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医療における子どもの権利と子どもを支えるスペシャリスト

前回、障がいや病気のある子どものきょうだい児について書きました(以下、前回の投稿を載せますので、ご興味のある方はご覧ください)。海外では入院中の子どもの心のケアのため、様々なスぺシャリスト(専門職)がおり、日本の子ども病院でも、導入が進んでいます。こちらは入院中の子どもだけでなく、きょうだい児、両親についてもケアの対象という視点で関わります。また、国内では病棟保育士が小児医療における保育を支えてきた背景から、医療保育専門士という資格も生まれました。こうした専門職は、病院の多職種との連携、役割分担のもと、よりよい医療の提供をめざしています。今回は、医療の場における子どもの権利とともに、これらの専門職について、紹介していきたいと思います。


1.病気や障がいで入院している子どもの権利~医療の場における子どもの権利を守る、子ども憲章~

1)病院の子ども憲章

1988年5月にオランダで開催された、第1回病院の子どもヨーロッパ会議で合意されました。この会議にはヨーロッパ16か国の20団体と日本から1団体(ホスピタル・プレイ・スぺシャリスト:HPS Japan)が参加しています。この子ども憲章は、国連子どもの権利条約に規定される、子どもの権利に関連しています。

HPS Japanの病院の子ども憲章(新訳)によれば、

①必要とされるケアが 自宅や通院では 入院した場合と同等にできない場合に限って、こどもたちは入院する。
②病院にいるこどもたちは、 親または 親の代わりとなる人にいつでも付き添ってもらえる権利を有する。
③全ての親に宿泊設備が提供されるべきである。 そして、親は付き添いのために泊まることを支援され、また奨励されるべきである。 親は、付き添いのための追加的費用負担や、 所得の損失を被るべきではない。 こどものケアをスタッフと一緒に行うために、 親は継続的に病棟の日課を知らされ、 積極的な参加を奨励されるべきである。
④こどもたちと親たちは、それぞれの年齢と理解力に応じた方法で、 説明を受ける権利を有する。 身体的・情緒的ストレスを和らげるための手段が 講じられるべきである
⑤こどもたちと親たちは、 自分たちのヘルスケアに関する全ての決定場面に、十分な説明を受けた上で 参加する権利を有する。 全てのこどもは不必要な医療的処置や検査から守られる。
⑥こどもは、発達面で同様のニーズを持ったこどもたちと共にケアされることとし、 成人病棟には入院させられない。 入院中のこどもに面会する者に対して、年齢を制限すべきでない。
⓻こどもたちは、年齢や症状・体調に適した遊び、レクリエーション、教育 への十分な機会を有するものとする。 そして、彼らのニーズを満たすように設計され、 装飾され、スタッフが配属され、設備を整えられた環境を与えられるものとする。
⑧こどもをケアするスタッフは、こどもたちと家族の身体的、情緒的、そして発達面のニーズに応えられる訓練を受け技術を持ったものとする。
⑨ケアの継続性は、こどもへのチームケアによって保障されるべきである。
⑩こどもたちと接する時は配慮と思いやりを持つものとし、プライバシーはいつでも尊重されるべきである。

詳細は以下の資料になります。以上の条文に加え、各項、各号にさらに詳しい内容が書かれており、具体的にどのように対応し、どのような環境を整えるべきかがよく理解できます。

私自身としては、特に、第1条の在宅ケアが優先されること、3条の親の付き添いのための宿泊設備や、費用負担について言及されていること、10条のプライバシーの尊重と配慮と思いやりのあるケアを受ける権利の部分が特に印象に残りました。

第1条の在宅ケアの優先は、乳幼児期に家族のケアから引き離されることへの影響を重くとらえていることがわかります。そしてこのことは3条の親の付き添いのための負担軽減をめざす条文にもつながっています。

実際、在宅支援については、医療処置のある子どものサービスが圧倒的に不足している現実があります。また、サービスは存在しているが、短期入所のように満床でなかなか利用できなかったり、児童デイサービスなどのように、医療ニーズが高いと利用が限定されたり、医療職の配置がないなどの課題があるのが現状です。また、地域によっては、これらの施設が少ないため、通うことができないという問題もあります。

