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66)運動とDHA(ドコサヘキサンエン酸)は脳の働きを向上する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術66

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【脳の神経細胞はネットワークを形成している】

 ニューロン(神経細胞)は幾つかの化学物質を介して互いにコミュニケーションを取りながら、思考や行動のひとつひとつを決めています。一つのニューロンは他の多数のニューロンからの情報を受け取り、それを総合して自身の信号を発します。ニューロンの枝と枝の結合部位をシナプスと言います。
 

一つのニューロンは他の多数のニューロンとシナプス結合によって複雑な神経細胞のネットワーク(神経回路)を形成しています。(下図)

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図:(左)ニューロンの結合部位であるシナプスでは、前シナプスニューロンから放出された神経伝達物質が後シナプスニューロンの受容体に結合することによって、シナプス間の信号が伝達される。
(右)多数のニューロンが相互にシナプスを介して信号のやり取りを行うことによってニューロンのネットワーク(神経回路)を形成している。



シナプス間の信号伝達に働く神経伝達物質の代表がグルタミン酸とγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)です。この2つが脳内のシナプス伝達の80%くらいを担っています。他にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどがあります。

グルタミン酸はニューロンの活動を活発にする興奮性の神経伝達物質で、γ-アミノ酪酸(GABA)はその働きを抑制する働きがあります。

グルタミン酸もγ-アミノ酪酸(GABA)も、シナプス前細胞から放出され、シナプス後細胞の膜上にあるそれぞれの受容体と結合して作用を発揮します。

GABAは脳内でグルタミン酸のα位のカルボキシル基がグルタミン酸脱炭酸酵素との反応により除かれることによって生成されます。(下図)

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【脳は鍛えることができる】

 「脳の可塑性」や「シナプス可塑性」という神経科学分野の用語があります。「可塑」とは、辞書によると「やわらかくて形を変えやすいこと」と説明されています。「脳の可塑性」や「シナプス可塑性」というのは、「脳の神経のネットワークを変えることができる」ということです。

前述のように、シナプスとは、ニューロン(神経細胞)とニューロン、あるいはニューロンと効果器細胞との接合部位のことで、このシナプスの間には約20nmの間隔があり、神経伝達物質(グルタミン酸、γアミノ酪酸、ドーパミン、アセチルコリン、ノルアドレナリンなど)によって刺激が伝達されます。脳が情報を取り込むとニューロン間の活動が起きます。多数のニューロンの接続(シナプス)によって脳の機能を支える「神経のネットワーク(神経回路)」が形成されています。

その活動が繰り返されるほど、ニューロン同士の連絡が強くなり信号が伝達しやすくなって、ニューロン間の結びつきができていきます。このようにして新しい情報が記憶として定着して行きます。このシナプス可塑性は脳の成長段階での学習や記憶の強化に関与します。


20世紀の間は、脳のニューロンのネットワークは青年期に完成したあとは変えられないというのが神経科学の常識でした。しかし、1998年に脳の海馬のニューロンが分裂して増殖する(ニューロン新生)ことが証明されました。海馬は記憶と学習に関わる領域です。

つまり、神経回路は刺激(入力)によって発達しながら形成され、成人になるまでにひとまず完成しますが、成人になってからも、外部入力に応答して脳の神経回路は変化し続けます。つまり、成人してからも脳は発達し、能力を高めることもできるのです。

シナプス可塑性はアポトーシスによるニューロンの減少と、神経細胞の新生や発芽によるシナプス接合部の増加という物理的な変化と、長期増強(long-term potentiation)という信号の通りが良くなるという生理的な変化によって起こります。

 

脳が情報を取り込むとニューロン間の活動が起こります。その活動が繰り返されるほど、ニューロン同士がより強く連結するようになり、信号が伝達しやすくなります。このようにして、ニューロン間の結びつきができて行きます。このようにして新しい情報が記憶として定着していきます。このようなメカニズムが長期増強です。

「脳の可塑性が高い」というのは、新しい機能を獲得する性質、新しく獲得した機能を維持する性質に優れているという事です。つまり、学習機能や記憶力が高い状態を意味します。



【運動は脳由来神経栄養因子の産生を高め、シナプス可塑性を増強する】

 学習や記憶形成のプロセスと身体活動はお互いに独立し、異なる器官システムによって行われていると一般に考えられています。しかし、進化の観点から考察すると、動物が生存するためには、これらのプロセスは相互に密接に関連する必要があると考えられます。つまり、差し迫った危険に対応するために身体活動と脳機能の連動を高める必要があります。

