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有明海の海苔が危ない!

有明海は、佐賀県・福岡県・長崎県・熊本県の4県で囲まれた九州最大の海。日本一の干満の差によって早い潮の流れで海水が海底までよくかき回され、湾の隅々まで酸素や栄養分が行き渡り豊かな生態系が作られている。

この干満の差が海苔の生育に最適で、日本の海苔生産の約4割がこの有明海で生産される。豊かな海で育った海苔は、最高品質を誇る九州の特産品である。特に佐賀県の最高級「佐賀 海苔®有明海一番」は、香り・味・口溶け・色ともに文句なしの最高級品として人気が高い。

この海苔が、今回の台湾系半導体企業TSMCの誘致によって窮地に立たされるかもしれないというのだから、穏やかではない。

半導体大手TSMCの工場排水が海を汚染する
半導体の製造は膨大な数の化学物質を使用し、排水も非常に有毒であることは否定できない事実である。

台湾メディアの新新聞the Journalistの2022年5月11日の新刊増刊号の連載、“榮光的代價The Price of Glory-2”に「半導體業不能說的秘密:那些連專家都沒聽過的毒物,如何影響健康和環境?(半導体業界が言えない秘密:専門家さえ聞いたことのない毒物が健康と環境にどのように影響するのか?)」という記事では、半導体製造の闇が暴露された。

半導体製造の工程は大変複雑であり、工程ごとに異なる化合物を必要とするため、その数は数百種類に及ぶこともあるという。半導体を洗浄・エッチングするために使用される溶液や化学物質は、人体に非常に有毒である可能性があるが、恐ろしいことに、製造工程で使用される有害化合物は半導体業界から開示されておらず、技術の保護を言い訳に秘密にしているという。

例えば、韓国の半導体企業12社のうち11社は製造プロセスで210品目もの化合物を使用しているが、外部に公開することを拒否している化学物質は、使用している品目の29〜33%に上る。それは台湾の企業も同じであり、プロセス技術の保護として全てを開示していない。

恐ろしいことは他にもある。台湾「New News」の調査によると、半導体製造で使用される有害物質が完全に開示されていないことに加えて、環境影響評価・健康リスク評価に含まれる品目数が非常に少ないという。TSMCが工場を構える大手サイエンスパークでは、数百種類の発がん性・非発がん性化学物質が使用されることが多いが、実際に健康リスク評価に含まれる割合はおそらく30%未満。新竹サイエンスパークの宝山第2期拡張プロジェクトでは、拡張プラントと既存のプラントは合計164の有害物質を使用しているが、健康リスク評価に含まれているのは37品目のみである。
https://new7.storm.mg/article/4318654

これは何も台湾に限ったことではない。TSMC熊本工場では、工場から排出される汚染水は、菊陽町の下水道を通って熊本県の北部浄水センターに一旦溜められ、県の中心を流れる坪井川に流され、有明海へと流れていくという。県によると、汚染水の調査には下水道法が適用されるというが、下水道法の調査品目数はわずか28品目である。

つまり、TSMCから排出される有害物質の大半が検査されずに、河川から海へ流れていくということなのだ。この有害物質が有明海を汚染すれば、海苔の養殖や漁業、海洋生態系に影響を与えるばかりか、健康被害すら起こり得る可能性が高いことは明白である。

