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ダブル偽9番

0-2
ミッドウィークに行われた浦和レッズ対サガン鳥栖の一戦はアウェイのサガン鳥栖に軍配があがった。

鳥栖は上手く浦和のストロングを消して後半の2発で勝利。この試合で興味深かったのはサガン鳥栖の『ダブル偽9番』だ。浦和はショルツ、ホイブラーテンというJリーグ屈指のCBをDFラインに並べ、その強固な牙城で先日のACL決勝戦でもアルヒラルを相手にクリーンシート。そんな屈強な浦和の両CBに対しての鳥栖が見せた『ダブル偽9番』という面白い攻略法を試合のレビューと共にまとめていく。

ダブル偽9番

鳥栖は4-4-2の基本フォーメーション。しかし、ボール保持では下の図のように2トップの小野と西川はハーフスペースに下りてIH気味のポジションへと立ち位置を変える。そして両SHは大外の高い位置へと張り出して、背後へのアクションを繰り返し、深さを確保する役割だ。6:10ではLCBの山崎から明本の背後へとロングボールが配球され、ショルツがクリアするも、セカンドボールをIHのポジションにいた西川が拾いボールを前進させた。

6:10の鳥栖の攻撃

浦和のショルツとホイブラーテンは対人に強く、空中戦にも強い。これまでに多くのFWが彼らによって潰されてきた。そんな浦和の両CBに対して鳥栖の基本的な考え方は「CBをゲームに関与させない」ということだ。彼らにFWが潰されるくらいなら前線に選手を置かずに、FWを中盤に下ろして数的優位を作りながらゲームをコントロールするという興味深い攻略方だった。

・CBが偽9番に付いてくると
10:29の場面では小野と西川によるダブル偽9番で浦和のDFラインとそれ以降の選手たちを分離。山崎から明本の背後へとボールが送られ、明本はたまらずサイドにボールをクリアした場面があった。

10:29の鳥栖のダブル偽9番

もし、この場面のように鳥栖の下りた選手に浦和のCBが付いてくるのであれば、背後にボールを送ることで釣り出されたCBは守備から外れていることになる。その結果、リーグ屈指のCBの守備力が発揮される可能性が減ることになる訳だ。

・CBが偽9番に付いてこない場合
もし浦和のCBが偽9番に付いていかない場合は7:26のように数的優位の局面が作り出せることができる。鳥栖の左サイドでは3vs2の局面(西川、菊池、岩崎vs大久保、明本)という構図が生まれ、更にローテーションを加えることで浦和の選手を動かして西川がフリーでボールを受けた。

7:26の鳥栖の左サイドでの数的優位&ローテーション

鳥栖はダブル偽9番だけでなく、選手のローテーションによって浮く選手を作るアクションも落とし込まれていた。

・SBの攻撃参加
また、鳥栖のSBのアンダーラップは効果的で原田や菊池が良いタイミングでハーフスペースへランニングを行うことで大外へのパスコースを作ったり、プレス回避の逃げ口となったりしていた。

14:57の場面では右サイドの原田からボランチの河原を経由して、偽9番の西川がフリーでボールを受けた。その瞬間にLSBの菊池がハーフスペースへとアンダーラップを行い、ライン間でボールを受けてシュートまで持ち込むことに成功した。

14:57の鳥栖の攻撃

鳥栖の両SBは随所でアンダーラップから攻撃を分厚くするということを見せていた。特に左SBの菊池は本来であればもっと前目のポジションかもしれないが、タイミングよく攻撃参加したり、LCBの山崎とLSHの岩崎を結ぶリンクマンとして機能していた。何度か守備の面で入れ替わってしまう場面などの危うい場面もあったが、様々なタスクが求められる現代サッカーでは面白い振る舞いを見せていた。

鳥栖の1点目は手塚のパスを受けた菊池が途中出場の本田とのワンツーで局面を打開してからのクロスが、結果的に長沼のゴールへと結びついた。ビルドアップ時のややインサイドに入った立ち位置や偽SBのような振る舞いも見せた菊池は鳥栖の攻撃にアクセントをつけられる面白い存在だった。

浦和のハイプレスと鳥栖の課題

鳥栖のダブル偽9番に対して、浦和も上手くプレスから高い位置でボールを奪うという場面があった。12:05の場面では2トップ+伊藤で上手く鳥栖のボランチを消しながらCBへと圧力をかけてサイドへ誘導し、原田のところで完全にハメ込むことに成功したが、シャルクの対応が軽率で入れ替わる形となってしまった。

12:05の浦和のハイプレス

浦和としては前線のメンバーを入れ替えたことでいつもの興梠&小泉コンビに比べて、プレスの精度は低く、ボランチを消せてない場面や、ボールホルダーへのプレススピードの遅さは感じられた。

