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「忘れ物」・・・怪談。三角定規を取りに帰った女の子は。



『忘れ物』


小学4年生の2月4日まで、
郁代ちゃんは、よく忘れ物をしました。

しかも郁代ちゃんの家は学区の一番端にあるので、
忘れ物を取りに帰ると、大体その授業の間には帰って来られません。

それを良いことに郁代ちゃんは、嫌いな算数の授業になると、
わざと忘れ物をして、授業をサボっちゃうことが多かったのです。

「先生。三角定規を忘れたので、取りに帰っても良いですか?」

この日もそう言って郁代ちゃんは、教室を出て行きました。

こらこら。先生がまだ返事もしてないぞ!

「ヘヘヘッ。さて、どこ行こうかな。公園ももう飽きたし」

三角定規を取りに行く様子など微塵もありませんね。
郁代ちゃんは、またまた算数の授業をサボるつもりですよ。

郁代ちゃんのおさぼり定番コースは、校門を出て左に曲がり、
商店街の裏路を抜けたところにある公園で時間を潰し、
終業ベルを聞いて教室に戻る。

だけど、この日の郁代ちゃんは少し気分がモヤモヤしていました。
前の日の夜、隠しておいたテストの解答をママに見つけられたからです。

「ママ。算数なんか大人になってから覚えればいいと思うのよね。
子供は遊ぶのが本分なんだから」

算数は苦手だけど、好きな国語で言い訳を考えるのは
得意な郁代ちゃんでしたが、ママには通用しませんでした。

「『だるまさんが転んだ』って言った後で動いてたらアウトでしょう。
遊ぶのにもルールがあるのよ。テストの解答用紙をママに隠すのは
ルール違反でしょう」

理詰めで責めるママには勝てず、お説教をたっぷり聞かされて、まだ気持ちがモヤモヤしたままなのです。

「家に近づくのは嫌だな。なんかすっきりしたい」

そんな事を呟きながら、郁代ちゃんは、校門を出て右に曲がり、
普段は行かない道を歩き出しました。

しばらく行くと畑の間を走る線路に出会いました。

「こんな所に線路があったんだ」

郁代ちゃんは、踏切の真ん中で、珍しそうに左右に伸びている
線路を見渡しました。

郁代ちゃんの横を黄色い帽子を被った子供たちが何人もすり抜けていきます。近くの幼稚園がちょうど終わったのでしょうかねぇ。

「こんにちは」

「こんにちは」

サボっているのを悟られたくないんでようね。
郁代ちゃんったら、踏切を渡る子供たちに背を向けて、
気の無い挨拶を続けていました。いけませんね。

その時、線路を見つめる郁代ちゃんは背後から男の子に話しかけられました。

「おねえちゃん。忘れ物しちゃったの?」

「違うわよ。忘れ物なんかしてないわ」

確かに郁代ちゃんは、忘れ物は、していません。サボっているだけです。
男の子は続けました。

「そうなんだ。じゃあ忘れ物したのは僕の方かなぁ。
ねえお姉ちゃん。僕、忘れ物しちゃったみたいだから、
お姉ちゃんのを貸してよ。半分で良いからさ」

「うるさいわね。さっさと帰りなさい」

カンカンカン・・・

郁代ちゃんの耳に、警報音が鳴り響きました。
さっさと追い返して、踏切を渡り切ろうと思った郁代ちゃんは
男の子の方を振り向きました。

そこには、水色の園児服に黄色い鞄を斜めに掛けた、
頭の上半分が無い男の子が立っていたのです。

「ねえ。お姉ちゃんのを借りて良いでしょ。半分だけだからさ」

脳みそが剥き出しになっている男の子は、
自分の頭を指さして、きな声で笑いました。

「クケケケ~」

「きゃあああ~」

一人で踏切の真ん中に立っていた郁代ちゃんが、
急に悲鳴を上げて倒れ込んだのを見た、近くの八百屋さんが
大慌てで駆け出しました。

八百屋さんは降り始めた遮断機をかいくぐり、
郁代ちゃんを抱きかかえて、大急ぎで踏切から引っ張り出したのです。

間一髪。二人が遮断機を抜けた次の瞬間、
特急列車が通過しました。


その後、学校に戻った郁代ちゃんは、
担任の先生に叱られ、家に帰るとママとパパに叱られました。

でも、大丈夫。郁代ちゃんはもう二度と忘れ物はしません。
忘れ物の事を考えると、

あの踏切の男の子の笑い声が聞こえてくるからです。

「クケケケ~」


               おわり


この作品は、以前超ショートとして発表したものを加筆・成長させたものです。
私たちの世代は、忘れ物をした子は撮りに帰らされたんですが、
今は果たしてどうなんでしょうね。

それから、踏切で立ち止まるのは良くないですよ。良い子は真似しないでね。


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