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「明日暦」・・・季節ものの不思議な物語


昨日、ラヂオつくばの
「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で放送された短編作品に少々手を加えて修正したものです。

季節ものにまつわるちょっと不思議な物語です。

「明日暦(あすごよみ)」2023 作 夢乃玉堂

日本橋の米問屋「槙野屋」の二代目、
槙野清衛門に念願の一人息子卯之助が生まれたのは、
元禄も終わろうとしていた頃でした。

清衛門は、待ち望んだ嫡男を
目の中に入れても痛くないほど可愛がりました。

甘やかされて育った三代目は身代を潰すと言われます。
卯之助は、仕事は番頭に任せっきりで、帳簿の付け方ひとつ覚えようとせず、もっぱら、趣味の骨董集めに勤しむ立派な道楽者に育ってしまったのでした。

現代でも、投資や節税の為に骨董を買い集める方がおられるでしょう。
でも、この家の三代目はちと趣向が変わっておりました。

「卯之助。いつになったら、そのガラクタを捨てるのじゃ」

「おやおや。オヤジ様、ガラクタとは余りに不見識。
ここに並ぶ品々は、どれもこれも大変な値打ち物ですよ」

「値打ち? この底の抜けた柄杓がか?」

「それは、遠州灘で海坊主が現れたときに渡し、
船に水を汲み入れられずに、沈没を免れた、という縁起物!」

「なら、この片方だけの下駄は?」

「からかさ小僧が使わなかった方の下駄」

「この枕は? まだ新しいではないか」

「それこそが珍品中の珍品。ろくろ首の枕です。
そも、ろくろ首というものは、寝る時に首が抜けて飛んできます。当然、枕はまだ一度も使ってないので、真新しいままですよぉ。」

「ええい、もう良い。そんなにガラクタが大事なら
全部持って家を出ていけ!」

あわや勘当かと言うところ、仲を取り持ったのは女房のお陽でした。

「大旦那様。早計に決めてしまわれるのはいかがなものでございましょう。
日ノ本は、八百万の神々の国。
打ち捨てられた提灯にも神が宿ると申します。
また大旦那様が日々信心しておられます浅草の観音様も
元はと言えば、川に流れているのを漁師が拾い上げたもの。
縁あってこちらに来た物を、簡単に捨ててしまっては、
観音様とのご縁も捨てるようなものでございませんか。
今しばらく、大目に見てくださいまし、その内に卯之助さんも目を覚ますと思いますので」

嫁が嫁ぎ先に意見をするなど許されない時代、まさに命がけの具申でしたが、その肝の座り方に、清衛門はいたく感心したのでした。

「う~む。そこまで言うなら、少し様子を見るか・・・」

こうして卯之助の道楽が収まるかと思いきや・・・。
そうは問屋が卸さない。米問屋だけにいろいろあります。
卯之助は、『オヤジからお墨付きを貰った』と、とんでもない勘違いをいたしまして、前にもましてガラクタ集めに精を出すようになってしまったのでした。

奪衣婆のかんざし。狂骨の湿布薬。天女の下帯に、河童の皿の磨き粉など、
真贋の分からぬ怪しい品が溢れんばかりに増えていきました。

そんなある日、清衛門は、越後に行って作付けを調べるよう、卯之助に命じました。

もちろん、来年のコメの取れ高を調べるのが目的ですが、
江戸にいたのでは骨董を売りに来る輩も多い。
のんびりした田舎に送れば、せかせかと骨董を集める気持ちも収まるかもしれん、と清衛門は踏んだのです。
卯之助の方も、最初は嫌がったのですが、
「田舎の蔵には良い骨董が眠っておるかもしれないな」
と考えて、越後行きを引き受けました。

結果から申しますと、両者の目論見は父親の勝ちでした。
蔵の中に仕舞ってある品は、その家にとっては宝、家宝です。
また、それほど値打ちの無いようなものでも
先祖代々守り続けた思い出の品ですから、表に出てくる事は少ない。
見ず知らずの若造がいきなり来ても、簡単には見せても貰えません。

