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「北越雪譜」を読む

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江戸時代後期の雪国の生活誌、鈴木牧之「北越雪譜」を、ゆっくり読んでいきます
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「北越雪譜」を読む:20

「北越雪譜」を読む:20

 前々回(18回)、和裁をしていた母のことを長々と書いたのは、麻糸を反物に織り上げる越後の女性たちに共感を覚えるからなのだが、女性たちがどのようにして機を織り、また、どのような心持ちでその作業に向かったか、そういったことが描かれた箇所を読む前に、どうしても飛ばすわけにはいかないのが、麻という素材そのもののことだ。
 前回、縮とは何ぞ、ということを鈴木牧之の言葉を借りつつ書いた。
 今回は、植物の麻

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「北越雪譜」を読む:19

「北越雪譜」を読む:19

 越後縮は、越後国全体のものではなく、鈴木牧之の住む魚沼郡に限った名産品だ、という。

 着物を着る人がめっきり減った現代では、新潟の特産品といえば越後縮!と真っ先に挙げる人もまた減っているのだろう。
 越後縮の中でも、小千谷縮ならば知名度はグッと上がるだろうか。
 今は魚沼市、南魚沼市、小千谷市はそれぞれ別の市だが、江戸時代までは魚沼郡として同じ地域に含まれていた。

 越後縮は越後上布とも言い

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「北越雪譜」を読む:18

「北越雪譜」を読む:18

 以前にも少し書いたが、私の母は和裁を生業にしていた。
 大阪のある百貨店の呉服部に委託されて、お客さんが購入した反物を着物に仕立てるのが、母の仕事だった。

 父と結婚した頃、母は月に5枚ほども着物を仕上げれば、まだ若い父の給料を軽く超える収入があったそうだ。
 長襦袢や浴衣なら1日、袷の着物でも数日で縫い上げた。
 重い木の脚の上に戸板を再利用したと言う長い天板が載せられた背の低い作業台が、リ

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「北越雪譜」を読む:17

「北越雪譜」を読む:17

 鈴木牧之という人は、大変熱心で真面目な人柄だったと思われるが、一面、「空気が読めない」ところもあったのではないかと思う。あくまでも、「 」付きだが。
 頑固に一途に、40年も「北越雪譜」の出版を諦めず模索し続けた、その空気の読めなさが、結果的に夢を実現させたと言っても良いのではないだろうか。

…先年、玉山翁が出版された軍記物語の画本の中に、越後の雪中で戦ったという図がある。文には深雪とあって、

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「北越雪譜」を読む:16

「北越雪譜」を読む:16

 先日、NHKの朝ドラ「らんまん」を観ていたら、主人公・槙野万太郎の妻、すえ子が幼い長男に「ももき」と呼びかけていた。番組ホームページによれば、百喜と書くらしい。

 すえ子さんは、滝沢(曲亭)馬琴の大ファンで「南総里見八犬伝」が大好き、という設定だ。
 これはもしや、馬琴が弟子入りを断られたという山東京伝の、弟・山東京山の本名、岩瀬百樹から名をとり子に付けたのでは!?と思ったのだが、モデルとなっ

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「北越雪譜」を読む:15

「北越雪譜」を読む:15

 前回で「北越雪譜 初編 巻之上」を読み終わり、今回からは「巻之中」が始まる。
 引き続き、なだれについて。

 この項のタイトルは「雪頽人に災す」。
 楽しい話題というわけにはいかなさそうだ。

 人の不幸なので人名は明らかにしない、とは現代的表現に思えるが、江戸の昔にもプライバシーを尊重する考え方はあった。
 話にリアリティをもたらす牧之の手法だったかもしれないが。

 名前は明かさないけれど

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「北越雪譜」を読む:14

「北越雪譜」を読む:14

 雪が積もらない暖国に住む私たちにも、雪国の苦難として想像しやすいのが、なだれ(雪崩の字を当てるのが一般的だろうか)だ。

 なだれがニュースになって耳目を集めるのは、スキー場、特にバックカントリーといって一般のコースを離れた新雪が深く積もるところを滑っていた人がなだれに巻き込まれたというものだろう。ルールを守っていないことが多いようで、事故を報じるネットニュースのコメント欄には、批判が集中したり

