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「褒められたことを思う時」・・・自らを知る。

人はおだてられると、すぐ図に乗るものである。
しかも、その儚い優越感を守るために全力をかける人がいる。
その内、なぜおだてられ褒められたのかすら忘れ、
おだてられ褒められるのが当たり前だと思ってしまう人もいる。

その一方で、それを乗り越える術が無いわけではない。

それに気づかせてくれたある夫婦のお話です。

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「最後のライバル」

「昔、『センセイと呼ばれるほどの馬鹿でなし』って言葉があっただろう」
俺はテーブルの向かい側でお茶を飲んでいる妻に言った。
「うん。裸の王様みたいなやつでしょ。
おだてられていい気になっているほど、
周りから馬鹿にされていることに気付かない人」

「そう。俺たちの若い頃はさ、どんなに権威のある人でも、
表面上は持ち上げても内心はバカにしているのが標準だったと思わないか。
そんな事は政治の世界や教師と生徒など、当たり前に日常にあった。
ドラマや映画でも、そのような裏表のある人間関係は普通に描かれていた」

「周りが馬鹿に見えるって話?」

「いや。誰彼構わず馬鹿にしてたわけじゃないんだ。
本当に尊敬に値する人は、クラスに必ず一人くらいいて、
持ち上げたりはしなかったけど、クラスのみんなが、特別の接し方や、
距離感があったと思わないか」

「ああ。杉田くんみたいな人ね」

妻は俺が考えていた同級生の名前を挙げた。

「妙に敬語で話しかけたくなるような人ね」
「そうだ。俺の真逆の人」
「あなたはいじりたくなる人だから、ジャンルが違うわよ」

ジャンルという言葉がレベルに聞こえて、ちょっと俺はへこんだが、
気にせず続けた。

「その杉田君に対する接し方を自分にしてくれない、と感じると、
持ち上げられている連中は、どこか別の威厳や暴力、
権力の乱用で憂さを晴らそうとしてする」

「ふんふん。つまり暴君化。『裸の王様道』をまい進するって訳ね。
で、何が言いたいの?」

「俺たちも老年期に入ったからさ。
ありがたいことに、会社の出世競争からも外れ、老後の生活を
考えるだけになったけど、自由になった分、「裸の王様道」を
まい進しそうな気がするんだよね。退屈な不安が暴君を作る
可能性を感じてるんださなあ、どうすりゃ良いんだろうな」

「そんな自虐的なこと考えてたの。答えは簡単じゃない」

妻が軽々と言ってのけた。

「それは『学び』よ」

彼女が言うには、先生や先達の教えを踏襲するだけじゃなく、
自分の目標をしっかりと持って学ぶことらしい。

「単純に学習だけしていると、習得とか成果だけに目が行っちゃって、
学びの経験を楽しめなくなってしまうでしょ。
そしたら、周りのことが気になって、学びはいつしか競争になってしまうのよ。
もちろん、若い頃の学習は進学とか受験とか、競争意識無しには
考えられなかったけど、本当に必要なのは、独自性と自分が学びを
楽しめるかどうかよ。あなただって成功出来たのは、
独自性と続ける楽しさを感じられた仕事だけでしょう」

そう言われて腑に落ちた。
振り返ってみれば、その通りだったのだ。
やらされている仕事も、その先に自らのアイデアを使える
独自性・自由度があるなら、楽しくて成果も伸びて評価もされた。

「お金が溜まって自分の好きなことが出来るまでは嫌な上司の
喜ぶことだけして、お金を稼いでいるだけだと割り切れば良いのよ。
歳を取ったらあとは好きなように生きるだけよ。それにね・・・」

そこで妻は、少し考えてから言った。

「この歳になってくるとね、競争する相手も少なくなってくる。
最後まで競争してくれる相手は自分だけ。だから今は私、自分のやる気の
無さだけが競争相手、ライバルなの。こいつにだけは負けたくないわ。
ふふふ。じゃあ出かけてくるわね」

そう言って妻はカルチャーセンターに出かけて行った。
今日は書道とフルートで遅くなるという。

リビングに一人残された俺は、スマホの住所録から、
友達の電話番号を探したが、途中で手を止めた。

「最後まで競争してくれる相手は自分だけ・・・か」

俺は押し入れの中に仕舞っていた小学校の卒業アルバムを
引っ張り出した。

「子供の頃、何が好きだったかな・・・」

数十年ぶりに心がときめく感覚が甦って来た。

          おわり



「最後のライバル」は怪談ではありませんが、毎週木曜日16:00~放送のSKYWAVE FM 「清原愛のGoing愛Way!」の「めざせ100怪!ラジオde怪談」の朗読候補として準備されました。*一部改訂しています。

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