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一色顕さん(前編)企業カルチャーって、そもそも何?【Creative Journey】

 戦略クリエイティブファーム「GREAT WORKS TOKYO」の山下紘雅による対談連載企画。さまざまな分野のプロフェッショナルの方との、クリエイティブな思考の「旅」を楽しむようなトークを通して、予測不能かつ正解もない現代=「あいまいな世界」を進むためのヒントを探っていきます。

今回のゲストは、Cross Border Learning 株式会社(CBL)代表取締役の一色顕さん。CBLは、「ファシリテーション」を通じて組織・集団内の対話や個人の自己理解を促し、変革自走を支援する事業を展開しています。グレートワークスは、企業変革に関するクライアントワークで一色さんと協業しているだけでなく、社内メンバーにビジョン浸透を図るためのワークショップにもお越しいただきました。
 
クリエイティブワークを通じて、企業のインナーコミュニケーション支援を行ってきた山下は、「カルチャーという目に見えないものを意図してつくり、育むことは本当に可能なのか?」という疑問の答えを求めて、一色さんとのトークに臨みました。山下の疑問は果たしてどのように解きほぐされていったのか、対談でお確かめください。

プロフィール

一色顕(いっしき・あきら)さん
早稲田大学卒業後、1998年にソニー株式会社入社。ソニー・スペイン(バルセロナ)の駐在などを経て、2006年に株式会社リンクアンドモチベーションへ転職。研修部門の運営責任者を担いながら、自らも講師として登壇。研修部門の経営企画部門を兼任し、2010年にグループ会社のリンクツーリスト(現・リンクイベントプロデュース)代表取締役に就任。その後、リンクグローバルソリューション(現在はリンクアンドモチベーションに統合)などを歴任し、2020年にCross Border Learning 株式会社を立ち上げ。異業種や異領域、異世代といったさまざまな境界の枠を超えて学び合い、お互いの「らしさ」を育む“Cross Border × Learning”を掲げ、組織・個人の変革自走支援に取り組んでいる。

山下紘雅(やました・ひろまさ)
1982年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了後、デロイト トーマツ コンサルティング株式会社に就職。2012年、住所不定無職で1年間の世界一周旅行へ。スタートアップ参画を経て、2015年に「ビジネスの世界に、もっと編集力を」との想いから、株式会社ペントノートを設立。2020年、グレートワークス株式会社取締役社長に就任。ロジックとクリエイティブのジャンプを繰り返す“戦略的着想“を提唱し、クライアントが抱えるさまざまな課題解決をサポートしている。

風土はコミュニケーション、文化は約束ごと

山下 先日は弊社でのワークショップ、ありがとうございました。昨年から “Make Jumps Together”をグレートワークスのビジョンとして掲げてきたのですが、社員みんなで意見を交わし合う場はあまりなかったので、参加したメンバーも「こういう時間が持ててよかった」と言っていました。
 
一色 それは嬉しいですね。
 
山下 ワークショップのその後についてもご相談したいところなんですが、今日の対談では「カルチャーとはなんぞや」という点についてお話がしたいと思っています。組織カルチャーの醸成、企業文化の再構築、組織風土改革……。企業のお手伝いをしていると、そういった言葉がよく登場するんですが、組織における「文化」や「風土」とは本当のところどういうものなのか、考え込むことも多いんです。経営指標のように目に見えるものではないそれらを、果たして経営者はマネジメントすることができるのか。ファシリテーションという手法で組織のカルチャーづくりをサポートしている一色さんに、ぜひお聞きしたいと楽しみにしてきました。
 
一色 よろしくお願いします。では、そもそも組織のカルチャー、「文化」について掘り下げる前に、同じ意味で使われやすい「風土」との違いについて、僕の持論をお話ししますね。風土は「風」と「土」という文字から成り立っています。これを組織で考えると、「土」にあたるのが「人」。つまり組織の構成員。「風」にあたるのが「コミュニケーション」です。つまり、組織の構成員たちのコミュニケーションで育まれるものが「風土」です。一方で「文化」は、その土壌の上に造られる「建造物」。具体的には、組織に見られる行動様式や意思決定基準、共通の価値観といったもの。「文化」という単語の由来は「文字化」の略だ、という説を聞いたことがありますが、そう考えると「言葉として表現されるもの」とも言えます。
 
山下 なるほど。「らしさ」というニュアンスを持つ2つの言葉の違いが、今の説明ですっと理解できました。ちなみに海外でも、このような表現は使われるんでしょうか。特に「組織風土」は、日本ならではのワードにも思えますが……。
 
