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「書かれたノート」・・・怪談。イニシャル 鏡その2


最近ではあまり見ないが、
一時期、ホテルにノートが置かれている時代があった。

ただの大学ノートで、宿泊した客がホテルへの要望や、
部屋の感想、恋人ととの思い出などが綴られている。
中には、今で言う「ネタ」のような文章もあり、
シャワー待ちや、寝付けない時の暇つぶしには、
ちょうど良かった。

「今日、彼氏と初めての夜。期待度マックス! A・Y」

「先生とは今夜が最後にすると決めている。
もうこんなパパやママにも言えない関係は嫌だ。ミユキ」

「もし彼に本当の事を告げたら、彼はどうするだろうか。
結婚しようと言ってくれるだろうか、それとも終わりにしようと言うだろうか・・・N」

そんなとりとめのない文章が並んでいる。
時々、書かれている名前やイニシャルが、
リアルでもあり、フェイクのようでもある。

ある繁華街の外れにあるそのホテルにも
同じようなノートがあった。
だが、そこに書かれているのは他のホテルとは違っていた。

そのホテルは、昭和時代に建てられたらしく、
壁の腰の高さに向き合うように鏡が張られ、合わせ鏡になっていた。
立っていると気にならないが、
ベッドに入ると、どこまでも続く合わせ鏡の空間の中で
自分たちの行為が浮かび上がって見える。
きっと、そういう趣味の人には好まれるのだろう。

部屋のノートにも、

「懐かしくて最高」とか「普段見えないところが見えて興奮した」などと感想が書かれている。

ところが、読み進めるうちに、途中から変な感想が混じってくるのに気が付いた。

「U・Gと初めて来たホテルだけど、何だかこの部屋、ずっと誰かに見られているみたいな感じで気持ち悪い」

「さっき鏡に映ったU・Gの顔の中にひとつ、
しわくちゃのおばあさんの顔があった」

「鏡に映った顔が、一瞬別れたあいつにそっくりだった。U・G」

そんな風に恐怖体験が増えていくのだ。
しかも、なぜか皆同じイニシャルが書かれている。

俺は考えた。

「これはフェイクで、イニシャルが同じなのは、同じ人間が書いているからだろうか・・・いや。フェイクなら同じイニシャルにする筈がない。
もっと色々な名前を使って、リアリティを加えるだろう。
では、実際に体験したことなのか、こんな怪奇体験が
同じイニシャルの人間にばかり起こりうるのだろうか」

俺はノートの最後のページをめくった。

そこには、

「鏡の中に入ったまま、U・Gが出てこない」

と乱れた字で書かれていた。

「鏡に入るってどういう事だ?」

ちょどそこに、女がシャワーを終えて出てきた。
初めて入ったバーで一人で飲んでいた青い髪の女。
女はベッドに体を乗せると、俺の首に手を回して来た。

湿気を含んだ白い肌が、他の事を忘れさせた。

俺はノートを床に落とし、女の唇をむさぼった。

女が同じように返して来る・・・が、その時不意に
俺の唇が硬く冷たいものに触れた。
目を開けると、女も不思議そうな顔をしている。

「アンタ、どこにいるの?」

女の顔が髪の毛以上に青く変わり、見る見る恐怖に駆られていく。

「どこにいるって、俺は目の前に・・・」

近づいて話そうとした時、俺はさっきと同じ硬く冷たいものにぶつかった。
目には見えない壁? ガラス?

俺は手を伸ばして、目の前の空間を探った。

女と俺の間には確かに透明な壁がある。

女はさっきのベッドの上にいる。
そして、その女の背後にある合わせ鏡の中で、女の影はいくつも連なって続いている。だが、その横にいるはずの俺の姿は無かった。

悲鳴を上げた青い顔の女が、大急ぎで服を掴んで出て行くのを
俺は冷たい空間の中から見ていた。

気持ちは妙に冷静だった。

奇妙な状況に恐怖するでもなく、慌てるでもない。
俺はすでに、何もかも受け入れるような快感に全身を支配されていた。
いつの間にか、俺の体は、真っ黒い靄のような影に包まれ、
その靄が、考える力を奪っていく。

「もう。どこにも行かなくて良いのよ」

しわがれた女の声が耳元で聞こえたように思えたが、それを確かめようという気持ちももう無くなっていた。

女の声は最後に俺の名を呼んだ。

「ずっとここにいてね。ユウジ」

            おわり


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