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【凡人が自伝を書いたら 58.肥前の国(前編)】

僕は、お隣佐賀県へと車を走らせていた。

というのも、僕の異動が急かつ、無理矢理に決まったので、福岡で店長として配属できる店舗が無かったからである。それは、僕自身も僕のわがままで、元いた店長が、どこかに異動させられるのは申し訳なかったので、当然のことだと、納得していた。

福岡に到着した日に、そこ一帯のエリアを統括するマネジャーである、Kエリアマネジャーと連絡を取った。

Kマネジャーは、僕の状況が落ち着くまでは、店長をやらせない。責任ある立場にも置かず、エリア内の人員不足の店舗をフォローして欲しい。という旨の話をしていた。

その時の僕にとっては「至れり尽くせり」の対応で、大変ありがたく思った。これで父と過ごす時間も多く取ることができる。それがとてもありがたかった。

佐賀のお店に到着すると、Kマネジャーと、その店舗のチーフであるMさんがいた。Mさんはいわゆる「主婦さんチーフ」で、歳は30代後半、化粧は「非常にバッチリ」。元ヤンママみたいな雰囲気だった。

僕は2人に挨拶をし、自己紹介がてら、軽いミーティングが開かれた。


「ハードル暴落」

どうやら2人は僕のことを「全く知らない」様だった。

僕は一店長でしか無かったが、関東ではなかなか「名の通った」存在だった。関東の店長会議の場でも、「〇〇店の〜〜です。」と名乗れば、「あ〜あなたが」みたいな感じで、初対面の人でも、僕の名前を知っていることがほとんどだった。

上位職の人間なら、「オープンチーム」としても僕の名を知っていた。

ここ最近ずっとそんな感じだったから、この2人の反応は意外だったが、とわいえここは、「九州の片田舎」、そういうギャップもあるだろう。

そんなふうに思っていた。

そんなことより僕が一番「違和感」の様なことを感じたのは、2人の「目」だった。なんだか僕のことを「可哀想な人」みたいな目で、見ている様な気がしたのだ。

そのほかにも、「大変な状況なのに、こんな遠くまですいません。」とか、「あまり無理はしないでください。」とか、そんなことを言われた。

仕事自体も、いわゆる「店長」の仕事は全くしなくていい。Mチーフも最近なったばかりの新人チーフだったが、その指導はKマネジャーが直接するつもりだから、しなくていい。

そういう話だった。

「え、めっちゃ楽やん。」

正直そう思った。

これまでは、「1メートル」くらいのハードルを、ぴょんぴょんと飛び超える様な勢いで仕事をしてきたが、そのハードルがいきなり「5ミリ」くらいに「暴落」した。

なんだか「逆に申し訳ない」気持ちもあったが、まあ2人がそういうのだから、拒否する理由は無かった。何か問題があれば、その時フォローすればいい。そういうふうに思っていた。

その時の僕はまだ知らなかったが、この状況、実は結構面白いことになっていたのだ。


「気遣いの真実」

その日は土曜日だった。

店に慣れる意味でも、営業に入ることになった。

休日なので、結構な入店があったが、それでも、今までいた千葉のお店の平日の客数とほとんど変わりが無かった。

営業がひと段落すると、Mチーフが「テンション上げ気味」で話しかけてきた。

「え〜、なんだぁ〜!バチバチ仕事できるじゃ〜ん!!」

僕は、正直「誰に言ってるんだ?」と思っていたが、なんだか褒めてくれている様だったので、「ありがとうございます。」と答えておいた。

テンション高い主婦さんやなあ。と思いながら話をしていると、面白い事実がわかった。

なんとこのMチーフ、父親がうつではなく、「僕がうつ患者」だと思っていたようだ。これはMチーフだけではなく、この店のスタッフ全員がそうらしかった。

初めに2人に会った時の「違和感」の原因がはっきりと分かった。皆、僕のことを、仕事で病んで「うつ」になって、実家に帰ってきた「可哀想な人」だと思って、色々と気を遣ってくれていたのだ。

それだけでなく、マネジャーのKからは、「ここに新しい社員来るけど、病気で病んでるから、そこまで当てにせず、できることだけやってもらってくれ。そんな社員しか回せず申し訳ない。」

なんてことも言われていた。

僕は、腹が立つというより、むしろ逆に「面白い感じ」になっていた。

「いや、Mさん。仮に僕がうつだったんなら、普通、休職しますよ?飲食業はブラックとか言われますけど、流石にそれくらいの制度はありますよ?」

「あ、そうか。なんかごめんねぇ〜! Kはウチがボコボコにしとくからね!」

これだった。(レディースの片鱗)

Mチーフは見た目のせいもあり、初めは「ツンとした印象」だったが、話してみれば、少し抜けていて、陽気な人だった。

原因はエリアマネジャーのKだった。後ほどMチーフが「責めたてて」判明することになるのだが、Kマネジャーが、千葉のマネジャーと電話した際に「勘違い」してしまったという話だった。

「そんな事だろうと思ったよ!どうせまた人の話ちゃんと聞いてなかったんだろ〜!? こんなに仕事できる人に失礼だろ!?」

Mチーフは何故かキレていた。Kマネジャーは普通に負けて謝っていた。(レディースの片鱗)


「和解」

Mチーフにより、スタッフたちの僕に対する「誤解」が解かれていった。

「やっぱり!いや、仕事出来すぎるから、変だなあと思ってたんですよ!」スタッフ一同口を合わせてこう言っていた。

「ひどいですよKさん!」と責められ、Kマネジャーは「すいません。」と少しニヤけながら、弱々しく答えていた。なんだか逆に可哀想なくらいだった。

Kマネジャーもべつに悪気があったわけではない。関西人だからか、少しせっかちで、どこか抜けている、そんな人だったからだ。とわいえ「エリアマネジャー」なのだから、仕事はしっかりできる。そんな「人間味あふれる」人だったのだ。

口うるさいし、そのくせ抜けもあるので、結構嫌われてはいたが、人間としては可愛げもあったので、「憎まれる」ことはない。なんだかんだでみんないうことを聞く、そんな人だった。

無事誤解も解けたので、「可哀想な人」から一気に「救世主」的なポジションに昇格した。

少し変わった始まり方だったが、こうして、僕の新天地での、新たな仕事生活が始まった。

つづく





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