鳥栖もたまに中央にボールを差し込もうとして引っ掛ける場面があったが、浦和のショートカウンターの鋭さや精度はなかったので大きなピンチには繋がらなかった。また、ハーフスペースに下りてきた小野や西川が浦和のボランチに捕まる場面や、37:49のような下りてきた西川がショルツに潰される場面などもあった。

鳥栖にとっての課題は右サイドからのビルドアップだろうか。先程のシーンと同様に54:45では浦和のハイプレスの餌食となり、ショートカウンターを受けてしまった。この場面では小野がハーフレーンに下りてくるのが少し遅れたことと、原田のパスがズレたことでボールロスト。浦和も上手くサイド圧縮をして、ボールホルダーに連続的にプレスをかけたことで高い位置でボール奪うことができた場面だった。

54:45の浦和のハイプレス

鳥栖は左サイドでは菊池が気が利いたプレーができるのでハマる場面が少なく、選手のローテーションも頻繁に見られた。仮にハマったとしても割り切って岩崎の足を活かすような背後へのボールで陣地回復することができていた。しかし、右サイドでは繋ぐ時と蹴る時の判断が正確でない時と技術的なミスもあった。どうしても毎年のように選手が流出してしまう鳥栖にとって、プレーの質を維持することは今後の課題となるだろう。

バランス調整の難しさ

鳥栖のダブル偽9番の大きな欠点としてはゴール前の人数不足だ。この試合でもサイドの高い位置までボールを運べたとしても、ゴール前に選手がいないので、サイドでノッキングを起こしてボールロストという場面がよく見受けられた。

例えば、9:14では左サイドに流れてきた小野がクロスを上げたが、ゴール前には誰もおらず西川が簡単にキャッチ。サイドまでボールを運んだ後にどうやって攻撃をオーガナイズするかはダブル偽9番を採用するには考えなければならない点だろう。

・ポケット侵入
鳥栖が1つの案としてこの試合で表現しようとしていたのはPAポケット攻略かもしれない。47:18では小野がハーフレーンでボールを受けた際に堀米がポケットへランニング、小野から堀米へパスが出たが残念ながらパスは通らなかった。ポケットに侵入してから2列目の選手が飛び込むような攻撃の形は用意されていたのかもしれないが、浦和の両CBのカバー範囲も広くなかなかポケット侵入まで至らなかった。

鳥栖は最終的に本田と河田を投入して常に中央にFWを置く形に変更。本田はこれまで通りIH気味に振る舞い、ボールの循環を手助け、そして河田は最前線でフィニッシャーの役割を担った。69:00の鳥栖の1点目もこの効果は見られた。浦和の明本のパスを上手く引っ掛けてからのショートカウンター。菊池がクロスを上げた際には河田はゴール前にいるので、浦和もクロスの処理が難しくなり、ホイブラーテンのクリアが中途半端になったところを長沼が反応して左足を振り抜いた。

鳥栖の1点目

まずは菊池の積極的な攻撃参加が良かったことと、早いタイミングでクロスを上げたことで浦和の守備陣の対応が遅れたことはこの得点の要因だろう。そして、これまではサイドでボールを持ってもゴール前に人がいないアンバランスな状況があったが、明確なFWを置いたことでバランスが良くなったことで得点が生まれた。

『ぎこちなさ』のしわ寄せ

浦和はACLの決勝からメンバーを4人入れ替え、主に前線のメンバーがフレッシュな顔ぶれとなった。そして前線のメンバーが入れ替わったことにビルドアップでの『ぎこちなさ』は明らかだった。その『ぎこちなさ』は味方の余裕をどんどん奪っていった。

立ち上がりの浦和は鳥栖のハイプレスを上手く回避する場面も見られた。下の図のように5分の場面では岩崎がホイブラーテンから西川まで二度追いでプレス。しかし、中央の岩尾に対して誰もマーク付いていない+2トップのギャップが開いている状態だったので、GKの西川から岩尾へと縦パスが通った。

5:18の浦和のビルドアップと鳥栖よプレス

ビルドアップで『余裕』を作るには相手選手を食いつかせておいて他の味方へパスを出すことだ。この場面でも岩崎をGKの西川まで飛び出させておいて、中央への縦パスでプレスの矢印を折るようなボールの動かし方ができた。鳥栖は4-4-2をベースに守備陣形を作ったが、時折FWとMFが連動できずに中盤にギャップを作ってしまう瞬間が見受けられた。前半の立ち上がりはチームとしてプレスの形を作れない中で浦和にチャンスを作られたが、なんとか0に抑えて時計の針を進められた。

浦和のビルドアップ時には下の図のように鳥栖は意図的にホイブラーテンにボールを持たせた。ホイブラーテンよりもショルツの方が短中距離のパスが上手いので、ショルツにはあまりボールを持たれたくなかったのだろう。基本的に鳥栖は小野が岩尾を監視、ホイブラーテンに対してRSHの堀米が外切りでプレスをかけて、ショルツには西川や岩崎が圧力をかけて自由にさせない設計が取られていた。

