物語「GreatesT’rip Jum”V”oyage」17-4 okujyou jum'v'oyage『急』(玖)-4

（前回 GTJV17−3）

ひとりでも。
私はいつだって、どこにでも、旅することができる。

そして、それを知った上で、いや、知ったからこそ私は変わらない日常に帰るのだ。結局のところ、今を変えることができるのは、自分だけ、だから。
わかってはいたんだけどね、前から。
そして遠い未来、ここではないどこかでまた、ミノルに出会うことがあるのかもしれない。その時に何度も何度も練習を重ねた、演技まじりじゃなくて、本当に心から、はじめての喜びを、伝えられますように。
だから、もうやめにします。
　これで本当に終わり。
自分の世界に戻ります。本当にありがとう。
最後にもうひとことだけ。
 
あなたに会えてよかった）
　
ノートの書き込みはそこで終わっていた。
いや最後ってなんだよ、って心の中でつぶやいたけれど、声が出ていたかもしれない。その文書だけで終わりにしてほしくなかった。
  ページをめくってみたら、少しだけ続きがあった。
（残った問題。ミノルにどう、サヨナラ、しようか。すっきりと別れを告げるために、あと何回練習すればいいんだろう）
　震える手でメモ帳を閉じ、カバンの中に入れた。そのまま力が抜けるようにカバンを下ろすと、カバンの横に、もうひとつ落ちていた物があった。
　皮のケースに入った学生証。受験勉強に詳しくなくても、名前を知っている超名門校。住所の欄は一部ケースに隠れていたけれど、アパートと書かれているのと、○○方の文字ははっきり見えた。
　シキは家族のことについては、嘘はついていなかった。少なくともわたしが考えていたような、世間知らずのお嬢様、じゃない。生年月日も一部ケースに隠れていたけれど、１１月生まれ、もうすぐ誕生日。学年は実は同じだった。
そして、大切なこと。
　大槻栞、オオツキシオリ。
　それが、シキの本名だった。
　かがんで学生証をカバンに入れ、ゆっくりと地面に置いた。　
　今すぐシキに会いたい。いや、会わなければ。
　屋上を見回す。代わり映えのしない灰色のコンクリ地面の中に、一カ所だけ変化があるから、その場所に急ぐ。
　腰の辺りの高さ、意外と低いフェンスの近くに揃えて置かれていた。
　それは、一組のローファーだった。
　足の力が抜けて、ひざから地面に座り込むような形になる。
　そんなまさか、なんて、ドラマでありがちな反応を、現実にしてしまう。ゆっくりと立ち上がり、フェンスを支えにするように立ち尽くす。
　下を見る勇気がおきない。手ががたがた震えている。風は緩やかなのに、耳の奥でごごお、ごおおと音が聞こえる。
　ゆっくりと、フェンスの向こう、地面をのぞき込む。遠くの地面から、校舎近くの方へおそるおそる視線を移していき、

「ハローガール、後ろから失礼」

　ふわっといい香りの誰かが背中をおおうように触れる。
　思わずわわあ、あわわわ、なんてパニックしながら『あ』と『わ』の音を交互にくりかえした。後ずさりすると、誰かは消えるように離れたからごろんと後ろに転がり、がつんと頭をぶつけた。
　いってぇ、と上半身だけ起き上がり、振り向いた。
　そこには、いつもの詳細不明少女が、ほほえみながら立っていた。
「し、し、きしし、しきき」
　今度は『き』と『し』がランダムに繰り返される。いつの間に後ろに来たんだ。屋上に隠れる場所なんてないし、階段で上がってきたなら、かんかん、って足音がするはず。
「どうしたの、あわてちゃって。そんなミノルもいい感じだけど」
　声もいつもと同じ、くっきりと朗らか。
「少しびっくりしてみただけあわててない！　ていうかシキこそどうしたの」
　こっちの声はうわずって、裏返りそうになる感じでわざとらしい。だめだね。
「土と草の匂いがかぎたくなって、ちょっと下に降りてきた」
　なんだそれ。
「つんとする、雑草の匂い。直に触れる、土の感触。こんな都会の街の中でも、自然っぽいのっていいよね。自然そのものじゃなくって、真似したけどここまでが精いっぱい、っていうところがなおさら」
　シキは、裸足だった。
　あぜんとするわたしの横で、足の裏についた土を払いはじめた。両手にぶら下げていた紺色のハイソックスを、フェンスに引っかけた。足を組むように、左足をひざの高さまで上げ、右手でぺしぺし、とたたきながら、左手と右足で大地と調和を保とうとする。
　コーシューとカンロクの交差下に立っていた、一本の木を思い出す。あんなぼろぼろな肌、切られに切られた枝でも、地面と向かい合っている。たとえ不安定でも。
　より不安定な詳細不明少女の左足は、とりあえずきれいになったようだ。反対側の足をあげる。ぺしぺし。
　と。
「お、おおっと」

