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キリスト教あれこれ

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キリスト教に関する色んな私の考えをまとめたものです。
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#教会

「服従」に対するメモ書き

「服従」に対するメモ書き

最近、SNSで活動をしていて、「服従」とは何だろう?と考える機会があります。

私はSNS上で、教会や上長の悪口を匿名で書いている人たちを見かけて、少し悲しい気持ちになる時はあります。
私は教会では牧師や司祭(以下、指導者と呼称する)が「キリストにあって福音を語っているならば」、その人に従うべきだと教えられてきました。

これは、感情論ではなく、指導者から福音を語られることによって、その人がキリス

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献金の言説に対する疑問

献金の言説に対する疑問

色んな人が時々語られていますが、

「献金をすればお金は返ってくるが、献金しないと貧しくなる」

という言説に常々疑問を持っています。

地上で祝福されるのは良いことだと思います。

ですが、私たちキリスト者が献金した時に、求めるべきはキリストの愛に満ちた恵みではないでしょうか?

それは決して、お金で返ってくるものだけではないと思います。

これは私の体験談に過ぎませんが、私は献金をする度に、教

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神の家族と礼拝

神の家族と礼拝

神の家族とは

まず、礼拝を共にすること。
その中での説教と説教の実践である司牧を受け、腹を割って話せる関係を司牧者と築くこと。

特に礼拝では、リアルタイムで顔を合わせて礼拝を捧げる。

そうすると、礼拝者たちは個々の霊が結び合わされ、神の愛の下で一致する。

これによって、人間の好き嫌いを超越した愛の関係も作り上げられる。

それが、神の家族の関係である。

人に躓く

対して、人に躓く(この

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一人の牧者から学ぶ

一人の牧者から学ぶ

今回は少し変わった視点からの話です。
私自身、私に福音を伝える人は一人でいいという確信を内に秘めておりました。
それは、自分にとって当たり前のことだったので、今まで記事に書いたことはありませんでした。

ですが、十数年以上続いている私たちの教会、受洗者を出して、教会員がこの教会は神の召しを受けていると証することの出来る私たちの教会を、神に仕えるために何も捨てていない人が、しかも、数回しか私たちの教

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私と教会と献金

私と教会と献金

後ほどまとめようと思いますが、昨日のディボーションメッセージで教会の組織制度の話が出ていました。
その中で献金の話が出ていて、以前、献金が出来なくなる環境になるまでに私がしてきた教会に対する献金のことを思い出しました。
今回はそのことを書こうと思います。

教会の献金に関する方針

私の所属教会である、竪琴音色キリスト教会の献金の方針や私が教会で受けたことがあります。

それらを一言で表すと、「私

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SNSでのキリスト教界隈を見てきて

SNSでのキリスト教界隈を見てきて

私はここ1年ちょっとくらい、Twitterでキリスト教アカウントを作って活動していました。
今もアカウントは存在していますが、私はそこのタイムラインを見ることから離れています。

私はTwitter初期はかなり激しく活動していました。
しかし、少しずつTwitterのクリスチャンの方々と考えが合わないことに気付いてきました。

それに、クリスチャンとは思えない言葉を使ったり、クリスチャンでありなが

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礼拝と召命

礼拝と召命

皆さんは、自分の通う教会の礼拝が来週にはないかもしれないと考えたことはありますか?
自分の召命を神様に祈ったことはありますか?

教会の存続と召命、直近の説教で私たちの教会・竪琴音色キリスト教会で語られたことであり、今迫っている教会の危機でもあります。

礼拝の危機

まずは、礼拝存続の危機です。

なぜ、そのような状況になったのか?
様々な原因があります。
弾圧、理解のない人からの迫害、貧困..

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