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「ファントム」にみる差別の話

古今東西、邪悪な存在はたいてい「恐ろしい」顔で描かれる。もしくは「醜い」とも表される。
自分たちとは違う「異形」を私たちは恐れる。
世の中には美しい顔をした本物の悪魔がいるというのにだ。

ミュージカル「ファントム」の主役はファントムであり、よく知られている「オペラ座の怪人」とストーリーは異なるが、お馴染みの仮面をつけている。その仮面の下は「ゾッとするような恐ろしい顔」が隠されているという。
彼の母親だけが彼をbeautiful boyと呼び、慈しんでいた。
ファントムは現代でいうユニークフェイスだと考えられる。

さて、ここで問題にしたいのは、創作とはいえ、こうした私たちとは異なる姿をした人々に対する我々の差別心である。

恐ろしい顔形であることと、恐ろしい人とは別の話だ。醜さも同様、心が醜いとは限らない。そして、何を恐ろしく・醜く感じるかというのは主観でしかない。
たとえば私なら、他人を殺そうとしている人の表情は恐ろしいと思うし、人を騙そうとしている人の表情は醜いと思う。


しかし、骨格や皮膚の違い、痣やでき物などの有無に対して、「普通」の顔の人たちは歪んだ感情を抱く。私たちは「普通」であり、普通の顔の人たちは正常な人間、そうでないものは邪悪であるという、過去から連綿と続く偏見や差別がそこに見られる。

オペラ座の地下に住むファントムは、暗闇で生まれ、人々に知られぬよう地下に閉じ込められ暮らしている。
似たようなことは現実にもあったそうだ。いわゆる「座敷牢」というやつで、障害がある人たちは一生部屋に閉じ込められていたという。

ファントムの舞台は18世紀か19世紀初頭あたりと考えると、こうした人々に対する偏見は現代以上であっただろう。
にしても、彼に対する人々の態度、特にヒロイン、クリスティーヌの振る舞い(嫌がるファントムに仮面を外してとせがんだあげく、顔を見たとたん逃げ出す)に私は自分の境遇と重ね合わせて胸が傷む。
愛する人から見た目で恐れられる、あまりの驚きにという点を抜きにしても、酷い振る舞いである。
こんなところに、私は健常な人・見た目が「普通」な人のエゴを感じてしまうのだ。

私はあと何回かファントムを観に行く。
舞台自体は素晴らしいものだ。
これから観に行く方、あるいは配信で観ようと思っている方、「哀しくせつない愛の物語」の前に、そこに偏見や差別があったこと、そしてそれは現代においても続いていることを思いつつ、鑑賞していただきたい。


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