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「北越雪譜」を読む:13

「北越雪譜」を読む:13

 世間に越後の七不思議と言われるうちの一つ、蒲原郡妙法寺村の農家の炉の中の隅にある石臼の穴から出る火は、人がみんな不思議だと口伝えにし、様々な文献に見られる。…

 一般的に七不思議といえば、ピラミッドなど世界各地の、機械もない時代にどうやって建てたんだろうと思わずにはいられないような、大きな建造物をイメージする人が多いだろう。今で言えば、世界遺産に登録されるような名所といったところか。

 子ど

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「北越雪譜」を読む:12

「北越雪譜」を読む:12

 吹雪は樹などに積もった雪が風で散乱するのを言う。その姿が優美なので、花が散るのをこれと比べて、花吹雪と言って古い歌にもたくさん見られる。…

 吹雪の漢字は、雪吹と書くよりもこの並びの方が現代人にとっては自然だろうか。

 鈴木牧之は「北越雪譜」の中で何度も、暖かい地方に暮らす人々が、雪や雪国の暮らしにロマンを持ちすぎていることを口酸っぱく諌めているが、吹雪の怖さに関しては、牧之の布教が功を奏し

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「北越雪譜」を読む:11

「北越雪譜」を読む:11

 江戸時代の書物といっても、今の感覚とそう変わらないなあと読めるのが「北越雪譜」の良いところなのだが、それに慣れてしまうと、時々現れる、いかにも昔風な考えや知識に驚くことがある。
 「雪中の虫」の項は特にそんな印象が強い。

 中国・蜀の国の峨眉山には、夏も雪が積もっているところがある。その雪の中に雪蛆という虫がいることは、山海経にも書かれている。この説は空想ではない。越後の国の雪の中にも雪蛆はい

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「北越雪譜」を読む:10

「北越雪譜」を読む:10

 先日、関西ローカルのあるバラエティ番組を観ていたら、関西人ならスマホに秘蔵の写真が入っていて、それを元に面白い話の一つや二つできるはず、と言うことを検証しようとしていた。
 出演者同士でスマホを交換し、自分のものではないアルバムを好き放題にスワイプしながら、気になった写真を「これ何の写真ですか?」と撮った本人に見せる。そんなもんテレビで出すな!などとやいやい言いながらも、写真を撮った経緯などをユ

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「北越雪譜」を読む:9

「北越雪譜」を読む:9

 熊胆という生薬がある。
 生薬とは、「動植物の薬用とする部分、細胞内容物、分泌物、抽出物または鉱物など」(登録販売者テキスト2 U-CAN)のことだ。
 漢方薬に使われることが多いと言えばイメージしやすいだろうか。
 熊胆は、熊の胆嚢を乾燥させた生薬である。



 越後国の地図を思い浮かべてみていただきたい。範囲はだいたい、現在の新潟県と変わらない。

 越後国の西北は大海(日本海)に面して

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「北越雪譜」を読む:8

「北越雪譜」を読む:8

 水の温まり方で、季節の変化を感じるということは良くある。

 白湯を作る時は、レンジで2度押しで強めに温めていたのに、ある朝熱すぎると気付いたり、保冷マグカップに入れたコーヒーがいつまでも熱くてなかなか飲めなかったり、お風呂のお湯が冷めにくくなって長く浸かっていられなくなり、今日は設定温度を下げたり、そういうことが続いて、あぁ春が来たなと実感する。



 雪について。雪が降る、積もるという気

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「北越雪譜」を読む:7

「北越雪譜」を読む:7

 神主でもある民俗学者・神崎宣武は、「「湿気」の日本文化」(日本経済新聞社)の中で、日本の生活文化の特質は、「むし暑さ」への対応がさまざまに発達していることだとして、吉田兼好の言葉を引いている。

 家は夏のことを考えて造らないといけない。冬はどこでも住める。暑い時にダメな家に住むのは耐えられない…。

 本当にその通り!
 京都の冬は底冷えがしてとても寒いけれど、夏の暑さは本当にもう耐え難い。鎌

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