TAFROはつらいよ【大学病院血液内科10日目】

風邪を引くと熱が出る。でも熱が出ない時もある。それに咳が出たり鼻水が出たり頭が痛くなったり、吐き気、食欲不振、倦怠感、お腹の調子を壊すことも。よく考えると「風邪」っていろんな症状が一気に襲ってくるよね。アレルギー性鼻炎(花粉症)だって鼻水だけじゃない。頭痛やボーっとすること、ひどいと熱が出たりもする。

どんな病気や疾患もそうだと思うけど、病に罹るとき体に出る症状は一つとは限らないし、人によって、その時によって出る症状も違う。だから一つの薬で症状が良くなるとは限らないし、改善に要する期間も人によって時によって違ってくる。

TAFRO症候群もきっとそうなのだと思う。

発熱や炎症反応、血小板減少、胸腹水、腎機能低下(他にもあるけど)そこにまつわる謎の下痢とおしりかぶれ問題、体の浮腫、呼吸困難、お腹の苦しさ、食欲低下(もしくはお腹が苦しくて入らない)、怠さ、関節の痛み、皮下出血、口内炎…まぁ本当にいろんな症状が重なってやってくる。

そしてそれにひとつひとつ対処するために、直接的な治療(ステロイドやアクテムラなど)だけでなく、栄養を補給したり、水分や糖分を制限したり、腸を動かすのを助けたり、うがいや塗り薬を使ったり、痛み止めや眠剤を使ったり…とさまざまな治療をする。

それだけじゃない。

ずっとベッドに寝たきりの状態であれば日常生活に支障が出るほどの筋力や関節機能の低下が出る。父の場合は廃用症候群になって今のところ日常生活は全介助だし、立ち上がれない/座れないとか、トイレに行くのも車椅子とか、杖をついて歩く、1人でシャワーを浴びるのが難しい、階段の昇り降りがきつい(できない)など、人によって異なるさまざまな支障をリハビリで回復させなければいけない。

ほんと、つらいよ。ツラいと思うよ。

血液内科に移ってきて10日、ここまでの経過は救命病棟にいた頃に比べると緩やかな変化だ。ガクンと悪くなったりそれが翌日嘘のように改善したり…などの波も少ない。それでも1日1日いろんな苦しさと父は戦っている。

日数の経過とともに、過去ツイートなどを使って追って行こうと思う。

血液内科7日目

父の「すごいライフハック」と評判の技の一つ【お味噌汁で薬を飲む】。水分制限とお腹がパンパンで苦しい問題を一挙解決。さすがにヨーグルトやスープに混ぜて飲んでいると聞いた時は切なくなった。が、タフな父。まったく気にしていない様子。

これはすでに前の記事に書いている。

少し思い出せるようになったのか、ポツポツ話してくれたせん妄の話は衝撃的だった。そしてもう少し経つと、だんだん集中治療の頃の記憶も整理されてきたのか、えげつない幻覚の内容も教えてくれることになるんだけど、この時点ではまだ『あれ、そんなことあったっけ?』など曖昧な部分があった。

血液内科8日目

回診の時に先生に「お腹が苦しい」といつも訴えていた父。重湯であっても食べたり水分を摂ると苦しくなる現在の症状に対し、先生が『水を飲んだりものを食べたりするとその時に一緒に空気が入ります。今までよりも苦しい感じがするのはそういう理由もあるんです』と説明してくれた。また自分で寝返りを打つこともまだできないので体はほぼ動かない。動けないから余計に、入った空気が排出されず、はちきれそうになっていた。

夜中になるとお通じと共にガスが出ることも。父の排泄頻度が高いため、看護師さんから「軟便パット」と呼ばれる介護用品を買ってくるよう依頼された。ところがこれ、普通の薬局やドラッグストアには売っていない。病院の売店にだけ置いてある代物で、土日の休みには買えない。

どうしよう…と困っていると、『隣の方のご家族が、院内のコンビニに置いてあるよと教えてくれた!』と父から連絡。普段カーテンで仕切られた隣や前の方と顔を合わせることはほとんどない。きっと父と看護師さんのやりとりを聞いて助けてくださったのだと思う。こういうのホントありがたくて泣けてくる。

血液内科9日目

前日の血液検査の結果をもらい、私はちょっと不安になったことがあった。

ALT(GPT)と書かれたその数値は、正常範囲が10〜42のところ、父は361。隣には(めっちゃ高いでっせ)を示す「HH」「連絡済」の文字が入っている。

なんじゃこりゃ?ALTって何ぞや?

