居てくれるだけで良い。
あれは3年前、私が渡米して、ESL(English Second Language)に通い始めて1週間ほど経った時だったと思う。
午後のクラスでちょっとした騒ぎがあった。クラスの女子の財布が失くなったのだ。お昼を食べて財布を確認して、バッグごとクラスにおいて図書室に1時間ほど行ってたらしい(後で聞いた)。
もう放課後間近な時間だったので、仕事に行く生徒はこの問題に向き合わず、足早に教室を抜けた。特に用がない生徒も帰り支度をして、パラパラと出て行った。
無理もない。
その頃の私たちは、かろうじて Hello , Where are you from? が言えたくらいの英語ビギナーで、細かい話なんてできるわけもなく、下手したら、彼女が財布を無くしたことすら理解してなかった生徒もいただろう。友達と言える関係でもなく、それぞれの国から集まったただのクラスメイト、そんな認識だった。
彼女は気がついてすぐさま、教壇にいる先生に事情を説明に行った。しかし、When?Where? の質問にもまともに答えられてなく、先生もいささか、苛立っていたように見えた。
私といえば、暫定的に住んだアパートから、学校近くの物件に移ってくるので、朝早い授業をもう一つ追加してもらうことを先生に相談したくて、放課後を待っていたのだ。でもこの事件が起こったので言い出せず、後方の席でモジモジ(笑)。
彼女の受け答えが曖昧なので、私以外の生徒はどんどんいなくなり、ついに、教室には彼女と私と先生、この3人になってしまう。
先生の口から『Police』という言葉が出た。これは流石に私も彼女も理解。そして、このクラスまで警察官が来る事も先生がかけていた電話で、予想がつく。そうか盗難扱いになってしまったのか、とぼんやり思う。
待っている間の教室の雰囲気は重く、私は自分の案件を伝えることが出来なかった。もし仮に先生に相談できたとしても、その後
じゃあ、
と言ってその場を離れることなんて、出来る気がしなかった。私は完全に帰る機会を逃していたのだ。
先生の携帯が鳴った。
応じた彼女の顔色が変わる。
Charlie, Emergency, Doctor, Surgery,
拾えた単語はこれだけ。だけど緊急性が高いことは十分にわかった。
後で知ったことだけど、その日は先生の養子の手術の日だったそうだ。
『悪いけど、行かなくちゃ、Policeが来るから、彼らと話して』と先生は言って出て行ってしまった。
え? さあ、どうする、私達。
私は日本、彼女は南米から来たばかり。英語の能力は学校で下から二番目の底レベル、こんな二人が残された。
さらに気まずい雰囲気。先生がいなくなった今、私は残るという意味すら無くなっている、けれども帰れない何かがあった。お互いの状況を説明できる会話力もないくせに。
沈黙が続く中、30分ほどしてPoliceの男性が二人到着。
彼らは、先生と同じようにWhen? Where? と彼女に聞いて来た。後ろの席の私には困って泣きそうな顔が見える。
会話は続かない、何度も同じ質問が聞こえた。
そんな状況を見ていられなくて、彼女の隣の席に移動し、勝手に話に加わる私。
Policeも大変だったと思う。ろくに喋れない生徒二人からの事情徴収。私は説明できないところは絵で描いてみせた。
なんとか、調書の空欄を埋め、私達は解放された。簡単な聞き取りだったと思うが、携帯を見たら1時間も経過。どっと疲れた私は、彼女の名前も知らない事に気づき、初めてそこで名前を聞いた。
私はレティシアです、メキシコから来ました。
英語初心者のテンプレートな答え、条件反射で出身地も言ってしまう。それぐらい英語に不慣れなのだ。
名前を教えてくれた後、レティシアは私の肩を抱いて泣き出した。心細かったんだろう。私も釣られて泣いてしまった。
英語が話せない、相手が何を言ってるのかも分からない、自分の思ってる事がうまく伝えられない、悪いことなどしてないのに、自分に非が有るように思えてしまう。帰りのバス賃さえ持っていない。歩いてなんて帰れる距離じゃない。
こんな状況になったら大人だって泣く。むしろいい歳した大人だからこそ情けなくて、もどかしくて、
私達は大声で泣いた。
それからしばらくしてレティシアと私はクラスが離れてしまった。1年経ったある日、学校の屋上で偶然に会えた時、お互い少し英語が話せるようになっているのに気づいた。ふふふ、気持ちが説明できる程度には。
『あの財布を無くした時は困ったね』『警察が何聞いていたか、分からなかった』『mamiは絵を描いたよね。警察の書類に。』と笑い合った。
そして 『泣いたよね』 と。
私をハグしながら、
『あの時、私が泣いたのは、mamiが私を一人にしなかった事だよ。英語で助けて欲しかったんじゃない。誰かが居てくれたことが嬉しかったんだよ。』
と、レティシアが背中で言った。
彼女のこの言葉は、未だに英語が不自由で、失敗して落ち込んだりする私に、それでもここでやっていって良いんだ、という勇気と自信をくれている。
何かができるわけじゃなくても、
気持ちを察する、
これだけでも
誰かの役に立つことが
あるんだね。
#誰かの役に立てたこと のテーマで書きました。
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