本来は、そこを上手く説得するのが、商売なのですが、
働いたことのない卯之助には、そんな技量はありません。

一人愚痴を言いながら、卯之助は江戸に向かう山道を
とぼとぼと歩いていきました。

「つまらんなあ。掘り出し物が見つかるかと思ったけど
全くダメ。仕方ない。さっさと帰るとしましょうか」

その時、突然カラスの鳴き声が聞こえたかと思うと、
どこから来たのか、白髪の老婆が道の真ん中に立っていました。

「掘り出し物とは、これの事かの」

老婆は、卯之助の顔を見るなり、怪しい取引を持ちかけてきました。

「何だい、それは?」

老婆が差し出したのは、金糸を織り込んだ贅沢な造りの古い帳面。

「これは、明日、明後日、数年先まで
知りたいことが書かれている暦、『明日暦』じゃ」

「先の事が分かる帳面という事?」

「そうじゃ。昔、関ケ原の合戦の際、小早川秀秋が、
バビロニアの商人からこの暦を手に入れ、
徳川方に寝返ったと伝えられる品じゃ」

「本当かい? どうも信じらんないね。
まあ。安いなら買ってやってもいいけど」

気のない素振りを装った卯之助でしたが、
その古い帳面から目が離せなくなっていました。

「ほほほ。お代はお買いになる方次第での。
そうじゃなぁ。金銀、小判とは限らん、
あんたにとって一番大事なお宝と交換する決まりになっておるんじゃ」

「一番の宝?」

卯之助の頭に、蔵の中の品々が浮かんでは消えた。

このまま商売で儲けが出せなければ、
集めた骨董はオヤジに全部捨てられてしまう。
一つくらい手放しても、儲かればまた買い戻せる・・・
卯之助は腹をくくりました。

「良いでしょう。何でも好きなモン持ってってくれ」

「では遠慮なく頂こう。ふほほほ・・・」

嬉しそうに老女が答えた途端、突風が吹いてきて卯之助は顔を覆いました。
やがて風が収まったときには、老女の姿はありません。
懐を改めると、確かに先ほどの明日暦が入っています。

「夢じゃなかったのか。でもこれで、先々の米の取れ高が分かって大儲けできる。そうなれば、オヤジもわたしを見直してくれるだろう」

急ぎ足で山を駆け下りながら卯之助は、
老婆の言った『一番大事なお宝』という言葉が気になっていました。

「あのばあさん。一体何を持って行ったんだろう。
柄杓か、下駄か、それとも枕か。待てよ、骨董とは限らないよ。
屋敷か、貯め込んだ店の金か・・・」

卯之助は、一日の生活を辿りながら、家にあるものを思い出してみました。

「家にいると算盤が大事だとオヤジは言うだろう。
へいへいと返事だけして、蔵に行く。
蔵には古ぼけた骨董がずらりと並んでる。やはりこの内のどれかかねぇ。
その後は、晩飯だ。ここでもオヤジは
『米一粒たりともおろそかにするな』とか言う。
それだけなら良いけど、決まって仕事の小言も言いやがる。
そんな時は大概、お陽が飯をよそいながら
『まあまあ』って助け船を出してくれるんだけどね・・・
お陽? お陽。あ、お陽だ!」

骨董の事しか考えられなかった卯之助の頭に
突然、お陽と過ごした日々の思い出が浮かんできました。

「お陽がいたからわたしは商いをしないでも、気楽に骨董集めが出来た。
オヤジに責められた時も優しく慰めてくれた。
辛いときも、苦しいときも、いつもわたしの事を思ってくれるお陽が、
わたしにとって一番大事なんじゃないか」

もしも、お陽がいなくなったら、と想像すると、
言いようのない寂しさが湧き上がり、
卯之助は飛脚を追い越す勢いで江戸を目指します。

そして数日後の真夜中。卯之助は槙野屋にたどり着きました。

ドンドンドン!

「開けておくれ。わたしだよ。卯之助だ。今帰ったよ」

物音に気付いてくぐり戸から顔を出したのは大番頭の佐吉。

「おや若旦那。こんな真夜中によくお帰りで」

「いいから。挨拶は後にしておくれ」
  
バタン、バタバタ。

卯之助は、大番頭を押しのけて一気に駆け込みました。

夫婦の寝屋に飛び込み布団をめくると、
眠っているはずのお陽の姿がありません。

「何という事だ。お陽が魔物に連れていかれてしまった。
こんな帳面一つの為にわたしは本当に大切なものを失ってしまったんだ。
ああ。こんな事になるなんて。
お陽が戻るなら、くだらない骨董の集めなどやめて
毎日仕事に精を出すものを・・・ううう」

「左様でございますか。それは嬉しゅうございます」

声に驚いて卯之助が振り返ると、そこには恋女房のお陽が、
いつもと変わらぬ笑顔で立っておりました。

「おお。お陽。お前、さらわれなかったのか」

「何のお話でございます?ちょうど今、御不浄から戻ったところで、
お迎えも出来ずに失礼をいたしました。
それより、今おっしゃっていた骨董集めをやめて仕事に精を出すという
お言葉、本当でございますか」

卯之助はお陽の手をしっかりと握って答えました。

「勿論だよ。わたしには、お前さえいれば良いのだからね」


翌朝から卯之助は、米問屋の仕事を勉強し直し、
夫婦仲良く槙野屋を盛り立てていった、と伝えられております。
 
清衛門は、息子の余りの変わりように、
我が目論見が上手くいったと自我自賛しきりだったとか。
 
 
ところで、卯之助は何を失ったのでしょうか。
 
もしかするとあの老婆は、卯之助が一番大事にしていた
「ガラクタ集めの趣味」を持って行ったのかもしれません。
 
そして、あの明日暦ですが、卯之助の集めた骨董と共に
しばらく蔵の中で眠っていたのですが、
いつの間にか無くなっていたそうです。
 
明日暦のことを知った誰かが持ち出したのか、
それとも怪しい老婆の元に戻ったのか、
又どこかで、誰かの人生を変えているのかもしれません。
 

            おわり



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