父の不安を煽ってしまわないように検査結果をそのままスッとカバンにしまい、面会を終えると真っ先に妹に連絡。義弟〜!ヘルプミ〜!!

夜になって電話をし、仕事から帰ってきた義弟と電話を代わってくれる。その他の数値もいろいろ聞かれ、義弟は「ん〜」と少し考えた後、

『もしかして最近、飲む薬の量増えたりしました?』

『うん、今まで点滴で入れていたプレドニンを経口にしたり、利尿剤もガスを出す薬もカリウムなんかもあるかも』

『それだ。それ、肝臓の数値なんですけど、今まで飲んでいなかった薬が増えると薬を消化吸収するのに肝臓が頑張って働くんですよね。そのせいで数値が上がったんだと思います。少し経つと治まると思うので様子みてください』

(神〜♪)

すっごい安心した。医療関係者の義弟。彼がいなかったら私も妹もこれまでいろいろパニックに陥ってたと思う。彼の存在もまたありがたくて泣けてくるのだ。

血液内科10日目

それにしても多い。子供の頃は私も8個くらいの薬を1度に飲まなければいけない時があったけど、ほとんどが錠剤だった。おかげで私はそれをすべて手のひらに出しまとめて一気に飲み干す喉の持ち主になった。でも粉薬はそうはいかない。昔よく母がやってくれたオブラート、必要なのかなぁ…あれ、喉に刺さったり張り付いたりするんだよね。

父は周りの人に気を遣って消灯後はテレビをつけないような真面目な?人だ。夜中になると眠れない、長い時間がやってくる。こっそりスマホを開け、私たち娘が送る夕飯の写メを見るのが唯一の楽しみなんだよ、と話す。

私はあまり食事を写真に撮る習慣がないのだが、父の楽しみを奪うわけにはいかない。毎晩必ず写真に撮って父に送っている。

最初の頃、妹は『食べたいのに食べられないわけだし、写真送ったら”飯テロ”になっちゃうじゃん』と言って躊躇していたようだ。父の楽しみなんだって、と伝えると『そういうことなら遠慮なく』と、2人して毎晩のようにご飯の写真を送るようになった。

私にとってもありがたかったのは、父が一緒にメニューを考えてくれること。これも父には楽しみの一つらしい。家事の中でも3番目くらいに苦手な「献立を考える」こと。父が「野菜炒めとかさ」「豆腐、いいよね」「生姜焼きとかは?」など、おそらく自分が食べたいもの、食べてきたものなどをメインにアイデアをくれる。

面会に行くとだいたい今晩の夕食の話題でもちきりになっていた。父と娘、win-winの関係が成立している、とひそかに私は思っている(笑)

TAFROはつらいよ

今思えば、急性期の集中治療はもっと辛かった。少なくとも家族である私はそうだし、父もそういう面があると思っている。ただ、父にとっては「つらさはずっと(形を変えて)続いている」のだろう。

普通なら根を上げたり、諦めたくなってもおかしくない。もう、こんなの嫌だと弱音を吐くくらい当然だ。だけど父からは一切出てこない。もちろん私たち家族には言えないだけで、先生や看護師さんには言えていたりするのかもしれないし、溜め込んでしまっているのかもしれない。

ずっといろんな症状と戦い続けている。だけど家族にできることはご飯の写真を送ったり食べ物の話をするくらいで、何にも役に立ってないようにも思う。

だからと言って自分を責めても仕方ない。

父の気を紛らすくらいにはなっている、毎日顔を出すことで少しは安心させてあげられる、最低限必要なものに困らないようにやれている、など【今、できていること】にフォーカスをあてて、やっていくしかないもんね。

本人も家族もホント、TAFROはつらいよ。

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