また、病気や障害のある子どもたちの在宅生活の実現には、医療、教育、福祉の連携とケアマネジメントが必要で、この点も今後の課題と言えると思います。

第10条については、10-2-5 こどもと家族の宗教的信条および文化的背景を考慮すること、10-3-2 -こどもが嘲笑された、恥をかかされたと感じることや、自尊心を貶めるような扱いや振る舞いを受けることからの保護すること、 10-3-3 私的空間に逃げ込める権利、すなわち一人になる権利について触れられています。

10-3-2、10-3-3は子どもがいじめを含めた、あらゆる暴力から守られること、そして年齢に応じた発達段階に応じた環境、またプライベートな空間を確保することの大切さを示しています。

10-2-5については、子どもの権利条約と同様に、こどもたち自身の文化、習慣、宗教、言語を享受する権利を保護する。また、こどもの親や文化的アイデンティティ、言語および価値観、こどもが住んでいる、あるいは出身国の国民的価値観、ならびに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成することが重要とあります。日本においても、出身国が異なる子ども、また親の出身国が異なる子どもたちが、今後も増えることでしょう。はじめはとまどいもあると思いますが、まずは知ること、そして理解することから始めることが必要だと思います。

https://www.hps-japan.net/wp/wp-content/uploads/2020/08/9ce76c71a3f16f5ce028342501f8a474.pdf

2)医療における子ども憲章

日本小児科学会による医療における子ども憲章は、2022年8月に策定されました。こちらには医療において子どもたちに、どのような権利が保障されるべきか記されています。この子ども憲章は子ども会議(4名の子ども、1名の20代の経験者が参加)と36名の子どもによるアンケート結果をもとに、専門家の監修、パブリックコメントを経て作られました。子どもにかかわる事柄については、子どもの意見を尊重するという大切な視点も取り入れられています。こうした子どもの意見表明権は、子どもの権利条約、2023年4月1日にスタートした子ども基本法にもうたわれています。以下が医療における子ども憲章の内容です。

1. 人として大切にされ、自分らしく生きる権利
2. 子どもにとって一番よいこと(子どもの最善の利益)を考えてもらう権利
3. 安心・安全な環境で生活する権利
4. 病院などで親や大切な人といっしょにいる権利
5. 必要なことを教えてもらい、自分の気持ち・希望・意見を伝える権利
6. 希望どおりにならなかったときに理由を説明してもらう権利
7. 差別されず、こころやからだを傷つけられない権利
8. 自分のことを勝手にだれかに言われない権利
9. 病気のときも遊んだり勉強したりする権利
10. 訓練を受けた専門的なスタッフから治療とケアを受ける権利
11. 今だけではなく将来も続けて医療やケアを受ける権利

こちらも子どもの権利条約に則した内容になっています。病院の子ども憲章と同様に人権、プライバシーに配慮された内容になっています。

2.入院中の子どもたちのケアに関わるスペシャリスト

1)ホスピタル・プレイ・スぺシャリスト(Hospital play specialist)

1963年有給の遊びの専門家が病院に雇用されたのをはじめに、1973 年に、初めてイギリスのボルトンカレッジに、病院で働く遊びの専門家を養成するコースができました。今では4つのカレッジが 養成をおこなっており、ホスピタル・プレイ・スペシャリスト(HPS)は学位認定機構(EDEXEL)が認定する専門資格であるだけではなく、英国保健省もヘルスサービスにおける 1 つの専門領域として位置づけています。

日本ホスピタルプレイ(HPS)協会のホームページでは、HPSは、遊び(ホスピタル・プレイ)を用いて、医療環境をチャイルドフレンドリーなものにし、病児や障がい児が医療とのかかわり経験を肯定的に捉えられるようにするため、小児医療チームの一員として働く専門職と説明されています。