一色 欧米でも「organization climate」という言い方はあるんですが、一般的にはあまり使われない専門用語だと聞いています。東洋的な思想だと集団や全体感を重んじるのに対して、西洋的な思想だと個のアイデンティティを大切にする、というところにもつながっていそうです。風土って、とても大きい概念で、あいまいさがあるものですよね。それを重視するのは非常に東洋的、日本的な考え方なのかもしれません。

山下 そうすると、個々にどんな役割を担わせて、組織においていかに機能させるかということも、西洋の方がはっきりしているんでしょうか。
 
一色 そうですね。アメリカの企業なんかは特に典型的ですが、トップの「こういうことをしたい」という強い考えが最初にあって、機能集団的に組織が形成される。一方で、日本の場合は極端に言うと、集まった人々の顔を眺めて「このメンバーで、どんなことができるだろうか」と考えていく、ある種の共同体組織的な考え方が強く出るケースがあります。
 
山下 それはアプローチの違いなんですね。企業の成長のためにはどちらの方がよい、という話ではないような気がしますが、いかがでしょうか。
 
一色 その通りです。トップの価値観や構成員との関係性によって適切なアプローチが決まることもあれば、競争戦略のなかで意図的に選択した方がよいこともあるでしょう。今、企業カルチャーが大事だと盛んに言われているのだって、結局はそれが競争優位性や、差別化につながる独自性をつくる根源だからです。企業独自の文化から生まれるサービスや商品を、他社が模倣することは難しいんです。
 
山下 言ってしまえば、文化は概念にすぎないわけですが、それが目に見えるサービスや商品の質に直結するということですよね。
 
一色 はい。たとえば、僕がかつて働いていたソニーには、「自分はこういうものをつくりたい」という想いを形にしていくような文化がありました。するとやはり、マーケティングのデータや販売サイドの声をベースにしてものづくりを始める他社とは、生まれる商品が違ってきます。どちらがよい、悪いではないのですが、当時のソニーはかなりの勢いがあったので、当然、他社はソニーの商品を何とか模倣しようとする。ただ、そういう戦略をとったとしても、ソニーのように上手くいくわけではない。そもそもの文化が違うわけですからね。商品の外形や紙上の戦略は真似できても、カルチャーは簡単には真似できないということを、ソニーを辞めてから強く実感するようになりました。

社員は普通、組織にカルチャーを求めない

山下 社内に文化を浸透させるためには、「建造物」の形を的確に伝えることが大事な気がします。
 
一色 おっしゃるように、目に見えない「未来の建造物」あるいは「理想の建造物」を言語化し、伝えていくことは必須だと思います。
 
山下 それとは逆に、風土の方は、あいまいさを大切にしながらみんなで共有するもの、でしょうか。
 
一色 たしかに、風土はあいまいさが残り続ける部分だと思います。人と、その関係性、交わされるコミュニケーションの総体が風土なので、これらのいずれかが変化すれば、おのずと風土も変わります。だから、風土は構成員同士の「対話」によって、よい状態に保とうとし続けることが大事だと思います。そういう考えを持っているので、僕は「組織風土改革」という言葉を、できるだけ使わないようにしているんですよ。
 
山下 「改革」だと、社員を総入れ替えするの? という話になってきてしまいますね。

一色 そうなんです。だけど、実際にはそんなことはできません。風土は今いる人たちが「自然と醸成」していくもので、文化は「意図的に構築」するもの。この違いが重要だと思います。
 
山下 たしかに、日本企業には文化が自然にできあがっていくものだという考え方の人が多いかもしれないですね。それは風土の話であって、文化は意図的にマネジメントできるものだと。
 
一色 できるし、していかなければいけないものだと思います。そこでひとつリーダーに意識してほしいのは、自分が思うほど社員たちは「文化」を求めていないということ。社員にとっての関心ごとは、彼らの日常である「風土」の方です。よき仲間がいて、風通しのよいコミュニケーションが行われているかどうか。それは、「働きやすさ」や「働きがい」に直結することですからね。この感覚の違いから、経営者と社員の間でコミュニケーションの齟齬が生まれがちです。
 
山下 なるほど。私も“Make Jumps Together”というビジョンを掲げる前から、思考や発想のジャンプを大切にしようと、それについてしか話していないくらいのつもりで社員とコミュニケーションをとってきたんです。でも、やればやるほどにカルチャーをつくる難しさを感じているのが正直なところです。それでもCEOに就いてからの4年間で、よい風土は醸成されてきているなという感覚はあるのですが、一色さんはグレートワークスでのワークショップを通じて、率直にどう感じられましたか?
 
