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「洞窟の中の孤独な叫び」・・・ベスト&ワーストを考える時。


『洞窟の中の孤独な叫び』


「年間目標200本」
美枝と俺が決めている映画を観る本数だ。

劇場だけで見ると、お金が続かないから、ネット〇リックスや、アマ〇ンプライムなどの動画配信サイトも併用し、主に土日に2~3本まとめて観ている。

そもそも映画の感想というものは、観る人の経験や境遇によって
かなり違ってくる。

同じ映画でも、ネットでは「面白い」、俺は「退屈」。美枝は「金返せ」と言った具合だ。
ちなみに美枝は俺より映画に厳しい。それも監督のネームバリューや過去作の評価には全くと言っていいほど左右されない。
たった今観た、その一作だけで評価をする。本来はそれが当然なのだろうが、こんな観客ばかりでは、映画監督は気が休まらないだろうな、と思わず同情したこともあった。


「ねえ。買って来た?」

「ああ。もちろん」

普段、あまり雑誌は買わないが、
年末年始に発売される映画雑誌だけは買う事にしている。

目的は「今年の映画ベスト&ワースト」というような企画だ。

前述のように俺たちは年間200本映画を観る。
自分たちの感想と、映画評論家が語る評価を比較すると
違った視点を発見出来て面白い。

特に、その雑誌に書いている論客の視点や好みも垣間見えて楽しい。
この映画にも支持する人がいる。つまりどこかに良い点がある、と思うと
がっかりした映画でも、改めて見直してみたくなるのだが、美枝は違うらしい。

「評論家ってさ、作家性みたいな『概念』じゃなくて、
映像から伝わってくる「情感」がどこに由来するのか、とか
具体的な映像の構成や社会情勢の数値的根拠を元に語って欲しいよね。
そうしたら観るのに」


映画だけではなく、評論家にも厳しい彼女にとって、
「映画ベスト&ワースト」は、「評論家ベスト&ワースト」でもある。

美枝が言った。

「ヒットしている理由はアニメだから、とか、恋愛ものだから、なんて
大雑把な理由でけなしている人がいるけど、悲しくなってくるわね」

確かに、今時そのジャンルであればヒットする、というようなことは少ないだろう、ヒットするには、それなりの理由があるのだ。俺は美枝に賛同した。

「そうだね。なぜアニメがヒットするのか、恋愛ものがヒットするのかを具体的に批評されていたら、その評価が自分と違っていても納得できるよね」

すると、美枝が驚いた顔をして、聞き返してきた。

「待って。それじゃあ。映画評論家が映画監督の上座にいて
映画作品を批評しているとでも言いたいの? あなたは」

『あなたは』と、ちょっと上ずった感じで言い始めると、美枝の地雷を踏みかけている警戒警報、要注意だ。

「いや。そうじゃないよ。映画評論家って映画を評価するのが仕事でしょ」

「もおおおおお~。何言ってんのよ。
評論家の仕事は『評価すること』なんかじゃないわよ。
監督と同じで、他人を楽しませるのが仕事なのよ」

「ええ?」

俺は美枝の言っている意味が分からなかった。
評論家が評価しないで何をするというのか。

「だって、毎年雑誌でベスト&ワーストを見て自分の評価と比較してるじゃないか」

「う~ん。それもあるけど、ほんの少しね。
私たちが映画を評論してどうするのよ。
確かに映画を観ると感想を持つけど、評論はしないわよ」

「じゃあ、どうして毎年ベスト&ワーストを買うんだよ?」

「アタシが映画の評論を読むのは、一年分の評論が読めて楽しいからよ。
評論家って映画の評論文で読者を楽しませるのが仕事でしょ」

「ちょっと待ってそれじゃあ・・・」

俺は自分の価値観が崩壊するような気がした。

「例えば、映画を評論で面白く書ける人にとっては、
その映画自体が面白いかどうかは、関係ないってこと?」

「関係ないとまでは言わないけど・・・例えばね、
グルメ雑誌が、美味しいか美味しくないかだけで記事を書いていたら、どう思う?」

「そうだな。つまらないかな。その雑誌は買わないと思う」

「でしょう。
そもそも雑誌に載っているお店を全部回れるわけではないし、
遠い地方のお店なんて行く暇も無いでしょう。
つまり、料理が本当に美味しいかより、
美味しいと思わせてくれる記事なら、読んで幸せな気持ちになれるでしょ。

映画雑誌も、映画自体が面白いかより、
評論文が面白ければ、雑誌の意味があるのよ」

「ああ。そうか」

俺は、目からうろこが落ちたような気がした。
いつのまにか俺は、映画を楽しむことを忘れて、映画を批評する立場に
自分を持って行ってたんだ、まるで審査員みたいに。


「分かった? 映画雑誌も同じなのよ」

美枝がニコニコと笑いながら、俺の顔を見つめていた。その本心が伝わってくる。

『分かる? 映画雑誌も、彼氏も同じなのよ。
幸せな気持ちにさせてくれるかどうかが、大事なのよ』

と言いたいのだ。

俺は、少し緊張しながら答えた。

「う、うん。分かってるよ」

美枝は安心したように微笑んで、映画雑誌に目を落として呟いた。

「それにしても、評論家って大変な仕事よね。
まるで、洞窟の中で孤独な叫びを上げ続けているような感じだもんね」

俺は心の中でツッコミを入れた。

『そうだね。そんな風に評論家を批評する人がいると、本当に大変だね』

                  おわり


ちょっとややこしい話ですが、
映画の楽しみ方も、映画評論の楽しみ方も千差万別と思いたいのです。

歴史や文化で観るのも、衣装やアクションや音楽で観るのも
勿論、役者やシナリオで観るのもアリですよね。





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