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「ルナモス・無口な麗人 中編」・・・同級生の女子を助けた和也を卑劣な噂が襲う。


○前回までのあらすじ

中学3年の初夏。
藤井和也は、通学電車の中で、薄青の美しい蛾ルナモスを見つけた。
同級生の梨花が虫に驚いて錯乱するのを和也は身を挺して助けた。

「高階梨花が、藤井和也に助けられて頬を赤くした」

そんな些細な事実が、露骨な言葉で装飾され肥大化し、
恋の噂として広まっていった。
噂の発信源は、おそらく以前梨花に遣り込められて、
面白くないと思っていた深山卓たちだ。

「二人は出来ている」
「梨花は和也にぞっこんだ」

冗談半分にからかい出したのを皮切りに、
根も葉もない噂はあっという間に拡散した。
中学生の男女関係に対する関心は非常に高い。
それが事実かどうかは関係なく、恋の噂は甘い蜜なのだが
当事者にとってはハラスメント以外の何物でもない。

梨花は、打って変わって口数が少なくなった。

担任からクラス委員の用事を頼まれてもぼおっとしていて、
見かねた副委員の男子が用事を代わる事もあった。
こうなってくると、腫れ物にでも触るように声を掛けづらくなる。

影ではやし立てる男子たちと、心配でも見守るしかない女子たち。
クラスが何となく二分されているような感じになっている。

和也は、何も悪いことをしたわけではないのだが、
梨花に対して申し訳ない気持ちになった。

数日経った放課後。
図書室から戻った和也が教室に入ろうとすると、深山たち数人の男子が、
すれ違いざま

「待ち合わせか? 暑いねぇ。へへ」

と笑いながら出て行った。

教室中では、梨花がひとりで帰り支度をしているところだった。
今の声も聞こえていたのだろう、
入って来た和也とは目を合わせないようにしている。

「このままじゃあマズいな。
みんなに誤解されて、変な噂が広まっちゃったし、
迷惑をかけてすまない、と声を掛けるか」

一言だけ言うつもりで近づいた。

手を止めて話を聞いてもらおうと伸ばした指先が
彼女の手の甲に当たった。

「誤解されて・・・」と言いかけた瞬間。
和也は今まで見たことの無い表情を突き付けられた。

見開いた瞳、食いしばる歯。力の入った両手。
顔を真っ赤にした梨花は、
瞬きする間も無く、鞄を抱えて教室から飛び出していった。

「何だよう? よく分からないな。女子って」

明日落ち着いたら、もう一度ちゃんと話そう、
そんな事を考えながら、和也も鞄を持って教室を出た。

校舎の入り口、下駄箱の辺りまで来ると
旧校舎に続く渡り廊下の中程で
梨花が数人の女子と話をしているのが見えた。

遠目からその顔を見た時、和也君はようやく理解した。
先ほどのあれは『嫌悪の現れ』だったのだ。

距離が遠くて話し声は聞こえないが、時折こちらを見る目と
話を聞いている連中の同情の表情をみていると
梨花が何を話しているのかは分かる。

『酷い事をされたので、逃げてきたのよ。気持ち悪い、あの痴漢野郎』

それくらいは言っているかもしれない。

和也は迷った。今、あの連中の所まで行って、
「梨花の早とちりだ。俺は何もしてない」と釈明するのは簡単だが、
そうすると彼女を嘘つきにしてしまわないだろうか。

特に、梨花以上に辛らつで、エセ正義感の強い女子もあの集団にはいる。
もし、一生懸命説明していることを否定したら・・・

「勘違いだなんてお間抜けね」
「噂が嫌だからって嘘までつく女なのね」

そんなことを言い出さないとも限らない。
そんなタイプの女子が集まっているのだ。
危険だ。女子中学生の集団において、
嘘つきや間抜けのレッテルを貼られるのは致命的でもある。

「人の噂も75日だ。俺が貶されて梨花が『悲劇の主人公』になれば、
少なくともあの連中には守られるし
電車の噂からも解放されるかもしれない」

和也は、何も釈明しないことにした。
女子が冷たくなったり村八分的反応をするのは想定の範囲内だったが、
男子まで距離を取るのにはまいった。

そんなものなのかとも思ったが、仕方ないだろう。
本心はどうあれ、火の粉が自分に降って来るのは、誰だって避けたいのだ。

しかし、この噂は75日経つ前に大きな変化を迎えた。

*後編に続く



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