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「ルナモス・無口な麗人 前編」・・・口の無い美しい蛾に込められた思いとは。


ラヂオつくばで放送された作品に少し加筆しました。

「ルナモス・無口な麗人」 作: 夢乃玉堂

中学3年の初夏。
藤井和也は、日暮れ間近の通学電車の中で、
優先席に陣取る美しき麗人を見た。

雲間から漏れる月光のような薄青の羽根。
気品さえ感じる形の良い触覚。
気高さをまとった美しい蛾だった。

和也はすぐにスマホを取り出して画像検索をした。

「え~と、オオミズアオ。
英語名は『ジャパニーズ・ルナモス』。
ルナモス、月の蛾か・・・。
ヤママユガの一種で、日本中どこにでも生息している。
翼の幅は平均15センチ。毒蛾では無い」

毒が無いと分かって和也はホッとした。
驚いたのは、その生態である。

「え? ルナモスの成虫には口が無く、
羽化した後は何も食べずに、繁殖行動だけ行い、
一週間ほどで死んでしまう・・・。
お前。ストイック過ぎるだろう」

和也が優雅で小さい生き物の儚い人生に思っている間に、
電車は、次の駅に着いた。
優雅さとは縁の無さそうな女子生徒たちが
学校の悪口を言いながら乗り込んで来た。

「だいたいさ。男子が着替えた後じゃないと
女子が着替えられないなんておかしいじゃない。
絶対あのセクハラ体育教師の差し金だわ」

女子生徒たちはルナモスに気付かずに
誰も座っていない優先席の前に回り込んだ。

「あ。そこに・・・」と和也が注意する前に、
一人の女子が悲鳴を上げた。

「きゃああ。やだ! 虫よ、虫ぃ」

その顔に見覚えがあった。同じクラスの高階梨花だ。

普段、男子からの嫌がらせや悪戯にも全くひるまずに、
遣り込めてしまうほど気の強い梨花が、
母親とはぐれた子供のように泣き叫んでいた。

「ダメ~、大嫌い。あっち行って~」

恐怖に錯乱した梨花は、持っていた鞄を眼くらめっぽうに振り回し始めた。
鞄が優先席に当たりそうになった時、和也は思わず鞄の前に体を差し込んだ。

「危ない!」

バンッと鈍い音を立て、重い鞄が背中に当たった。

「イタタ」

痛みに耐えながら和也は、腕に巻いていた輪ゴムを人差し指に引っ掛け、狙いを定めてルナモスのすぐ脇に打ち込んだ。

驚いて飛び上がったルナモスは、逃げるように窓から飛び立って行った。

羽ばたくその姿は、月の光が結晶したように美しかった。

危機が去って落ち着いたのか、梨花は和也にぺこりと頭を下げ、
他の女子たちと話し始めた。

大騒ぎした恥ずかしさが残っているのだろう、
時折両手を添えて頬の紅さを確かめている。

それを見て、和也は少し微笑ましく思えた。

しかし、この事件はこれで収まらなかった。

*中編につづく。


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