活動内容については、子どもゆえに必要な遊びの活動を、医療における経験を肯定的なものと受け止められるよう、こどもの人格を守ることができるように、そして、命を保障する大義の下に、阻害される可能性のあるこども自身の権利を擁護することを目的に行うと記されています。また、治療する大人が、こどもの情緒を理解するために必要な遊びについても書かれています。

さらに、治療するこどものきょうだいが取り残される気持ちにならないよう、きょうだいに対し遊びを用いた支援も行うとのことです。

遊びのもつ癒す力を引き出し、治療場面においてこどもが不必要な痛みや恐怖を感じないよう、遊びを用いて支援するこの専門職は、病院という不安やストレスが非常に大きい場所であるからこそ、子どもたちにとって必要なのだと改めて感じます。

福井テレビでHPSの活動を取り上げた動画がありましたので、ご紹介します。

2)チャイルド・ライフ・スペシャリスト( Child life specialist)

1922年アメリカミシガン州の病院で子どものための遊びのプログラムが始まり、その後活動は広がっていきました。その後、1970年代から、チャイルド・ライフ・プログラムが急速に発展し、1982年Child Life Councilが設立され、1986年に資格認定されるようになりました。1998年試験による認定資格制度が設立されました。

日本では1999年に初めてチャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)が病院で勤務を始めたそうです。

日本チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)協会のホームページでは、CLSは、子どもの発達やストレスの対処に関する専門知識を持ち、子どもと家族が困難に直面した時にそれを乗り越えるための支援をする専門家であると記され、具体的な仕事については、以下のように書かれています。

・心の癒しのための、治療的(セラピューティック・プレイ)遊びの提供
・日常的な遊びや活動、季節行事の提供
・検査や処置、手術の前の、衣料資材や人形などを用いた遊びを通じた心の準備のサポート
・処置・検査中の精神的サポート(おもちゃや絵本を用いたディストラクション)
・きょうだい児の心の支援
・退院支援、復学支援を家族、学校も含めた多職種で行う
・グリーフケア(家族や身近な人を亡くした人への支援)
・子どもにやさしい医療環境づくり
・病気を患う親の子どもへの心理社会的支援

CLSの藤井あけみさんは著書「こどもにやさしい病院」の中で、藤井さんはCLSの役割の中で大切なのは、子どもの味方になることだと語っています。入院中は親も子どもも医療者に頭があがらず、「子どもを人質に取られている」という感覚まで生じます。では、いったい誰が子どもを守れるのか、それがCLSの使命だと言います。親も子を守る立場ですが、子が病気の時は親も不安で、親自身がサポートを必要としている場合が多いのだと。そして、もちろん医療者ひとりひとりが、子どもの味方になっていくのがよいのだと語っています。

3)病棟保育士

国内では、病棟に保育士が初めて雇用されたのは、1954年で、その後、保育士加算が医療点数としてつくことになり、入院する子どもたちの保育の必要の認識の高まりに合わせて、その数も増加したと言われています。通常は、保育士資格をもってケアに当たっていますが、その他、関係する資格として、一般社団法人日本医療保育学会が認定する「医療保育専門士」という民間資格があります。

3.癒しのための教育

今回は病気、障がいを持つ子どもたちの遊びについて、主に書いてきましたが、教育の大切さについても、ぜひ触れておきたいと思います。

病気のある子どもたちの教育で大切なのは、長い療養生活に伴う学習の空白期間をなくす、また集団活動の経験を積むためだけでなく、何より失われたものを取り戻す「癒しのための教育」の部分がとても重要だと言われます。

病気は痛みや倦怠感を伴い、不安や恐怖をもたらします。学校に通えない、友達に会えない、好きだったスポーツができない、容姿がかわるということは、これまでの自分の大切なものを失う体験です。このような葛藤の中で自分を見つめ直し、自尊心を回復していく過程に寄り添い、支えていく配慮が教育の場で求められます。

今後も病気や障がいで入院している子どもたち、両親、きょうだい児への支援が充実がのぞまれます。

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