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ロングボールの使い方

2-1

浦和対広島の上位対決は90+1の伊藤の劇的ゴールで幕を閉じた。

両チームともに縦に速い攻撃が見られたこのゲーム。浦和の徹底したロングボール攻撃と広島が抱えるサイド攻撃のジレンマが印象的だった。

3種類のロングボール

まずこの試合で目立ったのが浦和のロングボールの多さだ。通常はある程度後ろでショートパスを繋ぎながら相手の出方を見て攻撃ポイントを定めていくのだが、この試合では繋ぐ素振りも見せずにロングボールを選択していた。広島のハイプレスの強度の高さとショートカウンターの精度を考慮して、浦和が選んだ作戦だろう。

そして、浦和のロングボール作戦は広島にとっては非常に厄介だったことは事実だろう。広島がハイプレスをかけ始めた瞬間にロングボールでひっくり返されてしまうので、コンパクトに陣形を保つこと、セカンドボールを拾うことが困難になるからだ。

また浦和はしっかりと狙いを持ってロングボールを使っていたことも印象的だった。

ハーフスペースに流し込むロングボール

ゲームの立ち上がりには浦和は執拗に広島のハーフスペースにボールを送った。1:11はLSHの関根が住吉を釣り出して作ったギャップに明本からボールが送り込まれたがCFホセカンテと合わずに上手くいかなかった。

1:11の明本からのロングボール

しかし、このプレーが浦和のこの試合の攻撃の基準を見せていたような気がする。

3:09では先程と同様にモーベルグがLCBの佐々木を釣り出させて空いたスペースにRSBの酒井からボールが送られ、そのスペースでボランチの伊藤がボールを受けて攻撃の起点を作った。

3:09の酒井から伊藤へのパス

そして、このプレーが伏線かのように5:17ではRCBのショルツから同様にハーフスペースに駆け上がった伊藤へパスが渡り、ホセカンテのオープニングシュートへと繋がる。

5:17の浦和の攻撃

広島はWBが浦和のSB、LCBとRCBが浦和のSHへプレスに出ていく形を取っており、浦和は敢えて広島のWBとワイドCBを引き出してからひっくり返すように背後を取るという攻撃をしていた。

3バック(5バック)のデメリットとしてはスライドが発生するとスライドする人数が多くなるため連動が難しくなる。浦和のようにプレスをかけた瞬間にひっくり返されるとどうしてもギャップが生まれやすくなるというデメリットが広島の3-4-2-1にはある。

特に浦和のRSB酒井は広島のスライドが良く見えていて、かなり高い位置まで出てきた時は背後へのボールでひっくり返し、逆に広島が背後を警戒していたら39:38のようにRSHのモーベルグの足下へボールを送って自らが上がっていくというような駆け引きが巧みだった。

39:38の浦和の右サイドでのコンビーネーションプレー

広島の3バックは対人に優れている選手たちが並んでいる。特に矢印が前向きの守備は空中戦やボールを奪い切る力が優れている。広島は1トップ2シャドーで浦和の2CB+岩尾を監視する守備陣形を取った。誰が誰を見るかは状況によって柔軟に対応していたが、基本陣形は3-4-1-2のような形になる。

『プレイオーバー』と『プレイオントゥ』

浦和は広島のハーフコートマンツーマン気味の守備陣形に対して、DFラインを越える背後へのロングボール『プレイオーバー(Play
Over)』と、ホセカンテや酒井といった空中戦に強いターゲットマンにピンポイントで合わせるロングボール『プレイオントゥ(Play Onto)』の徹底したロングボール攻撃は有効だった。。

10:28は西川からLSHの関根へとボールが渡った場面。西川から住吉の背後へロングボールを送り関根がキープ。これによって浦和は一気に陣地を回復することができる。

10:28の西川から関根へのロングボール

この局面では住吉が上手く対応して広島ボールのスローインにしたが、ハイラインを設定する広島にとって『プレイオーバー』は処理が難しく嫌らしい攻撃だったはずだ。DFラインを越えていくロングボールはDFが後ろ向きでの対応になるので処理が難しい。また、もし味方へパスが通らなかったとしても、DFが完全に跳ね返しきれずにセカンドボールを回収できる確率が高まる。ハイラインに対しての『プレイオーバー』は非常に有効な手段の一つだ。