一色 たしかに、コミュニケーションは非常に自然体で行われていて、風土というか「風通し」は悪くないんだろうなと感じました。でも正直に感じたことを言うと、“Make Jumps Together”というビジョンにもとづくカルチャーの構築までは至ってないなのかな、という印象です。というのも、ワークショップでのみなさんの発言は比較的堅実で論理的なものが多く、「ジャンプ」した発言はあまり聞こえてこないな、という感覚がありました。
 
山下 そう見えるんですね。現状では「ジャンプ」はあくまでクライアントに向けて持ち出されるバリューや強みといったものにとどまっていて、社内の隅々に浸透するまでに至っていないということかも知れません。
 
一色 そうかもしれません。特に僕の会社やグレートワークスさんのように、無形資産を扱う業態の企業の顧客価値って、その会社が掲げる理念や価値観といったものが、社員一人ひとりの日常の行動や組織のなかの実践に、どれだけ落とし込めているのかで決まると思うんです。そうでなければ、クライアントの期待を超える価値の発揮は非常に難しくて、極端な話が御用聞きになりかねないとすら考えています。僕たちにとって、文化の構築に力を入れるのは、メーカーが研究開発に注力するのと同じじゃないかなと。これは、自戒も込めてお伝えすることですけどね。
 
山下 まさに「御用聞きにならない」というのは、私も強い信念としてあって、社員にも日頃から繰り返し伝えています。
 
一色 ぜひ、“Make Jumps Together”をクライアントワークの時だけでなく、グレートワークスさんの日常のコミュニケーションスタイルとすることに取り組んでみてください。

言葉にすることから生まれてくる価値

山下 企業のなかにカルチャーを構築していくには、具体的にどんな方法があるのでしょうか?
 
一色 まずは、つくりたいカルチャーを言語化し、その「言葉」を使って、社員間で対話を重ねていくこと。そして、その言葉にもとづく意思決定や判断を重ねていくことです。さらに、できる限り目に見えるものにも反映していく。すると、オフィス空間のありようが変わってくることだってあるんですよ。たとえば、あるメーカーは、すごくコスト意識が高い会社で、理念に「良品廉価」という考えを貫いています。その会社を訪れると、本社オフィスの社屋の照明は、いまだに紐を引っ張って蛍光灯をつけたり消したりするタイプで、休憩時間や、会議などでの移動の際には、こまめに電気を消すルールが徹底されています。LEDに替えて、つけっぱなしにした方が実質のコストは安上がりになるのかもしれませんが、社員の間でルールを実行することが、良品廉価というカルチャーの醸成につながっているんだと思います。

山下 たしかに、私たちのオフィス空間は「ジャンプ」を感じるほどではないかもしれません。
 
一色 はっきりと目に見える形で空間を変えることから、カルチャーをつくっていくのもいいかもしれませんね。思いつきですけれど、発散に徹するための部屋をつくるとか、一歩入ると瞑想状態になれる場があるとか、そんな風にしてもいいかもしれない。
 
山下 欲しいです、その空間(笑)。しかし、ここまで話しただけでも一色さんの言語化の力は本当にすごいなと改めて感じました。グレートワークスは「言語化のプロフェッショナル集団」でありたいと思っているんですが、一色さんに比べたらまだまだですね。
 
一色 山下さんの考える「言語化のプロフェッショナル集団」というのは、どんなイメージですか?
 
山下 クライアントと一緒に問いや課題を見つけて、「こうあったらいいよね」という姿を言語化することを生業にする集団です。解決策のアウトプットはほかの会社に任せても稼いでいけるくらい、言語化までのプロセス自体を大きな価値として提供できたらと思っています。
 
一色 ひとつ興味があって聞きたいんですが、「こうあったらいいよね」を形にするには、ビジュアライズという手法もありますよね。そこであえて「言語化のプロフェッショナル集団」と言うのはなぜですか?
 
