刑台に昇るような気持で、感想を書き記す以外は無いのである。軽佻浮薄の観客にも背筋を伸ばせと檄を飛ばして来る。それが「太平洋食堂」である。

現在も、販売DVDによる鑑賞が可能なので、内容については細かく書き記さないが、簡単に言うと、明治後半に起きた「大逆事件」に至るまでの、未来を憂う人々の群像劇である・・・(ああ。もう嫌だ。こんな紹介では、その魅力をひとかけらも伝えられないじゃないか、申し訳ない)。


舞台は紀伊半島の地方都市。
自らの立場を思いながらも、それぞれの理想について語り、理想に向かって生きようとする人々の行動が、テンポ良く生き生きと描かれていく。

理想についての物語であるが、作者は決してお題目をだらだらと語らせたりはしない。長くなりそうかな、と予想していると、巧みに別の登場人物が飛び込んできたり、事件が起きたりして、観客の心に重要なセリフを残して物語は進む。
演出もそれを的確にサポートして、スポットライトの切り替えや
明転暗転を巧みに使い、見る者を心地よく誘導していく。

これは偶然かもしれないが、
スポットライトなどの効果を高めるために舞台上に流されるスモークマシンの「煙」が、時代の波、異なる思想を絡め取って封じ込めようとする「時代の暗雲」のようにも見えた。

さて、それらの演劇としての魅力に包まれていると、明治の世に自由に思想を言葉にできる時代があったという事を自然に認識していく。
だが、物語が進むにつれ、その「時代」は理不尽に打ち崩されていくのだ。

それは迷うことなく、現代社会における危機感に直結している。
「共謀罪」と言う言葉を都合よく解釈し、そこに刑罰を規定するという恐ろしさを、現代の観客たちは感じ取らざるを得ない。

だから、冒頭に書いたように軽い感想には逃げ込めない。
かと言って、日頃気楽な怪談などを好み、愚にもつかない文字の羅列を吐き出しているだけの私としては、せいぜい一歩踏みとどまって現実に目を向けようと考えるくらいしかできないのだ。

是非、理想を求める人、信義に燃える心ある人、悶々と日々を過ごす人、そして、ただ演劇が好きな方は観て頂きたい。(DVD販売中 
MEMENTO-C


最後に、もう一つ付け加えておきたい。

この演劇の配信やDVDを見る時に、ぜひとも同時に読んでいただきたい本がある。タイトルは、「演劇に何ができるのか?(アルファーベータブックス刊)」。

三人の演劇人による共著であるが、太平洋食堂の戯曲作家・嶽本あゆ美氏が、半生記と共に太平洋食堂の企画から上演まで、さらにそこから派生した作品について書いている。

舞台のメイキングに近い内容であるが、苦労自慢ではない。
公演における奇跡と幸運のメッセージでもない。
(勿論、信じられないような苦労や障壁を、多くの人の力によって乗り越え、奇跡的に実現したことは事実であり、何度も諦めたくなったという心情の吐露を見つけるたびに、その多面的な苦労の多さをねぎらいたくなるのも確かであるが)。

ここでもまた作者は、「あなたはどう生きるのか?」と問いかけてくるのだ。それは、作者自身の心の底から湧き上がって来る、現代社会への焦燥感。レミングの集団自殺にも似た国民の無関心と甘い夢想に対する怒りであろう。

この本のタイトルは「演劇に何ができるか?」であるが
それはすなわち、「我々に何ができるか?」ということでもある。

決して、「新しい戦前」にしてはならないのだ。

       おわり



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