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「怖がりの彼女」・・・お化け屋敷に入りたがらない彼女を。


「絶対に入らないから」

遊園地のお化け屋敷の入り口で、美緒は真顔で拒否した。

「怖いのは嫌いだって言ったでしょ。
ビックリして心臓麻痺で死んだらどうするのよ」

「死なないよ。通り抜けるのに5分もかからないし。
それに、お化けなんかみんな学生のバイトだよ。怖くない怖くない」

身も蓋も無い事を言う俺を、受付の男性が渋い顔をして見つめた。

美緒は横を向いたまま、こちらを見ようともしない。

「いいよ。それなら俺ひとりで入るから」

俺はお化け屋敷に入って行った。
美緒の性格は知っている。
どんなに嫌がっていても、最後は俺に付いてくる。
初めてバイクでデートした時も、リアシートに乗るまで嫌だと言っていたが、由比ヶ浜の夕日を見た時には、又来たいと言った。

初めてのキスも、まだ早いと言っていたが、
二度目には積極的だった。

そして、明かりを消したベッドで初めての・・・そうさ、いつも美緒は俺を信じてくれた。
お化け屋敷の暗闇は、恐怖よりも美緒といる幸福を感じさせた。

不意に細い腕が、俺の左腕にしがみついた。

『やっぱり来たな』

俺は、美緒の勇気を褒めるようと思ったが、何か言おうとすると
からかうような軽口を叩いてしまいそうな気がして、
無言のまま細い腕をさすった。
しがみ付く腕に力が入った。

壁の中や、古井戸の作り物から飛び出して来る幽霊たちの脅かしに
美緒は声を堪えて必死で耐えている。

俺は少し震えている少女を心底可愛いと思った。
そして、こんなにも怖い思いをさせたことを後悔し始めていた。

『嫌がっているのに無理に引っ張り込むことは無かったな。
外へ出たら、ちゃんと謝って、よく頑張ったって褒めてあげよう。
そして、二人で大好きなソフトクリームにかぶりつくんだ』

目の前に出口の明かりが見えてきた。
俺は早く美緒を褒めてあげたくて、歩みを早めた。
左腕に体重を預けている美緒も速足でついてくる。

厚いカーテンを押し広げ、外に出ると、太陽が眩しかった。

「何よ。置いてくなんて、ひどいじゃない!」

外の明るさに慣れてきた俺の目に、
両手に溶けかけたソフトクリームを持ち、
仁王立ちになってこちらを睨む美緒の姿が見えた。

「5分で通り抜けるんじゃないの?
何十分も出て来ないでさ。ソフトクリームが溶けちゃったでしょ。
どうせ、外で待ってるアタシを困らせてやろうとか思ったんでしょ。
もう嫌い!」

「え? 俺は、美緒と一緒に・・・」

一緒に闇の中を歩いて、そして今も左腕にしがみついているこの女は誰だ?
俺は自分の左腕を見た。

目玉の無い髪の長い女が、俺の左腕にしっかりと掴まっていた。
その女は、深い暗闇のような眼窩の奥に青い鬼火を灯し、
一瞬声も無く笑ったかと思うと
そのまま、すうっと音もなく消えていった。

それ以来、俺は二度とお化け屋敷に入っていない。
美緒は、分かってくれたと喜んでいるが
本当の理由はまだ言えないでいる。

             おわり



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