山下 ビジュアライズするにせよ、「どんな世界観にしたいか」「なぜこういう色や形をしているのか」を説明できることが大事で、デザインにこそ、その前提となる言語化が必要だと思うんです。クリエイティブワークを突き詰めていくと、私たちにとっては「言語化」が価値の源泉として最上位にある。だからこそ、言語化のプロフェッショナルでありたいと思っているんです。
 
一色 なるほど、納得感があります。ビジュアライズの手前には、かならず言語化がある、ということですね。それは企業がカルチャーをつくっていくこと、変革していくことの前提に言語化がある、というのと同じだと思います。

最適を追い求めて、常に「ジャーニー」を

一色 デザインという言葉が出ましたけれど、これを日本語に置き換えるなら何が一番適当だと思いますか?
 
山下 デザインの定義も幅広いですからね。私は本来的な意味で「設計」と訳して説明することが多いんですが、ビジュアライズという観点では「可視化」と言いますね。ただ、ピタリとハマる答えかというと違うかもしれません。

一色 質問している僕自身もベストな答えはまだ見つかってないんですけど、現状では「最適化」がしっくりくると思っているんです。デザインを最適化と置き換えると、ビジュアルデザイン、組織デザイン、キャリアデザインといったいろいろな言葉にハマりますよね。
 
山下 たしかに、本質を突いているような気がします。
 
一色 なぜこの話を持ち出したかというと、「デザインにこそ言語化を」という山下さんのお話に共通すると思ったからなんです。どんな条件下でも通用する「最高化」ではなくて、あくまで特定の条件下での「最適化」がデザインだとするなら、その条件をきちんと言語化して、共有し、合意することが重要になりますよね。
 
山下 そうですね。デザインを最高化と捉えてしまうと、そこにセンスや好みといった価値観も入ってきますし、条件が変わった時に陳腐化してしまいます。
 
一色 そうですよね。たとえば企業における人事制度設計なんかも、正確には制度デザインだと思うんですよ。企業組織の大きさや構成員の能力が変化するのに応じて、制度も常に最適化し続けないといけない。ある時によかった制度も、最適化を怠ると、いつのまにか陳腐化してしまうものですから。
 
山下 CBLさんの会社案内に「デザイン」「ジャーニー」という言葉が並んでいて、特にジャーニーにはどういう意味を込めているのかを今日改めて伺おうと思っていたんですが、今のお話を聞いて、すごく腑に落ちました。最適化「し続ける」ということは、まさに旅そのものですね。
 
一色 その通りで、ジャーニーによってデザインを見直さなければいけないし、デザインしたものは、すぐジャーニーに移行しなければいけないと思っています。
 
山下 分かります。たとえば、クライアントが求める通りに構築したけれど、そのままずっと放置されているウェブサイトと、リリース時には多少いびつなところがあっても、時間をかけてアップデートし続けているウェブサイトがあったとして、3年経った時には後者の方がよいものになっているはずなんです。
 
一色 そうですよ。今、私が思っているのは、こうやって山下さんと私の考えが重なるということは、クリエイティブとファシリテーションの相性は絶対にいい、ということです。そして、こうやって対話させてもらうことで、少しずつお互いのエッセンスを取り入れていくこともできる気がします。たとえば、クライアントの企業変革をめざすプロジェクトなら、山下さんはクリエイティブを生み出すプロセスのなかで、クライアントの課題を言語化するだけでなく、ファシリテートを取り入れて、彼らが自発的な気づきを得られるように促すことが重要だと思うんです。

山下 まさに。今のお話を聞いていて、ここ数年、私が抱えてきた悩みを解決するヒントが見えた気がします。
 
一色 悩みというと、どんなことを考えていたんですか?
 
山下 スローガンやステートメントなどの言葉を開発したあと、そこに込めた想いをクライアントの社内全体にもっと浸透させるにはどうすればいいのだろうか、ということです。そのためには、「つくって終わり」ではなく「ジャーニー」こそが重要だという考え方を、クライアントと共有しないといけないのですが、実際には難しくて。でも、ファシリテーションの手法を取り入れれば、その考え方にクライアント自身で気づいてもらえるかもしれません。
 
一色 僕も、クリエイティブのアプローチから学ぶべきことは大きいなと思っていました。ファシリテーションをする際には、中立的な黒子役に徹するだけではなく、参加者の間で浮かび上がってきた想いを、こちらが言語化して表現してあげたり、ビジュアルに落として示すといったことも、時には必要ではないかと感じていたんです。
 
山下 クリエイティブとファシリテーション。両者がお互いのプロフェッショナリズムを自分の専門領域に取り入れながらタッグを組んだら、とてつもなく大きな価値を生み出していけそうです。

後編へ続く)

 2024年7月26日実施。
編集・執筆:口笛書店
撮影:江森康之


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