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1)〇〇語で「さようなら」は何と言いますか?の落し穴【金カムロシア語】

ゴールデンカムイのロシア語台詞から物語を楽しむシリーズを始めます。
単行本読了済みであることを前提に執筆しています。
当シリーズは自分自身のロシア語の勉強を兼ねたものです。

【読了まで 4分】

第一回めは149話目、月島と岩息のこのやり取りから。

岩息『ダスヴィダーニャ(さようなら)』
月島『Вернётся в Японию, я ему голову разобью!』
岩息『ロシア語がお上手ですな 今のはなんと?』
月島『「日本に戻ってきたら頭をブチ抜いて殺す」と言ったんだ しばらく日本には帰れないぞ 死んだ気になってロシア語を勉強するんだな』149話

この後、月島がロシア語を習得するきっかけの話に移り、この「死んだ気になって勉強」が鶴見からの言葉だったと分かるのだけど、それとは別に仕込まれてる細かいネタについて。

「○○語で ”さようなら” は何と言いますか?」はその言語を学ぶはじめの一歩。そしてロシア語では「До свидания [ダ・スヴィダーニャ]」と習う。

「До [ダ]」は「~まで」の意。
これに様々な単語を組み合わせることで「○○まで(さようなら)」という挨拶を量産できる。日本語の「また明日」「また来週」と理屈は同じ。

✅「明日まで(さようなら)」 ⇒ До завтра [ダ・ザーフトラ]
✅「(来週の)月曜日まで(さようなら)」 ⇒ До понедельника [ダ・パニヂェーリニカ]

すなわちダスヴィダーニャは「スヴィダーニャまで(さようなら)」ってこと。ではこの「свидания [スヴィダーニャ]」は何か。

「(機会を設けて)会うこと」である。

岩息は逃がしてくれた月島たちに感謝の気持ちと「ロシア語がんばるから安心して欲しい。ほら早速ひとつ覚えたぞ」と伝えたくて、はじめの一歩で習う一般的な「さようなら」を披露したわけだね。

でもそれが厳密には「また次にお会いできる機会までさようなら」だったから「次はねぇよ」と月島に厳しくツッコまれてるってのがこの149話でのやりとり。

この時の月島は、自分が無事日本に帰還できることを信じて疑いもしなかった。再会する機会があるとしたら岩息が日本に戻ってきた時だけだと。

なのに割と早く191話で再会した挙げ句、大変お世話になってしまったから、あれだけ凄んだ手前、非常に気まずかった…というのが191話の月島が岩息に運んでもらいながら『……』となってた理由。

但し、149話の時には、あの場に月島以外ロシア語話者は居なかったから、このツッコミからのオチは誰にも伝わってない
でもコマのこちら側になら居ないこともなくて、そういう者たちには「ロシア語台詞にネタ仕込むから首を洗って待っておけ」と伝わる。

(※但し、ダスヴィダーニャで即「では次はいつ?」となるわけではない。日本語の「いずれまた」「そのうちまた」の類で、いつ?と問うのは野暮)

ちなみに現代日本語の「さようなら」は(「一般的な別れの挨拶のこと」という意味もあるにせよ)実際の挨拶としては重めで日常使いはしない。
作中の「さようなら」はいずれも女性から男性へ(最終話は読者への別れの挨拶でもあるため例外)。全て永遠の別れの意図で使われている。
男性が永遠の別れの意思で使う挨拶は「あばよ/アバヨ」。そして白石は言った相手にまた会ってしまうを繰り返す。

では、岩息は何と言えば良かったのか。
168話で月島が灯台守夫妻に言った挨拶が良いお手本。

月島『Спасибо за все.
(色々とありがとう)』168話
[スパシーバ・ザ・フショー]

一期一会の関係なら「お世話になりました」がちょうどいい。このあたりの感覚は日本語と同じだね。だからこそ…

灯台守妻『Умоляю, найдите дочку!
お願いします 娘を見つけてください)』168話
[ウマリャーユ・ナイヂーチェ・ドーチクゥ]

『умоляю [ウマリャーユ]』は「懇願します」。
「お願いします」の露訳で一般的な「пожалуйста [パジャールスタ]」より踏み込んだ「どうかくれぐれもお願いします」。

灯台守夫妻の方は、できれば月島たちともう一度会いたいと願ってるんだよね。どうかこれが今生の別れではありませんように。良い知らせを持ってきてくれる機会が訪れますように。

月島はできない約束をしないタイプだろうけど、そういう誠実さより、ここはたとえ結果的に嘘になったとしても「ダ・スヴィダーニャ(また次にお会いできる機会まで)」と言って欲しかったんだね。



  1. ロシア語台詞は単行本を基本とします

  2. 明らかな誤植は直しています

  3. ロシア語講座ではありません

    • 文法/用法の解説は台詞の説明に必要な範囲に留め、簡素にしています

    • ポイントとなる言葉にはカナ読みを振りましたが、実際の発音を表しきれるものではありません。また冗長になるため全てには振りません

  4. 現実世界の資料でロシア側のものはロシア語で書かれたものにあたっています。そのため日本側の見解と齟齬そごがある可能性があります


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