16:37は西川からホセカンテへロングボールを送り、ホセカンテがボールを擦らして関根へ繋げたプレーとなった。ターゲットマンにピンポイントで合わせる『プレイオントゥ』も1つの有効なロングボールの攻撃だ。この試合でホセカンテがスタメンとなった浦和は、プレイオントゥを使うことでホセカンテの特長である空中戦の強さというリソースを最大限活かしていたように思う。

16:37の浦和の攻撃

浦和は苦しい時に酒井の高い打点を使うというのを1つの個人戦術として頻繁に使っているが、この試合でもホセカンテや酒井への『プレイオントゥ』は有効だった。

このように浦和はプレイオーバーとプレイオントゥの使い分けが徹底されていた。関根やモーベルグへはDFラインを越えるプレイオーバー、酒井やホセカンテに対してはピンポイントで合わせるプレイオントゥでロングボール攻撃を効果的なものにしていた。

広島の守備組織

広島は最初の空中戦で勝ててもクリアボールが中途半端で浦和にセカンドボールを回収されることにかなり手を焼いていた。例えば34:37では両WBが引いて5-2-1-2(5-2-3)の守備陣形を作った時に深い位置にロングボールが送られると掻き出すのが精一杯でセカンドボールを拾えない。

広島の守備陣形

特にこのシステムでは2列目を2人でカバーしなければならないのでセカンドボールの回収率が下がってしまう。浦和のロングボールからのセカンドボール回収がジャブのように広島の体力を削っていき、広島の守備組織が徐々に崩れていき始めた。

広島は後半の立ち上がりに1点を取りリードしている展開で、選手を入れ替えながら守備強度を保とうとしたが、押し込まれる時間が増えていき厳しい戦いになっていった。後半から入ったD.ヴィエイラは諸刃の剣でベンカリファより攻撃の部分で貢献度が高いが守備の貢献度はそこまで高くないという扱いが難しいキャラクター。1stディフェンダーが浦和のCBに制限をかけられないとそれ以降の選手たちも立ち位置を取ることが難しくなってくる。

68:01はそんな広島の守備組織が崩れ始めた様子が顕著に表れていた。途中からボランチにコンバートした安居がボールを受けた時に伊藤がフリーにさせてしまった。そして伊藤から興梠へのスルーパスが通り、広島はピンチを迎えた。

68:01の広島の守備陣形

これまでは伊藤に対してはLCMの野津田が前に飛び出す、もしくはシャドーの川村がプレスバックで対応していたが、ポジションを入れ替えたこともあって誰もプレスに出れない状況が生まれた。

この場面で言えば、LWBの東が酒井をケアして森島が伊藤を見るか、川村が伊藤を追い出すように飛び出す必要があった。しかし、体力の消耗やエゼキエウとD.ヴィエイラの投入によるポジションチェンジで守備の強度が出せず連動も上手くいかない時間帯となった。

そんな中で迎えた71分。西川から関根へとロングボールが入り、セカンドボールを興梠に回収されたところをキッカケに最終的に酒井の同点ゴールに繋がった。この場面も川村が伊藤のマークに前に出た瞬間に、西川がひっくり返すようにロングボールを送り、広島の守備は間伸びした状態だった。

71:25の浦和の同点ゴールに繋がる攻撃

広島としては佐々木対関根の空中戦で完璧に跳ね返すことができなかったことは誤算だった。また、これまでバランサーとして上手く穴を埋めていた野津田がイエローを貰ったことも考慮して下げた中で迎えた失点だったので悔やまれる1点となった。

浦和としてはこの試合でのロングボールの徹底がようやく得点に繋がった場面となった。この後の大久保のDF2人をサイドラインで惹きつけてPA内のポケットにスペースを作ったり、トップ下にコンバートした関根が関わって最後は上がってきた酒井のゴールという流れも素晴らしいゴールだった。

広島の5-2-1-2(3-4-1-2)の守備はWBが生命線だった。WBが浦和のSBまで飛び出せる時はよりボールホルダーにプレッシャーをかけることができ、3バックが人に強く当たることができ、カウンターも打ちやすくなる。