　シキの足元の調和がくずれる。そのまま後ろ向きによろめき、体はフェンスを越え、空中へ、

　ぎゅっ。
　空想がふくらみはじける前に、しっかりとわたしはシキの手をつかんだ。一気に屋上の真ん中方向に引き戻す。
「何してんの危ないな！　びっくりした、わたしいなかったらどうなってたか。ていうかもっと真ん中ではたけばいいでしょ！　じゃなかったら座ってでも」
　フーッと怒る顔を、シキは茶色の瞳で、ちょうど１０秒見つめていた。感情を表すのでも、冷たいのではなく、きょとん、という音が聞こえるようなあの表情。
「別に平気だったのに。でも、それもそうだね、言う通りにする。実をいうと立っている方が気分がいいんだけど」
　ふわっと座って足をぴん、と伸ばす。そのまま裸足の右足を曲げて、足の裏をはたき始めた。ひざ上５㎝の短くない丈のスカートでも、ちょっと腿が見えている。
　って、何どきっとしてるんだ自分。
　そんなこととは無関係に、ひとりシキは語る。
「バランス感覚がないんだよね、昔から。ふらふらふらふら、片足で立ってても、自転車に乗っても、大事なことへの答えも。楽しいんだけどね不安定なのも」
　心の中で思った。
　わたしはもっと不安定だよ、悪いけれど。
「ありがとうヒーロー、また助けられちゃったよ」
　不意にこんな言葉が聞こえた。
「え、また？　前になんかあったっけ。ていうかいい加減に男扱いやめろ」
「今まで起きたこと全部。廊下から私にいーって顔したのも、屋上に来たのも、眠りを覚ましてくれたのも、アザラシさんたちの話をしてくれたのも、コンタクトつけてくれたのも、全部だよ」
　もう一度、今度はわたしの顔を見て、ありがとう、と言った。
　何だか恥ずかしくて頭がかゆくなった、何も言えずに後の方をかいてみる、がりがりがり。
「あ、そうだ。言うの忘れてた」さっきと違う、明るい声を上げる。
「何」
「足組んでるからって、スカートの中見るの禁止ね」
「見るかよ！」
　男子じゃないんだし、って言葉は自滅するっぽいから言わないことにした。なによりシキさん、あなたこの間人のスカートの中見たじゃないですか。

