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【凡人が自伝を書いたら 98.僕の全てをかけて】

僕の上司、エリアマネジャーはうちの店がエリアの基幹店舗であることや、家が近いこともあり、頻繁に店を訪れていた。

ただ、いつも事務所にこもってパソコンをカタカタやったり、誰かと電話でガヤガヤやっていて、実はしっかりと営業に入ったことはなかった。

理由は単純で、人員が充足しており、営業も問題なく回っていたため、必要がなかったからである。


そんな上司が、うちの店の営業に入ることになった。

外から客観的に見ているのと、実際に肩を並べて働くのでは、違うものが見えてくるようだ。

いつもとは視点が違う。

店の綺麗さ、料理の出来、提供までの時間、接客スタッフの表情や言葉遣い、普段見ているそれらは、エリアマネジャーの仕事として「評価」をする目線でしかない。

それらは全て「表面上」の話である。

うまく表面だけを取り繕えば、良さげに見せることはできる。

ただ、毎日、肩を並べて働くとなるとそうはいかない。スタッフたちがどういう意識で働いているか、個別にどれだけの能力を有しているか、どんな教育がされているのか、普段僕とスタッフがどういうコミュニケーションをとっているか、

そんなことが全て丸わかりなのである。

僕は、完璧なんかではないが、それなりに胸張ってやってきたつもりだったので、上司に、店の日常や本当の姿を見られることには、別に抵抗も無かった。


初めて上司とともに営業に入ることになったのだが、

この上司はエリアマネジャーには珍しく、結構アクティブな方(まともに働く方)で、上から目線で恐縮だったが、意外に戦力になっていた。

エリアマネジャーになると大抵は、管理業務が中心になるので、いざアルバイトと同じ仕事をして下さい。となると、意外とそれができないことが多かった。

「今は、一戦力として、この店の営業に入るんだ。」

と、ある種の「割り切り」もあったのだろう。

「ほー、意外に働くやん。」

(生意気なことだが)僕だけではなく、ともに働くスタッフたちも、そんなふうに話していた。


忙しい営業もひと段落し、僕はほっと一息、店の裏でタバコをふかしていた。

少しして、営業を抜けてきた上司もやってきた。(上司より先に抜けとんかい。)

「ふー、予想はしとったけど、やっぱ忙しいなぁ!」

嫌々やっているのでは、なんて思っていたが、意外に清々しそうな表情である。

「お疲れ様です。ええ、何とかお客も戻ってきつつありますからね。」

「いやー、やっぱこの店は、良い店やわぁ。」

僕は普段、上司の話を片耳かつ、片耳も半分閉じた状態で聞いていたが、どうやら、いつもの「愚痴」とは内容が違うようだったので、話が気になった。

「どうしたんですか?いきなり。」

「いやー、なんか実際に営業入ると、結構いろんなことが見えてくるもんでなぁ。」

「そうですか。」

「いや、お前がここに来たばっかの頃、俺の代わりにいろんな店回ってもらっとったやん?」(自称「必殺仕事人」時代)

「はい。」

「俺、なんでお前が行く店行く店良くなるんか、正直あんま分かっとらんかったんよなぁ。」

「ははっ。」(この人は一体、今まで何をもって僕のことを評価していたのだろうか。)

「お前が、どんだけスタッフ想いなんかが、この店に全部出とるわ。」

「そうですか?」

上司は、実際に僕の店で、スタッフたちと同じ立場で、肩を並べて働く中で気づいたこと、感じたことがあったらしい。


「この店、何をやるにも超やりやすいやん。」

スタッフたちが少しでも、安全に、楽に、効率良く、仕事ができるよう食材、備品の配置を試行錯誤していた。


「さっき俺調理入ったやん? そんで忙しいの終わるやろ? そしたら、俺んとこだけめっちゃ汚いねん。笑」

トイレ・従業員室ピカピカ作戦と、僕自身が綺麗に働くことを意識していた。これは正直スタッフたち自身も気が付かないなか、自然とそうなっていることだった。


「あの子まだ入って2ヶ月とかやろ? どうやったらあんな仕事出来るようになんねん。」

「あんな忙しい営業、普通にスタッフたちだけで連携してやっとるしなぁ。」

「普通しっかり教わらんような、細かい所作やら、細かい知識まで教わっとるみたいやしな。」


「何より雰囲気がええ。それに、誰もお前のことを悪く言う奴がおらん。」(エリアマネジャーに対して、店長の悪口なんて普通言わないだろう。)

「スタッフの話聞いとったら、いかにお前でスタッフに慕われとるのかがよく分かるわ。」(後でスタッフにアイスでも奢るとしよう。)


他にも色々なことを言っていた気がするが、そんなふうにこの店を評価してくれたようだ。

この短い時間でそんなことを見抜いたからか、単に褒められたからかは微妙なところだが、

初めの頃は、関西弁で声がでかい、ノリと勢いだけの胡散臭い上司だと思っていたが、(こらっ!)

なんだか、なかなかに「イケてる上司」である気もしてきた。

そしておそらく、上司の方もそれは同じだったのだろう。


僕は改めて心に決めた。

永遠にこの店にいるわけではないが、このコロナ禍で、特段の事情でも無い限り、店舗異動は控えられていた。

まだまだ足りないことはあるだろうが、今持っている僕のすべてを出し切って、コロナ禍を耐え抜き、この店が、コロナが収まったときに更なる発展ができる状態にしよう。

「これからも頼むで? 今やこの店とお前が死んだら、俺も死ぬからなあ。頼みの綱やからなあ。」

上司はそう言ってよくわからないがケラケラ笑っていた。

そのケラケラ笑いは、正直気持ちが悪かったが、なんだか僕のことを信頼してくれているのだなあ。ということだけは感じた。

「ええ、そのつもりです。」

以前は、上司に対して、気に食わないことも多かったが、その時には、なんだか良い感じの雰囲気になっていた。

そんなことは絶対にないのだが、「骨を埋めるつもりでやろう。」そんな感じに、僕は改めて心を決めたのだった。


つづく











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