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追憶

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自分の記憶を頼りに書いたものです。
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2020年12月の記事一覧

第六十三景

第六十三景

化粧水を手に取って、それを塗ろうと顔に近づけた。指の先から石鹸の匂いに混じって懐かしい匂いが、鼻の中を通っていき、頭の中にある情景が浮かんできた。

忘れていたことを思い出し、冷蔵庫から、にんにくの欠片を手に取り、薄皮を剥いている。つるんと白い表面が見えたところで、それをまな板の上に置き、薄くスライスして、更に長細く切って、みじん切りにした。

熱したフライパンの隣では、沸騰したお湯が鍋の中でぶく

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第六十五景

第六十五景

鉛色の空に飽きた僕達は、隣の県に向かうための車の中にいた。相変わらずぼこぼこの道は、ハンドルを取られ運転することが難儀だ。無事にたどり着けるのか不安な気持ちになりながら、トロトロ走るトラックの後ろを30分は、追走している。途中で買ったブラックコーヒーを飲みながら、暖房で暑くなった車内の空気を入れ替えるため、ウインドウを下げた。外からは、湿った冷たい空気が入り込んできて、気持ちをしゃきっとさせる。ト

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第六十六景

第六十六景

世界が一変した夜から数日後の夜、包丁を持ち、街灯が照らす道と、その明かりから外れた真っ暗な道を交互に歩いていた。存在する全てのものから身を隠したかったし、この世界にまだ留まりたいとも思っていた。梅雨が明けたのか明けていないのかも、よく分からなかったが、じめじめとした空気が漂っている。あてもなくふらふらと歩いていると、他人の住宅の前に差し掛かり、この中にはどんな世界があるのだろうと通り過ぎる。前方に

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