熊本の地下水も危ない

TSMC熊本工場は70%の水をリサイクルしていくとしているが、それでも一日1.2万トンの地下水を汲み上げ、年間約438万トンの地下水が使われることになるという。

さらに、清華大学分析環境科学研究所のヤン・シュセン教授によると、TSMCがある新竹サイエンスパークの汚染水が排出される周辺の地域の重金属の値を調査したところ、2007年にガリウムもインジウムも10mg/kg前後だった値が、2022年時点ではガリウムが60〜120mg/kg、インジウムも20〜60mg/kgに増加していたという。アメリカ地質学会によると、地球の平均値はガリウムが19mg/kg、インジウムが0.1mg/kgであることを考えても非常に高い値である。半導体産業は、従来の産業とは異なる多くの化学物質が製造プロセスで使用されており、アルミニウム、ガリウム、インジウムなどの重金属の使用量は非常に高い。他にも、畑明郎教授の書籍「土壌・地下水汚染 広がる金属汚染」によると、半導体には、ヒ素、ベリリウム、カドミウム、水銀、鉛、スズ、亜鉛、アンチモン、ビスマス、ゲルマニウム、セレン、テルル、マンガン、タンタル、モリブデン、タングステンなど、多くの有害な重金属が使用されている。

畑明郎教授、そしてヤン・シュセン教授によると、金属汚染は土壌でも分解されず、地質の一部として地下水に浸透していくという。重金属は、比重4以上と重く、土壌に吸着されやすく、水にも溶けやすい。そのため、土壌汚染、地下水汚染共に引き起こす。ヤン・シュセン教授によると、直接的な証拠はないが、台湾の西海岸の生物多様性は依然として悪化しているとしている。

インジウムは、フルウチ化学株式会社 Furuuchi chemical SDS の安全データシートによると、飲み込むと有害の恐れがあるとされ、環境への放出を避け、漏出物が河川、水路へ流出または地下へ浸透することを防ぐように、とされている。

http://www.furuchi.co.jp/info/MSDS_pdf/In_10A.pdf

また、アルミニウムの河川への流出は、宮城県保健環境センター年報 第 36 号 2018 の「AOD 試験を活用し,魚類へい死の主原因物質アルミニウムを 特定した事例」という論文の中で、「アルミニウムは魚類に対する急性毒性を引き起こすことが明らかになったが,水質の環境基準項目ではなく,また要監視項目でもないので,指針値さえない。それゆえへい死事故の原因物質として推定されにくいというのが現状である。」としており、アルミニウムを含む排水は生態系への影響が高いことが示唆されている。
環境総合研究所(2000)によると、アルミニウムは催奇形性、アレルギー性、また、特殊化合物で発がん性を有している。

https://www.pref.miyagi.jp/documents/1979/727168.pdf


地下水は地下を通って海へと流れている。また、熊本の漁連の関係者によると、海苔の生産は、陸地にあげた海藻を真水で洗浄した後に乾燥させるが、熊本漁連の場合は90%の生産者が洗浄水に地下水を使うという。

有明海の潮の流れは反時計回り。汚染水は有明海をぐるりと巡る
坪井川の河口付近は海苔の養殖場が多く点在する場所である。ここに有害な物質が流れ出るのは大問題である。さらに、有明海の特徴である早い潮の流れに乗って、坪井川から流れ出た有害物質は熊本県のみならず、佐賀県・福岡県・長崎県まで影響を及ぼすことも考えられるのではないだろうか。

海苔の養殖場図

http://www.jf-kumamoto.com/HPlinkF/のり養殖漁場図令和元年度版.pdf


有明海の潮の流れは反時計回り

「宝の海を守れ!」
台湾の環境さえ省みない企業が日本の環境を気にかけるはずがない
TSMCは環境問題に熱心に取り組んでいるように宣伝しているが、以前の記事で書いたように、実態は大きくかけ離れているようである。

TSMCの創設者であるモリス・チャン氏は、日経アジアの記事のインタビューの中で、アメリカで半導体を製造するコストは、台湾での製造コストの倍近くになる可能性があると述べている。おそらく日本国内での製造コストも高くなるだろう。生産コストを抑えることで低価格チップを実現してきたTSMCが、はたして生産コストがかさむ日本において、高額な有害物質の処理や産業廃棄物の処理にコストをかけてくれるだろうか?

限定的な経済効果のために、一番大切な健康、環境、そして食を生み出す第一次産業を犠牲にすることは、果たして進む道として正しいのだろうか−。

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