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「24分のX」・・・9 「宛先は『泥棒猫』」連続超ショートストーリー

「泥棒猫様という方はいらっしゃいますか?」

配慮の無い花屋の声が、美晴のオフィスの部署に響いた。

美晴は驚きと戸惑いを隠せなかった。
百本以上はあるだろうか、真っ赤なバラの花束だ。

宛先は「宣伝部の泥棒猫様」、送り主が「課長の奥様」つまりユキだ。

『ああ。ついにこの時が来たのね』

美晴は思った。

ユキは、昔言った言葉を覚えていたらしい。
結婚5周年記念の大きな花束を、泥棒猫宛で送りつけてきた。

宛先が曖昧な郵送物は受け取らないか、他の部署に確認するのが原則だが、美晴は黙って受け取った。

「とりあえず、受け取っておきますね」

業務だからという言い訳が空しかった。

花束に添えられたカードを読むと、手が震えた。

「サプライズで渡してあげてね。泥棒猫ちゃん」と書かれている。

カードを見られないようにポケットに押し込み、
美晴は給湯室で、花束をどうしようかと考えた。

「ねえ。泥棒猫宛の他には何か書かれてなかったの?」

目ざとい同僚社員の奈央が声を掛けてきた。

「ううん。何も」

「そう。何かしらね。変なストーカーとかじゃなければ良いけど」

「そうね。でも宣伝部は大勢いるから・・・」

「でも女子は私たちとお局様の3人だけよ。ストーカーだったら、
私か美晴でしょ。気をつけよぉ。おお怖~。もうそんな気持ち悪い花束捨てちゃいなさいよ」

まるでストーカーに付きまとわれる美人は自分に違いない、
と言わんばかりに奈央は出て行った。

宣伝部の女子は少ない。目的の人間にも、花束の意図は伝わるだろうと
ユキは思ったんだ。

「ユキ。あんたの狙いは当たったわよ。もう十分サプライズになったわ。課長にも、会社にも。勿論私にもね」

美晴は混乱した気持ちを抱えながらも、これがユキとの最後のコミュニケーションになると思うと、怒りにまみれた真っ赤なバラの花束が、妙に愛おしく思えた。他の部署の同僚たちに気付かれないように、花束をしっかりと抱きしめると、棘が刺さっていたかった。

「あなたの気持ちに、出来るだけ答えるわね」

美晴は、花束を自分のロッカーに仕舞った。

          (つづく)



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