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「麻田君、嵐の海に昆布をばら撒く」・・・港で遭遇した悪夢のような出来事とは。


旅に出るとお土産を頼まれることはよくあります。

 麻田君が入社して最初の夏休みに北海道へ行った時のことです。

 出発前、先輩諸氏から当然のように 「期待してるから」 と念を押されました。 勿論、お土産の事です。

 今ならパワハラになりがちな、「期待してるから」ですが、十数年前のこと。 当時この会社では、新人でも上司でも夏休みを取ったら、お土産をふるまうのが慣習になっていました。 その代わり、夏休みは気兼ねなく取ることが出来、入社から数年はお中元は送らなくても良い、という不文律もありました。 経済的な負担を減らす意図もあったそうです。

 さて、たっぷり夏休みを堪能し、いざ北海道に別れを告げる時、 麻田君はフェリーに乗ってみようと思いついたのです。

 「東京への直通はないけど、途中からは電車に乗り換えれば 船と鉄道の両方の旅が楽しめる」

 そんな風に考えた旅好きの麻田君、 港の待合所で、出港時間まで買い込んだお土産を確認していました。 

 お土産は軽さと実用性をかんがみ、羅臼の乾燥昆布。

 大判のパック入りを数個と、細かく刻まれた徳用のパックをやはり数個買い込んで、 あの人にはこれ、この人にはあれ、と数と送る人を頭の中で照らし合わせていました。

 ところがその日は、時折突風の吹くあいにくの天気、 

「これ以上風が強まると出港できない」

と港湾の係員から言われ、

 「万一、今日出港出来なかったら、途中でもう少しお土産を買い足さないといけないかな」

 と財布の中身を心配していたところに、無事出港するとの案内があり胸を撫でおろしました。

 それでも天候の急変の可能性があるということで、 大急ぎで乗船するように案内があり、麻田君は土産物の袋を抱えて、 待合所から船に一気に走り出したのです。

 ところが、こういう時に何か起こるのが、麻田君らしいところで、 フェリーにたどり着く直前、それまでにない突風が港に起こり、 急いで乗らなければと思い、うっかりカバンも土産物の袋も口を閉め忘れて駆け出していたのです。

ほどなく閉め忘れに気付いて、「ヤバイヤバイ」と思った時には、 羅臼昆布のパックはことごとく風にさらわれ、舞い上がってしまいました。

 慌てて昆布を捕まえようとしましたが、風は予想外の方向に吹きまくり、 桟橋の端まで一気に飛ばされて、海の上に。 

追いかけている麻田君は、危うく一緒に海に落ちそうになったところを、港のスタッフに制止され、ギリギリ助かったのですが、お土産物は全滅。

乾燥昆布は、ほとんど水没し、海に戻って行ったのでした。 

 さぞかし、がっかりした事だろうと思うところですが、 なんと麻田君、この時の出来事を土産話として会社で披露し、意外にも同僚や先輩上司に大好評を得たのでした。 

 そうなると、土産物が無いぞと、責められるどころか、

「その話を取引先に聞かせろ」

と営業に連れて行かれるようになり、数か月後には新人の中ではトップとなる大口の取引を決めるなど、営業成績を一気に上げていきました。

 「海の神様が、昆布を海に返したので、何かお礼をしてくれているのかな」 

 と、考えた麻田君、しばらくの間、海には乾燥昆布、山には乾燥シイタケ、川には川魚の一夜干しと、出かける度に訳の分からない貢物をしていたのでした。 

                    おわり


*一部フェリーなどの特定を避けるため、港の名前などを伏せています。 

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