　緩やかな風が吹いた。うんいい感じ、という言葉が聞こえたから、耳を傾ける。

「大地はいいね。いろいろな存在があって、それぞれが好き勝手に自己主張してる。そうして何かを残そうとするけれど、大切でもドーデモよくても、大体のものが消えていく。でも意外な物が結構残ったりするよね。電線とか、鉄塔とか、アスファルトの割れ目とか、そこから生えてるコスモスとか。そうしてまたいろいろな新しいものたちが生まれていく」
　シキの視線は、上の青色に注がれていた。大地への言葉を、なぜ空を見ながら言うのだろうか。
「空は違う。形はそこには残らなくて、消えるよね。似たような空はあったとしても、全く同じ形の空は存在しない」
　話の意図がわからない。思わず聞いてしまう。
「いったい何が言いたいの？」
　真っ正面から聞いたわたしに、シキはささやいた。
「教えてあげるよ、こっちに来て」足を伸ばし座ったまま、手招きをするシキとの距離は３ｍ。遠いけれど、届かない距離ではない。
「ほら、もっと近くに来て」
「何。別にここでいいんだけれど」
「いいからいいから」
　誘いに乗らないように目を合わせないようにする。
「遠慮しなくてもいいよ、こっちにおいでよ」
「いいってば、そこで言ってよ」
　今までのやりとりで、あんまり怒ってもいい結果にならないことは分かっていた。できるだけ心を押さえつけて受け答えをする。
「うーん、近くだからこそ分かるんだけどな」
　残念そうだけど、それほど残念じゃない態度。
「じゃ、立ちなよ。足もきれいになったんだから」
「立つのがだるい」
　あまり疲れてないような声。ていうかさっき立ってるほうがいいって言ってたし。
「じゃあいいよ別に。勝手に話してたらいいじゃん、止めないよ、誰も｣
　冷たくなりすぎないほどに淡々と言ってみた。
　シキは黙ったままだ。今までと違う展開で、戸惑っているのかも。初勝利か。息をのんで様子をうかがっていたら、小さな声が風に乗って飛んできた。
「すごく大事なことなんだけど。もったいないな」　
　まあいっか別に、なんてひとり言。多分わたしに聞こえるように言った。
「さて、話題変えるけれどトクラさんとの親子対面、どうだった？」
「いやちょっと待って。『すごく大事なこと』って何」
「いいじゃん、ミノルにとってはドーデモいいことだよ」
　以前の自分ならこれで納得していた。時間の無駄だもんね、とかどうせ訳分かんないこと聞かされて微妙な気分になるんだ、とか。
　でも、今ならそうじゃないことが分かる。
「ドーデモよくないの。今のわたしにとっては」
　シキに近づく、細心の注意を払いながら。
　そろそろと一歩、二歩。シキまで２．５ｍ、２ｍ、１．５ｍ、１メート
　ぬちゃあ。

（17-5に続きます）

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Even alone.
I can always, everywhere, travel.

And knowing this, or rather, knowing that, I return to my unchanging routine. After all, only I can change the present.
I've known that for a long time.
And in the distant future, I may meet Minoru again somewhere other than here. May I be able to convey the joy I have practiced over and over again, not through acting, but truly and sincerely, for the first time.
So I'm going to stop now.
　This is really the end.
I will return to my world. Thank you so much.
One last thing.

(I'm glad I met you.) The note ended there.
No, what do you mean "the end?" I murmured in my mind, but my voice might have been heard. I didn't want that document to be the end.
I turned the page and found a little more.
(The remaining question. How should I say good-bye to Minoru? (How many more times do I have to practice to say goodbye clearly?) With trembling hands, I closed the notepad and put it in my bag. I put my bag down so that I could relax, and there was another thing that had fallen out of the bag next to it.
　A student ID card in a leather case. Even if you don't know much about studying for entrance exams, you know the name of this very prestigious school. The address column was partially hidden by the case, but I could clearly see the word "apartment" and the letters "XX".
　Siki had not lied about his family. At least it wasn't the naive young lady I thought it was. The date of birth was also partially hidden in the case, but I was born in November and my birthday was coming up soon. Our grades were actually the same.
And the important thing.
　Shiori Ootsuki, Ootsuki Shiori.
　That was Shiki's real name.
　Bending down, I put my student ID card in my bag and slowly put it on the ground.　
　I want to meet Shiki now. No, I have to meet him.
　I look around the rooftop. There was only one change in the gray concrete ground, and I hurried to that spot.
　They were placed in alignment near the fence, surprisingly low, about waist height.
　It was a pair of loafers.
　My legs relax, and I sit down on the ground from the knees.
　No way, what a common reaction in dramas, but I make it real. I slowly get up and stand there, using the fence as a support.
　I couldn't muster up the courage to look down. My hands are trembling. The wind is gentle, but I can hear the sound of a rumbling in the back of my ears.
　Slowly, I look over the fence and into the ground.

I look from the ground in the distance toward the school building, and then, "Hello girl, excuse me from behind," someone with a nice scent touches my back.