差し迫った危険に反応することは、走ったり格闘するだけでなく、危険の位置と周囲の状況を的確に把握し、危険を避ける方法を学習し、その新しいストレスに適応するために、記憶や学習といった脳の働きを高める必要があります。


人類の脳は旧石器時代の狩猟採取社会で急速に発達しました。脳と知能は変化に富んだ環境に暮らし、広大な領域を動き回る必要があるときに発達すると言われています。時間や空間の概念が必要だからです。狩猟は仲間との連携も必要で、このような社会生活や、集団の中で起こる緊張やストレス、多様な状況への対処も知能を発達させました。

知能の発達によって火を使うようになり、食物を火で調理することによって消化管での消化を促進し、食物からの栄養素の摂取も早くなりました。道具を使うようになってより積極的に狩猟を行うようになりました。

この脳と知能の発達が生存競争で有利になり、アフリカから出てアジアやヨーロッパに移動するようになります。氷河期が終わり、約1万年前から人類は農耕と牧畜を開始します。この農耕と牧畜によって人類は安定的に食糧を得ることができるようになりました。


運動は、脳の血液循環を良くし、認知機能を高めるなど、多くの有用な作用があります。
運動が脳の可塑性を高め、認知機能など脳機能を高めるメカニズムの一つとして、脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)の関与が指摘されています。脳由来神経栄養因子(BDNF)はニューロンの回路を構築し維持する働きがあります。BDNFはニューロンを新生させ、シナプス結合を増やすことによって学習機能や記憶形成の能力を高めます。

学習と記憶形成のプロセスには脳由来神経栄養因子が重要な役割を果たしています。脳由来神経栄養因子は神経を増殖させ、新しいシナプスを作ることによって、学習や記憶の働きを高めるのです。

身体活動や神経活動は脳における脳由来神経栄養因子(Bdnf)遺伝子の発現を顕著に亢進します。その結果、運動は学習機能や記憶形成の能力を高めることになります。


「運動が学習機能や記憶形成の能力を高める」という事実は良く知られていますが、運動とBdnf遺伝子発現の関係に関する分子メカニズムはまだ十分に解明されていません。恐らく、多くの因子とメカニズムが関与していると思われます。

運動で海馬のβヒドロキシ酪酸が増え、脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やして、認知機能や学習能力を高める機序が報告されています。以下のような報告があります。

Exercise promotes the expression of brain derived neurotrophic factor (BDNF) through the action of the ketone body β-hydroxybutyrate.(運動はケトン体のβヒドロキシ酪酸の作用によって脳由来神経栄養因子の発現を亢進する)Elife. 2016 Jun 2 ; 5: e15092.

【要旨】
運動は脳において良好は反応を引き起こす。この反応においては、認知機能を向上させ、さらに抑うつや不安を軽減する作用を持つ脳由来神経栄養因子(Bdnf)の増加が関与している。しかしながら、身体的運動が脳におけるBdnf遺伝子の発現を誘導するメカニズムについては十分に解明されていない。
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤の薬効用量でBdnf遺伝子の発現が亢進する。この研究では、運動後に分泌される内因性の分子がハツカネズミのBdnf遺伝子の発現を亢進することを明らかにした。
長期間の運動によって産生が増える代謝産物のβヒドロキシ酪酸がBdnf遺伝子のプロモーター活性を増強した。
βヒドロキシ酪酸は、Bdnfプロモーターに選択的に作用するヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)のHDAC2とHDAC3に作用することを明らかにした。
さらに、脳室内にβヒドロキシ酪酸を直接注入すると、海馬のBdnf遺伝子発現が亢進した。
電気生理学的実験によって、βヒドロキシ酪酸は神経伝達物質の放出を増やしたが、この作用は脳由来神経栄養因子受容体(TrkB)に依存していた。
これらの結果は、運動がPDNF(脳由来神経栄養因子)の発現を誘導するメカニズムを明らかにしている。



この実験では、マウスを1匹づつケージに入れて、運動群(running wheelあり)と非運動群(running wheelなし)で30日間飼育しています。
Running wheelというのはマウスを運動させる「回し車」で、マウスは運動好きなので、これをケージに入れておくと自発的に毎日10キロメートル以上も走るそうです。この回し車を入れていないケージのマウスは運動しないことになります。

その結果、運動をするマウスでは、脳の海馬のBdnf遺伝子の発現量が増えていることが明らかになりました。さらに、海馬のβヒドロキシ酪酸の濃度も高くなっていました。

βヒドロキシ酪酸にはクラスIのヒストン脱アセチル化酵素を阻害する作用があります。この論文では、βヒドロキシ酪酸を脳室に直接注入するとBdnf遺伝子の発現が亢進することを確かめています。

