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家具屋のにおい

エレベーターを降りると、フロアには家具がたくさん並んでいる。家具と言っても大半がソファーや椅子とテーブルの類で、そのシーンに合う照明がぶら下げられている。
家具屋のにおいがしている。”家具屋”という言い方はもう古いのかもしれないし、そこはホームセンターの一角だからリビングダイニングコーナーと呼んだ方が良いのだろうか。とにかく家具特有の木材と塗装のようなにおいがしている。

私はこの匂いが好きだ。そしてリビングダイニングコーナーを見て回るのも好きだ。
平和で、希望に溢れた、幸せな家庭の匂いがする。夫婦の静かな語り合いや、夕げの時間のちょっと騒がしい子どもたちの声、時には夫婦喧嘩や親子喧嘩、親が子どもを叱る声なども聞こえてきそうな、ありきたりの普通の暮らしが見える。私が得ることがないであろう、ひとつの幸福の形がそこにある。

ふと、二十歳になる前の自分を思い出した。
今住んでいる家の隣の借家に私たち親子は住んでいて、祖父母の家の新築に合わせて同居することになった。
当時の私に家の設計に口を出す余地はなかったが、南向きの、この家で一番広い一角を自室として与えられ、それ以降ずっとここに陣取っている。
間取りについては意見を出せなかったものの、家具選びは私も同行し、ダイニングキッチンに置くテーブルと椅子を見て回った。自室は私自身が当時流行っていたタイプの家具を選んだ。それらは今でもこの部屋の中で現役で使用されている。一昔前の家具は丈夫だ。


年齢的にも、人生で最も希望があり、思うがままに何でもできると信じていたあの頃の自分を思い出した。
その後、家族仲が軋む音が聞こえたり、家族がひとり、ふたりといなくなり、今は母と二人きりになって、やがては私ひとりになるのだろう。
ダイニングキッチンのテーブルは、もうあまり使われなくなり、ただ大きいだけの邪魔なものになってしまった。この部屋にある家具の匂いは当時の匂いとは違うものになってしまった。希望の在り方も、若い頃とは違う。
いろいろ変わってしまったが、家族が和気あいあいとしていた思い出があるだけで幸せなのかもしれない。
匂いであの頃を思い出せるくらいに、私はまだ元気だ。

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