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#11旅行ではなく、旅をするということ


夜勤明け
小学生時代からの友人と 

東京駅の人混みの波に飲まれながら

のぞみ45号に乗車し約2時間弱

辿り着いた先は
『京都』

京都駅を出てすぐ見える
京都タワーは素敵だった


今回
僕らが京都に足を運んでみようかと
思った決め手は


ジャンケン✊✌️✋

ん?
何を行ってんだろ、こいつ

と思った方いらっしゃると思いますが
僕らはジャンケンで京都行きを決意した。笑

個人的に京都には憧れがあった
Instagramのタイムラインには、
京都を題材とした素敵な写真が
たくさんアップされており

ぼやっとした学生の時の日本史の知識の中には
京都は華やかな街ってくらいの
イメージはあった

そんな素敵な京都だったが
24になるこの年まで足を運ぶ機会はなかった
(正確には1度だけ行っているが自分の意思ではない)

では、何故このタイミングで
京都に行ったのかと言われても
そんなたいした理由はなくて

何故行かなかったのかと聞かれても
行かなかった理由も全くない


僕はどっちとも取れる感情を天秤に
ジャンケンに身を委ねた


『俺が勝ったら京都に行こう、
君が勝ったら金沢に行こう』

僕らはのぞみ45号に乗って
京都に足を運ぶことになってしまった

ジャンケンで行き先を決めるのも
どうかとも思ったけど、
それを快く引き受けた友人も
どうかと思う(感謝🤝)

※純日本人の友人


お気付きの方もいるかと思うが、
ジャンケンで行き先を決める僕らに
今回の京都のプランなんてものはない


ぶらりとお店に立ち寄り
感覚的に行きたいと思った場所に足を運んだり
匂いにつられて出店の餅を食べたり

最後に立ち寄った珈琲店で
『あ、そこの梅干し有名ですよね!』
って言われて
『そうみたい。めちゃ高い買い物でした笑』
なんて知ったかぶりを決めてみたり。

京都の街並みをとんでもなく
ぶらぶらしていたので(歩行距離50㌔弱)

『こんなに適当にぶらぶらしてる旅行は、
彼女だったら怒られるやつだな』
って友人とともに失笑してしまうものだった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


さてさて、前置きがだいぶ長くなってしまった
(歩行距離が50㌔弱の京都だったもので)

僕らが今回してきたのは

旅なのか
旅行なのか
って話

世間一般では、
どっちも似たような意味で使われていて
今と違う環境を楽しむっていう目的は同じだけども

ニュアンス的には違うものではないか

以下は個人的な感覚だが

『旅行』は観光地という場所を巡って、名地、名産、特産物その地域でしか味わえない体感をすること

『旅』とは知らない土地、知らない文化、知らない感性に触れること


つまり両者の違いの中での
最も決定的な違いは

決め手があるかどうか


決め手になり得るのは
知識や前評判といった先駆者達のガイドライン

旅行を楽しめる人たちは、
その決め手であるガイドライン
と自分が求めてる像との
マッチングが上手い

旅を楽しめる人たちは
不確定要素のなかで
新しい知見を発見すること
他者の価値観を取り込むことが
上手いということではないかと思う


それを考えると

決め手がなかった僕らの京都は、
旅であった

ジャンケンで行き先を決める僕らに
るるぶに載っているような旅行は
きっと向いていない。苦笑

性格の問題で片付けるのはナンセンスだけど

普段の生活の中でも選択が
迫っていることがあると思う

決め手はなんだ
根拠があるのか(よく職場で言われる)

とか自分の判断軸に自信がないことが
選択の幅を狭めてしまうことも多々ある

だからこそ、
決め手を他に委ねることは大切であって
ジャンケンでもいいし
鉛筆倒しでもいい

自分ことを信頼出来なくても、
信頼している他人からみた自分の評価を
信じてみてもいい

どうにかなるのだから

決め手がない行き先だって
なんとかなるって思えた人が増えたら
ハッピーだなと思える今日この頃でした

(リベンジしたい鴨川の川床の景色)




余談ではあるが、
僕も友人も
進路を決めた決め手はノリと勢いであった
(ここで、キャリアの話をすると長くなるのでまた今度にしたい)


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