運動するとケトン体のβヒドロキシ酪酸の産生が増え、βヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素を阻害してヒストンのアセチル化を亢進し、その結果Bdnf遺伝子の発現が誘導されるというメカニズムを提唱しています(下図参照)。

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図:運動は脳(特に記憶や学習に関与する海馬や大脳皮質)においてβヒドロキシ酪酸の産生を増やし、βヒドロキシ酪酸はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってヒストンをアセチル化し、脳由来神経栄養因子の産生を増やす。脳由来神経栄養因子はニューロンを新生とシナプス結合を増やすことによってシナプス可塑性を亢進し、学習機能や記憶形成の能力を高める。


運動は海馬のBDNF(脳由来神経栄養因子)のレベルを増やすことによって抑うつ気分を軽減します。BDNFは可塑性とシナプス形成を高め、神経変性を減少させます。βヒドロキシ酪酸がヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってシナプス形成を亢進することは学習機能と記憶を高めることになります。成人期に定期的に運動をしている人はパーキンソン病やアルツハイマー病になりにくいことが示されています。

 

βヒドロキシ酪酸のクラスIのヒストン脱アセチル化酵素に対する50%阻害濃度(IC50)はおよそ2~5mMと報告されています。つまり、βヒドロキシ酪酸を2mM以上に高めれば高めるほど、脳由来神経栄養因子の発現が増え、学習や記憶の機能が高まります。つまり、頭が良くなります。

βヒドロキシ酪酸の血中濃度を2mM以上にするのはケトン食や中鎖脂肪酸(MCTオイル)の摂取や3日間程度の絶食で簡単に達成できる濃度です。ケトン食や絶食が認知機能を高めることも多くの研究で確かめられています。



【DHA(ドコサヘキサエン酸)は脳由来神経栄養因子を増やす】

 魚油に含まれるオメガ3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)を豊富に含む食餌を与えられたマウスは、パーキンソン病に関与する脳の領域である線条体で、脳由来神経栄養因子(BDNF)のレベルが有意に高かったという報告があります。(Prostaglandins Leukot. Essent. Fatty Acids 2007, 77, 251–261.)

離乳後4週間オメガ3欠乏食を与えられたマウスは、対照マウスと比較して線条体のDHAおよびBDNFのレベルが低下していました。(Life Sci. 2010, 87, 490–494.)


加齢に伴う認知機能低下に対するDHAサプリメントの効果を検討するために米国の19の臨床施設で、無作為化二重盲検プラセボ対照臨床試験が実施されました。認知機能や学習機能のテストで、若年成人より1標準偏差以上低い55歳以上の合計485人の健康な被験者に、毎日900 mgのDHAを経口投与しました。その結果、DHAサプリメントを投与は、学習と記憶機能を有意に改善しました。(Alzheimers Dement. 2010, 6, 456–464.)

このように、加齢やアルツハイマー病やパーキンソン病などに伴う認知機能の改善効果は多くの臨床試験で確認されています。


脳の海馬の脳由来神経栄養因子を増やす方法として、規則的な適度な運動+ケトン食+MCTオイル+DHA(あるいは魚油)は有効だと言えます。アルツハイマー病やパーキンソン病など様々な神経変性疾患の治療に積極的に利用する根拠は十分にあります。


食事のカロリー制限も学習や記憶の機能を高めることが明らかになっています。例えば、3ヶ月齢のマウスを12ヶ月間カロリー制限を行うと、学習や記憶の機能を評価する様々な試験で、コントロール群と比べて成績が顕著に良かったという報告があります。

運動とカロリー制限は、神経可塑性の改善において相加的に働くことが示されています。つまり、餌のカロリーを減らし、runnig wheelで運動させると、学習や記憶の機能は明らかに良くなったという報告があります。海馬のシナプスの密度も亢進していました。つまり、少なく食べて、より長く運動すれば、頭が良くなるということです。


知的刺激を増やす方法もシナプス可塑性を高めます。マウスの実験で、ケージを1m四方くらいに広げ、その中にrenning wheelだけでなく、多数の登坂器具や潜り穴やおもちゃのようなものを入れて飼育すると、知的活動を刺激することができます。このような環境に入れると、マウスは不安や抑うつのような症状が無くなり、様々な学習や記憶の試験で良好な結果を出すことが示されています。


以上をまとめると、老化に伴う認知機能の低下を防ぐためには、運動とカロリー制限と知的刺激が有効です。βヒドロキシ酪酸の血中濃度を高めるケトン食もシナプス可塑性を高めて記憶や学習機能を高める上で有効です。

さらに、魚や魚油サプリメントから1日1〜2グラム程度のDHAを摂取することは、脳機能を高める目的で有効です。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

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