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親ガチャと自己責任が支配する格差社会『日本』

 2023年の夏の甲子園の優勝校が慶應義塾高校となり、世間を賑わせました。慶應義塾高校は神奈川県で頂点に君臨するエリート校で、特に経営者など富裕層の子息が多く在籍していることで知られています。家柄だけでなく学力も優れた学生がスポーツまでも制する状況を目にして、格差の広がりを嘆く声も上がりました。
 また、少し前には「親ガチャ」という言葉も流行しました。不謹慎だという声と共感の声が同時に上がり、大きな話題となりました。

 本記事では、日本における貧困や格差の現状をもとに、その再生産の実態を解明し、これを隠蔽しているものの正体に迫ります。


1.  国際比較から見る日本の貧困と格差

 貧困と格差を把握するうえで一般的な指標は相対的貧困率とジニ係数です。
※相対的貧困率 … 可処分所得が中央値の半分未満である世帯の割合
※ジニ係数… 所得の格差を表す係数。0~1の範囲で表され、1に近づくほど格差が大きいことを示す

「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」厚生労働省(2022)
「令和3年所得再分配調査の結果」厚生労働省(2023)

 厚生労働省が発表している統計では、日本の2021年の相対的貧困率は15.4%、ジニ係数は0.38と報告されています。

「貧困率 (Poverty rate)」OECD(2021)
「所得不平等 (Income inequality)」OECD(2021)

 OECDが作成した国際比較では日本の相対的貧困率は15.7%(2018年時点)とされ、米国(15.1%)を上回る水準となっています。日本は今や米国よりも貧困が進んでいる国といえます。また、ジニ係数も米国ほどではありませんが0.334で37カ国中11番目に高い数値となっています。 

2. 親の収入と子の学力の関係性

 格差がなぜ問題視されるのか、それは格差が世代を超えて再生産されるからです。富める者はますます富み、貧しい者が貧しいままである状況は社会の公平性を損なわせるため、望ましくありません。
 特に、日本において深刻なのは親の収入が子の学力に影響を及ぼしている点です。

「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の 専門的な分析に関する調査研究」国立大学法人お茶の水女子大学(2018)をもとに筆者作成
「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の 専門的な分析に関する調査研究」国立大学法人お茶の水女子大学(2018)をもとに筆者作成

 国が実施した学力調査をもとにお茶の水女子大学が実施した調査研究では、小6と中3のすべての科目で世帯年収が高いほど正答率も高いことが分かっています。このデータは親の収入と子の学力が比例することを示しています。

「平成25年度 全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査) の結果を活用した 学力に影響を与える要因分析に関する 調査研究」国立大学法人お茶の水女子大学(2014)
「平成25年度 全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査) の結果を活用した 学力に影響を与える要因分析に関する 調査研究」国立大学法人お茶の水女子大学(2014)

 別の調査研究では、学力調査の結果をもとに所得階層別の学習時間(月~金曜)と正答率の分析が行われています。全教科に共通してみられる傾向は、親の所得階層が上位になるほど、子の学力を向上させることが容易である点です。
 もっとも傾向が顕著だったのは算数B(小6)と数学B(中3)です。
 算数BではHighest(最上位の階層)が全く勉強しなかった場合の学力は、Upper middleでは30~1時間勉強したときの学力と等しく、Lower middleでは2~3時間勉強したときの学力と等しくなっています。Lowest(最下位の階層)は3時間以上勉強しても、Highestの学力には到達できません。
 数学BではHighestが全く勉強しなかった場合の学力は、Upper middleが2~3時間勉強したときの学力と等しくなっています。Lower middleとLowestは3時間以上勉強しても、Highestの学力には到達できません
 数学Bのほうが所得階層ごとの学力の差が広がっていることから、学習内容が高度化すると、親の収入と子の学力の相関がより強まることが分かります。

 調査研究では、この結果について「家庭背景の不利を児童生徒個人の学習時間でのみ克服することはきわめて難しい」と述べています。

 学力の高い生徒は当然、大学に進学しようとします。なぜなら、高卒よりも大卒のほうが給与水準が高いからです。
 そこで問題になるのは、日本では同じ大卒でも出身大学のレベルによって平均年収の水準が変わるという事実です。

「出身大学・学歴別の平均年収徹底調査!!あなたの母校の年収は?」ヒューマンデザイン総合研究所をもとに筆者作成

 旧帝レベルは、主に東京大学・京都大学・一橋大学・大阪大学・名古屋大学などから構成されるグループであり、大学のレベルとしては最上位に位置します。旧帝に続き、早慶、MARCH、日東駒専、大東亜帝国の順に出身者の平均年収が高くなっています。平均年収が大学の偏差値と比例していることに注目してください。

 日本の社会では 高収入の親が子に高い学力を授ける → 子がレベルの高い大学に進学する → 子が高い収入を手にする という再生産が起きているのです。これがいわゆる「親ガチャ」の正体です

3. 格差から目を背ける日本社会

 ここからは筆者の私見が中心となります。
 日本で生活する中で、これまで述べた格差を実感する機会はそれほど多くありません。格差の問題を語る人もそう多くありません。
 なぜなら、日本人は格差に鈍感な国民性だからです。

「日本人が政府に期待するもの ~ISSP国際比較調査「政府の役割」から~」NHK放送文化研究所(2019)
「日本人が政府に期待するもの ~ISSP国際比較調査「政府の役割」から~」NHK放送文化研究所(2019)

 失業者対策と低所得の学生への援助について、政府の責任と思うかどうかをヒアリングした国際的な意識調査によれば、日本は「政府の責任である」「どちらかといえば政府の責任である」と回答した人の割合が先進国で最低の水準です。
 これは日本人の多くが格差に関する問題を自己責任と捉えていることの顕れにも思えます。

「生活保護制度の問題点と今後の展望」香川大学 経済政策研究 第11号(通巻第12号)(2015)

 自己責任の思想は社会政策にも反映されています。
 日本の生活保護の捕捉率(生活保護の対象となる世帯のうち、実際に生活保護を利用している世帯の割合)は欧米と比べて低くなっています。

「高等教育費負担の国際比較と日本の課題」独立行政法人労働政策研究・研修機構(2018)

 高等教育費の負担割合の国際比較では、家計負担率において日本はワースト2位です。反対に欧州では公的な支援が充実しており、家計からの拠出は少なくなっていることが分かります。

 慶應義塾高校が甲子園で優勝したことや、「親ガチャ」という言葉がなぜここまで話題を呼んだのか。背後に隠された貧困と格差の実情が多くの人に知られることで、この複雑な社会課題に解決の道筋が見えるかもしれません。

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