「火葬場の声」・・・ホラー短編。ちょっと嫌な感じの怖さ。イヤコワ系。
会社の同僚、M田の葬儀に参列するなど、考えてもいなかった。
今年35歳のM田は部下に厳しく、上司に甘い、
正直人望が厚いとは言えない男だったが、
嫁自慢をする時だけは、人間らしい顔を見せていた。
そのギャップが魅力的に見えたのだろうか、
参列者は、女性社員の方が多かった。
お焼香を上げている男性社員は、半分くらい自慢の奥さんの顔を見るために参列するという不心得者だ。
それも仕方ない。確かにM田未亡人は美人だったのだ。
葬儀社の人が、最後のお別れと言って棺桶の蓋を開いて顔を見せてくれた。
M田の顔は穏やかだった。
生前と変わらず、少し笑みを浮かべているようにも見える。
目を閉じて、手を合わせると、俺の頭の中に、
「murder」という叫び声が響いた。
人殺し?
俺は周りを見渡した。
当然のように皆悲しみに打ちひしがれて、最後のお別れをしている。
人殺しを訴えて叫んでいるものなどいない。
『これは、霊の声かもしれない』
俺にはささやかながら霊感のようなものがある。
見える事は少ないが、声を聞くことは多い。
その時は、ざぅざぅというノイズの中にかすかに混じって聞こえる事がほとんどだ。今回も同じ様にノイズが聞こえている。
しかも時には死者だけではなく、生きている者の心の声まで聞こえるので、
都心の交差点などでは、聞こえ始めると、気持ち悪くなる程である。
とにかく、この場にいる誰かが、M田を人殺しと心の中で責めているのかもしれない。
俺は、生前のM田の態度を思い出し、彼には悪いが、
そういう事は無い話ではない、と思った。
わざわざ英語で人殺しと考えるという事は、海外生活の長い奴か、俺はもう一度周りにいる同僚たちとM田の顔を見比べた。
「murder」
再び声が頭に響いた。
男の声だ。聞き覚えがある。
これは–––M田の声だ。
今度は良く聞こえた。
「マーダー、マダー、マダダ」
俺は声に気持ちを集中させた。
「マダダ。マダ、まだ生きてるんだ」
おれはハッとして、棺の中のM田の顔を見つめた。
冷たく白い顔はピクリとも動いていなかった。
いくら見ても唇は動かないが、しかし声は聞こえ続ける。
『これは一体?』
と戸惑っていると、
「皆様お別れはお済でしょうか、これより棺を火葬炉の方に入れさせていただきます」
と言って、葬儀社の人と火葬場の係員が声を掛け、
棺は炉の中に入っていった。
どうすれば良いか分からずにいる俺を
M田の妻が見ていた。
若き未亡人は、まるでこちらの感じていることが分かるかのように、じっとこちらを見つめていた。
そして、俺の視線に気が付くと、
泪を隠すように顔を覆っていた白いハンカチの向こうで
人差し指を立てて唇に当てた。
それは、『言わないでね』と伝えているように見えた。
ガシャリっと火葬炉の掛け金が閉まる音がした。
M他の妻は、その美しい顔にかすかに笑いを浮かべ、
俺の方を向いたまま、静かに首を縦に振った。
どす黒い渦巻のような気が、俺を絡め取っていくのが分かった。
おわり
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