鳥栖のハイプレス

浦和はビルドアップ時に岩尾がアンカー、安居と伊藤がIHの立ち位置を取り、菱形の頂点にホセカンテが入ることが多かった。しかし、26:04の場面のように中央にギャップを作ってもホセカンテの前線から下りてくるタイミングが悪く縦パスを入れられないような状況が散見した。

26:04の浦和のビルドアップ

その結果、ホイブラーテンはやり直す選択肢を余儀なくされた。そして、岩尾がCBの間に下りて後ろを3枚にして右サイドへとボールを展開するが、鳥栖はLSHの岩崎がショルツへ牽制をかけてサイドへ誘導し、明本の所でLSBの菊池が寄せて蓋をした。

26:04の鳥栖のハイプレス

浦和はいつもであればビルドアップに困ると興梠が中盤に下りてきた縦パスを収めたり、関根と小泉のレーンを入れ替えて、ライン間やハーフレーンで浮く選手を作ることができているのだが、ホセカンテの下りてくるタイミングは合わなかったり、LSHのシャルクが前線に張っているだけで、ビルドアップの際に他の選手と立ち位置を入れ替えてボールを引き出すといったアクションは見られなかった。従って、鳥栖は浦和の中盤(岩尾、伊藤、安居)を捕まえて、シャルクと大久保の背後への動きをケアしておけば問題なかった。

そして、前で浮く選手を作れない『ぎこちなさ』のしわ寄せがホイブラーテンやショルツに来ていたことは明確だった。ビルドアップ時の逃げ口が見つからない浦和がビルドアップでハメられてしまうのは必然だった。とはいえ、ホセカンテの高さを活かした攻撃も精度は低いが、鳥栖は対応に困っていたので、ホセカンテの高さを使うという割り切りがあってもよかったのかもしれない。

プロセスと結果

浦和にとってこの試合はショッキングな内容となったが、結果だけ見るのではなくプロセスをしっかり精査しなければならない。特に後半のパフォーマンスは浦和のやりたいことを表現できている場面は何度かあった。

後半の浦和の決定機

まず、なかなか上手くいかなかったビルドアップだが、後半立ち上がりに素晴らしいビルドアップからシャルクの決定機が訪れた。下の図のように丁寧にボールを繋いで明本へ展開した際に、ホセカンテが縦パスを受けれる角度に顔を出してボールを収め、明本からホセカンテへパスが出た時に大久保が3人目の動きで後方サポートに入ってボールを受けた。大久保にボールが入るとシャルクが外から内側へ斜めのランニングで背後に抜け出し、GKと1vs1になった。

48:34の浦和のビルドアップ

残念ながらゴールは決まらなかったが、一連の流れは浦和が目指すようなボールの動かし方と緩急のある攻撃だったのではないだろうか。

交代策の好影響

そして、59分に興梠と関根が入ると浦和のビルドアップではこれまでの『ぎこちなさ』が払拭され、ハーモニーが生まれた。例えば、64分の場面では3-2-5の浦和の陣形から興梠が背後のアクションを見せたことで、DFラインは興梠に引っ張られる。その瞬間に関根がハーフレーンから中央のライン間へと顔を出して、岩尾からの縦パスを受けた。

64:24の浦和のビルドアップ

興梠と関根の投入は浦和に劇的な変化を与え、ビルドアップでの興梠や関根のオフザボールの動きは格別だった。やはり、浦和はこれまでスタメンを固定してきたことでスタメン組の連動はスムーズで、逆に普段スタメンで出れてない選手たちはそれぞれがリンクできていないことが多く、今後どうやって様々な選手に連動性をもたらすかは浦和の課題だろう。

プロセスの精査

1点ビハインドとなった浦和に痛恨のミスが生まれた。74:47では下の図のように、岩尾から縦パスを受けた小泉のパスがズレて河田へ渡り、河田からパスを受けた手塚が冷静にゴールへ流し込んだ。

74:47の浦和のビルドアップ

もちろん結果が問われるプロの世界ではこうしたミスが命取りとなるのだが、結果だけでなくプロセスとして見ることが今後の成長にとっては重要である。この場面で言えば、浦和のボールの動かし方は非常に素晴らしく『アップバックスルー』を使って上手く段差を利用して、鳥栖のハイプレスを潜り抜けられそうな局面だった。もし仮に小泉から安居へのパスが正確に届けられていれば、擬似カウンターのような局面に繋がり浦和のチャンスになっていたかもしれない。

浦和のボールを前進させるプロセスは間違ってなかったが、単純に技術的な部分でミスが生まれただけである。結果だけ見てしまうと、自陣ではボールを繋がない方が良いという結論になってしまうが、プロセスを見ることで最適な結論を下すことができる。

また、浦和のミスをしっかりと仕留めた鳥栖も素晴らしく、2点目を奪ったことで浦和ペースだったゲームの流れを断ち切ったゴールとなった。

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