　I alternated the sounds of "ah" and "wa" in a panic. As I back away, someone seems to disappear, then rolls backwards and hits me on the head with a thud.
　I get up on my upper body and turn around.
　Slowly, I peek over the fence and into the ground. There stands the usual unidentified girl with a smile on her face.
The first time I saw her, she was a little nervous, but she was not. When did you come up behind me? There was no place to hide on the roof, and if they had come up the stairs, I would have heard footsteps.
What's wrong?
I was just a little startled, not panicked!　 No.
I wanted to smell the soil and grass, so I went downstairs for a minute.
The smell of weeds, the feel of the earth, the touch of the earth. I'm not panicking! The most important thing to remember is that the best way to get the most out of your time in the city is to be natural.
　 The dark blue high socks hanging from both hands were pulled over the fence. As if crossing his legs, he raised his left leg up to knee level and tapped it with his right hand, trying to maintain harmony with the earth with his left hand and right foot.
　It reminds me of a tree that stood at the intersection of Koshu and Kanroku. The most important thing to remember is that the skin is not only natural, but it is also a natural imitation of nature. Even if it was unstable.
　The more unstable left leg of the girl of unknown details seems to be clean for now. Raise the other leg. Pesi-pesi.
　And.

The harmony at Siki's feet is shattered. She stumbles backward, her body over the fence and into the air, squeezing.

　I grabbed Shiki's hand firmly before his fantasies could grow and burst. At once, he pulls back toward the middle of the rooftop.
What are you doing?　What would have happened if I hadn't been there? 　 I could hear her expression of emotion, not coldness, but a pout.
I was fine with it. But that's true, I'll do as you say. The actuality is, it's more comfortable to stand up. As it was, he bent his bare right leg and began flapping the sole of his foot. Even in a skirt not too short (5 cm above the knee), you could see her thighs a little.
　
　Regardless of that, Hitori Shiki tells us.
I've never had a sense of balance," she said. Wobble, wobble, wobble, standing on one leg, riding a bike, answering to something important. It's fun, but it's also unstable," she thought to herself.
　I'm more unstable, I'm sorry to say.
Thank you, hero, you saved me again," he said unexpectedly.
'Oh, again?　I don't remember anything before. The first time I saw him, he looked at me again, this time he looked at me and said, "Thank you.
　I felt embarrassed and my head itched. I couldn't say anything and scratched the back of my head.
I'm not sure what you mean by that.

　The first thing to do is to make sure that you have a good idea of what you're getting into. The most important thing is, Shiki, you saw the inside of someone's skirt the other day.
　A gentle breeze blew. I heard him say, "Yeah, it's nice," so I listened to him.
The earth is nice. There are many different kinds of beings, each asserting themselves as they please. I try to leave something behind, but most of it disappears, whether it is important or not. But there are still a lot of unexpected things left behind. I listen to the power lines, the pylons, the cracks in the asphalt, and the cosmos growing out of them. Shiki's gaze was fixed on the blue color above. Why do we say the words to the earth while looking at the sky?
The sky is different. Forms don't stay there, they disappear. There may be similar skies, but there are no skies with exactly the same shape. I couldn't help but ask.
What on earth are you trying to say?
　I heard it head-on, and Shiki whispered to me, "I'll tell you, come here.
I was sitting with my legs outstretched, the distance between me and Shiki was three meters, far, but not unreachable.
I don't know what he was talking about.
The first thing to do is to make sure that you are not too angry with the person you are talking to. I tried to suppress my heart as much as possible and responded.
She was far away, but not out of reach. "Well, I can tell because I'm close by," she said, looking disappointed, but not that disappointed.
"Well, stand up, then. The actual "I'm not a fan of the way you look at it," he said, "but I'm not a fan of the way you look at it. I'm not sure what to do with the rest of the day.
I try to suppress my feelings as much as I can and respond, "Well, that's okay.
　Shiki remained silent. I'm not sure if she's confused by this new development. The first victory. I was waiting for him to speak, and then a small voice came on the wind.
The first thing to do is to make sure that you have a good idea of what you're doing. I think he said it so that I could hear him.
Now, I'm going to change the subject, but how was your father-son meeting with Tokura?
No, wait a minute. I thought it was a waste of time, or that I was going to get a subtle feeling when I heard something I didn't understand anyway.
　But now I know it wasn't.
I'm not sure it's good for me right now.
　I was about to take a step or two. 2.5 meters to Siki, 2 meters, 1.5 meters, 1 meter.

(Writter:No.4 ﾔﾔﾂｶ Photo:No.5 ﾊﾙﾅﾂ Auful translation:Deep L & No.0)