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ポチポチ物語2

 俺は野球部員の坊主頭で、名前は山田太郎。どこにでもいる普通の男子だ。名前も顔も普通で、しかも坊主頭で、なんだか没個性にもほどがあるなと思うけど、まあこれが俺だ。毎日野球の練習を頑張る中学二年生。監督だの先輩だのにしごかれながら、真夏の炎天下で、汗をかきながら部活動に励む。その理由は勿論試合に勝つためだ。目前に控えた試合に勝つ。そしてやがては全国制覇。それが夢、というか目標。

 夢か目標か、どっちかわからないけど、でもそうやって野球を頑張るのは、なんか先生だの親だの、つまりは大人たちからすると、結構評判がいいらしい。確かに野球を頑張ることを咎める大人はいない。というか、もっと頑張れとか言われる。野球は監督が厳しいし、上下関係もあるし、キツイ練習に耐えることで根性だの精神力だのも鍛えられるだろうと。

 確かに、野球を頑張るのは大変なことだ。そのおかげか、元々嫌いだった勉強がもうそんなに嫌じゃないし、むしろテスト前で部活動が休みになるのが嬉しくて、その分もっと勉強を頑張ろうと思うのだった。そしてそれは他の部員も同じみたいで、だから、野球部員の成績は揃って良いのだった。

 そうしたことから、野球を頑張ることが大人たちにとって良いことに映る、というのはまあわかるのだけど、でもなんだか、違和感も感じていた。

 球児物語というか、なんかそういう物語的な目で見られるのは、正直嫌だなとも思っていた。

 だって、俺がやってるのは、物語なのか?
 誰かをを面白がらせ、気持ち良くさせる、楽しませることなのか?
 違うでしょ?

 俺はひたすら自分のために練習を頑張っているし、それを他人がどう思おうが別に良いけど、でもそれはあなたの感想ですよねってところで、別にそいつのために、そいつの物語のためにやってるわけではないのだ。

 俺は、誰かにとってのエンタメではないのだ。

 そんなアイドルみたいな馬鹿みたいな目で見られるなんて……と俺はなんだか呆れてしまうが、でもそれをわざわざ褒めてくれる大人に向かって言おうとも思わないし、まあ怒ってるわけではないので、放っておくことにする。
 俺は俺の練習があり、目標、夢がある。
 それに向けて頑張るだけだ。

 で、今日、日曜日にも当然部活はあるので、よし行くぞ、と気合いをいれて、靴紐を結んでると、後ろから笑い声が聞こえてきて、振り向くと、弟が、笑いながらこちらを見ている。
 有由(ゆう)、女みたいな名前の俺の弟。

 「どこ行くの?」
 と、有由が訊くので、
 「部活」
 と短めに答える。
 すると有由は笑いながら、
 「野球でしょ」
 と言う。

 「なんで笑うんだよ」
 「いや、兄貴、なんか囚人みたいでさ」

 「囚人?」
 「だって、坊主頭で、日に焼けてて、毎日馬鹿みたいにしごかれてんでしょ?」
 「……」
 「それってさ、まるきり囚人だよなって」
 「……囚人」
 俺は考える。
 俺は囚人か?
 野球の練習を頑張る、勝利を目指してる、そのために坊主頭で、日に焼けてて。
 確かに。

 「囚人かもな」
 「ねー。馬鹿みたいじゃない?」
 有由はますます笑う。
 こんなに笑う奴だったのか、こいつは。

 有由は、昔から俺とは全然違う奴だった。
 色白で、小柄で、足が細くて、ハンサムで。
 女子にもモテるみたいで、彼女もいるっぽくて、名前を思い出せないなんとかってモデルに似てて。
 まあどうでもいいが。

 「確かに俺は囚人だよ」
 と、俺はまた言う。
 「勝利に囚われた囚人だ」
 そう言うと、有由の笑顔が固まる。
 「勝利に囚われた?」
 「そう。そのために毎日練習を頑張ってんだよ。だから、お前らが俺をどう思おうが、どう捉えようが、そんなのはどうでもいい」
 俺は立ち上がる。
 「俺はあだ名なんていらねえ。欲しいのは勝利だ」
 そう言って、俺はドアを開けて家から出る。
 これからしごかれに行くのだ。

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