しかし、後半の浦和の3枚替えからWBがSBまで出ていけなくなる場面が出始め、WBが最終ラインに吸収されて5バックになり苦しい展開になっていった。浦和の2点目も広島のDFラインが低く、酒井に対して寄せることができなくなった結果、ピンポイントクロスが酒井から配球されて伊藤のゴールへと繋がった。前半はあの位置で酒井が余裕を持てる瞬間はなかったが、WBが最終ラインに吸収されて5バック化したことによって酒井に余裕を与えてしまった。

広島としては78分のLWBの東が酒井からボールを奪い、森島と中野のシュートまで持っていくことができた場面のような矢印が前に向く守備をより多く見せられれば、違う結果になっていたかもしれない。

サイド攻撃のジレンマと中央突破

浦和の4-4-2の守備陣形に対して、広島の基本攻撃はサイドに人数をかけてサイド攻略からのクロスとサイドからライン間へ縦パスをズバッと入れて3人目の動きで攻略する中央突破の2種類だ。

サイド攻撃のジレンマ

広島は前半の6分に森島の大きなサイドチェンジから一気にスピードアップしてチャンスを作った。サイドチェンジを受けたLWBの東がボールを運んで、RSBの酒井を引き出したところでハーフスペースに飛び出した松本へとクロス。残念ながら枠には飛ばなかったが1つ狙いとしているハーフスペースを使った攻撃が出た場面だった。

6:32の広島のサイド攻撃

広島はサイドを攻略する際にはWB+CM+前線2枚の4人で攻略することが多い。サイドを攻略する時にボールと逆のサイドのWBと1トップ+2シャドーのうち1人をゴール前に残していることが多かったので、ある程度人数整備をしている印象を受けた。そして広島のサイド攻撃はPA内のポケットに侵入することを目指しているのだが、この試合では浦和のボランチのポケットのカバー意識が高く、なかなか良い状態でポケット侵入することができなかった。

また広島のサイド攻撃のジレンマは仮に深い位置まで侵入したとしてもゴール前に人数がいないことだ。例えば48:46の場面では3人目の動きでRCMの松本が深い位置でボールを受けて起点を作り、後ろにサポートに入った森島へとバックパス。森島がそこからクロスを上げたがゴール前には人数が足りず、クロスの質も悪くチャンスには繋がらなかった。

48:46の広島のサイド攻撃

中盤の選手を多く割く広島のサイド攻撃は必然的にゴール前に人数を集めることが難しくなる。後半はLCBの佐々木が前半よりも高い位置を取るようになったが、3CBの一角がサイド攻撃に参加しないと、中央に厚みは出なさそうな雰囲気があった。例えば個人戦術で質的優位を出せるのであれば、サイドに人数をかけなくても済むのだが、そうでない場合は人数で解決するしかない。そして、その人数の掛け方のバランスは今後調整していく必要がありそうだ。

広島の中央突破

広島の中央突破は1つの武器だろう。特に川村や森島、松本といった中盤の選手たちが縦パスに反応して3人目の動きで出し抜けることはチームのストロングだ。

23:05ではRCBの住吉からCFのベンカリファへと縦パスが入った時に川村が3人目の動きでフリックを受けて、PA内に侵入。この局面では伊藤も粘り強く付いてきたため、シュートまで持ち込むことはできなかったが、1つの形を作った。

23:05の川村の飛び出し

そして広島後半立ち上がりの49分。先程の場面と同様にトランジションの中で野津田からD.ヴィエイラへと縦パスが入って瞬間に川村が反応。3人目の動きでD.ヴィエイラからパスを受けて川村+森島vsホイブラーテン+明本の2vs2の局面を作ったところからゴールが生まれた。

49:26の広島のゴールに繋がる攻撃

川村のドリブルのコース取りもよく、最後は森島がしっかりと反応してゴールに流し込んだ。代表招集で注目された川村だったが、攻守に渡るダイナミックな動きと味方と繋がってゴール前まで入っていける推進力はこの試合でも脅威になっていた。浦和の伊藤も似たようなタイプでこの試合1ゴール1アシスト。両チームのダイナモが目立った試合となった。

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