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「麻田君、失恋を見抜かれる」・・・機織りのお婆さんがかけた言葉の意味するものは?


『麻田君、機織りに失恋を見抜かれる』

旅行好きの麻田君は、社会人になってからも海外出張が多く、
昔個人で行ったことのある場所を再び訪ねることも少なくありません。

かつて、下調べが足りずにトラブルを起こして旅行中に彼女に冷たくされて以来、エーゲ海は麻田君にとってトラウマの海でした。
出来れば、行きたくないのですが、社命とあれば仕方ありません。

失恋から数年後、麻田君はギリシャの観光事情を調べるため、
再びエーゲ海にある小さな島を訪れていました。

友人と待ち合わせているレストランに行く途中、以前、別れた彼女と訪れたタペストリーの店の前を通りかかったのです。

その時は、店頭で機織りの実演をしているお婆さんが、麻田君の彼女と仲良くなって、色々とタペストリーについて話を聞かせてくれたのでした。

当時を思い出すと辛くなるので、麻田君はそのまま通り過ぎようとしたのですが、中から声がかかりました。

「やあ。この前の日本人じゃないか」

お店の中を見ると、見覚えのあるお婆さんがこちらを見ています。
お婆さんは、懐かしそうな笑顔を麻田君に向け、

「お入り」と手招きをしています。

「まあ。挨拶だけして出て行けばいいか」

待ち合わせ時間も迫っていた麻田君は、
すぐに失礼するつもりで、お店に入って行きました。


しかしお婆さんは、じっと麻田君の顔を見ると、

「一人だね。恋人と別れたんだね。待っていたよ」

と優しく言ったのでした。

『え? なんでこのお婆さんが彼女と別れたことを知っているんだ」

話していない真実を言い当てられ、麻田君は驚きました。

するとお婆さんは、近くの棚から1メートル四方くらいのタペストリーを取り出し、

「これは、あなたのための一枚だよ」

と言って手渡しました。

美しい青い糸を織り込んだ布の触感が心地よく、
なぜか心が落ち着くような気がしてきました。

麻田君は思いました。

『数年前に会った時から、このお婆さんは、俺の為に布を織っていたのだろうか』

続いてお婆さんは、

「縦糸は時間。横糸は人。
色々な人と出会い交わることで、美しい織物のような人生が生まれるんだよ」

と、つぶやき、再び機織りを始めました。

その後は、麻田君が何を聞いてもニコニコ笑っているだけで
なぜ別れたことが分かったのかは、結局分からずじまいでした。


待ち合わせ場所で待っていた友人は、
打ち合わせにタペストリーを抱えて来た麻田君を不思議に思いました。

「それは上手い事言って買わされたんじゃないのか。
そんな風に何か縁があるような事を言って商品を売る手法だよ、それは」

事情を聴いた同僚たちは、麻田君をからかいましたが、
本当のところは分かりません。

ただ、その時買って帰ったタペストリーは、今も麻田君の家に大切に飾られているそうです。


おわり


旅の中では、時に不思議な事に出会うことがあります。
麻田君の体験はただの偶然か、上手い商売だったのかもしれませんが、
彼にとっては、とても貴重な経験だったようです。

人生をよりよく過ごすには、こんな心ときめく瞬間が必要なのかもしれませんね。

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