鈴井宗

書きたいことを書ければ十分

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最近の記事

短編小説「氷の雨」

今年の冬は本当に冷える。 去年はこんなに寒くなかったはずなのに。 気候変動や異常気象はもう俺が子供の頃からワイドショーの常連ネタだったと思うが、いよいよ現実が追い付いてきたのだ。 今だって、たかがサークル仲間のボロアパートを覗きに行くだけのことで、こんな防寒服を着なくちゃならない。極北仕様の重装備だ。 さびた階段をどしどしと登って202と書かれた汚いドアをノックする。 「出てこい狛北。居るのは分かってるんだぞ。」 「・・・・・・・・」 返事はない。しかし部屋の中には

    • ショートショート「午前7時30分」

      午前7時30分、毎朝同じ時間に僕はこのベンチに腰を掛ける。 学校に行くまでの15分間、このベンチは僕の特等席になっている。 自然公園を名乗るだけあって、この公園は都内にしては中々の広さを持っている。林の広がる公園内には遊歩道や広場が設けられていて、毎朝この時間はおじ様やおば様がランニングやジョギングに励んでいる。 そして恐らく今公園にいる中で最も若いであろう僕は、しかし体を動かさずベンチにふんぞり返っている。別に読書や勉強をしてるわけじゃない。 僕よりも何十年と生きてき

      • 自己啓発本はむしろバカのための大嘘たれという話

        この記事を読んでいる皆さまは、自己啓発本というやつを買ったことがあるるでしょうか? え?無い? それはいけない。ぜひ買ってみるべきです。本屋でちらっと立ち読みするだけでもよろしゅうございます。 最初の数ページだけでも、いえ賢い皆さまなら表紙を読んだだけもきっと、その真水のごとき味の薄さに驚愕されることでしょう。 情報の取得こそが本質であったはずの読書において革命的ともいえる情報量の少なさ、馬鹿にも分かるを通り越して馬鹿にしか分からないレベルの幼稚な論理展開、無責任を隠

        • 読むコント「ジャンプ」

          「なあ、お前さ、今週のジャンプ読んだ?」 「読んでるわけねえだろ畜生っ!!!」 「切れんなって。情緒どうなってんだよ。」 「ぐすっ、ごめん。家の方針でさ、読んでいい本、親に決められてて。」 「・・・そっか、厳しい親なんだな。情緒不安定なのも納得だよ。」 「ああ。今時どうかしてるよな。漫☆画太郎以外読むななんてよ。」 「漫☆画太郎!?よりにもよって漫☆画太郎なの!?  汗だくのジジイとババアしか出てこないけど良いの?」 「漫☆画太郎を悪く言うなよ。良いだろ、星の王

        短編小説「氷の雨」

          短編小説 人殺しの友人

          人殺しの友人を持つとろくなことがございません。 いえ、当たり前なことと思うかもしれませんが、まあ聞いてください。 3年前のことです。私は何人かの友人を自宅に招いて食事会を開いたのです。 私を除いて3人、名前は島田、木村、吉岡、と言います。 ええ、3人のうちの一人が、一人に殺害されたのです。 その日はひとしきり食事と酒を楽しんだ後、まずは木村が、その後島田が、寝ると言って客室のある2階に上がり、私と吉岡はそのまま酒を飲み続け居間で眠りに落ちました。酒の強さから言って、そ

          短編小説 人殺しの友人

          短編小説「ハイヒール・エレジー」

          「僕があの人に惚れたのは、多分ハイヒールのせいなんです。」 彼はなぜか申し訳なさそうな顔をしてそう言った。 傍から見るとまるで私が問い詰めているように見えやしないかと、私はそんなことばかり気にしていた。 その青年は私の母方の従弟なのだが、今年の春から私と同じ大学に通っており、時折様子を気にかけてそれを叔母さんに報告してあげている。 しかし、6月も半ばを過ぎ、蒸し暑さが洒落にならなくなってきたこの頃、彼は大学を休みがちになっているらしい。 彼の面倒を見ることに関して叔母

          短編小説「ハイヒール・エレジー」

          個人的曲紹介#2「あれよという間に・・/MSC」

          個人的に刺さった曲を見つけては紹介していく。 またHIPHOPになってしまった、、 第2回目の紹介曲「あれよという間に・・/MSC」 2003年リリースのアルバム「宿ノ斜塔」の収録曲 クラシックとモダンの中間というか過渡期のような時期の曲。 アウトロー系日本語ラップの中でもトップクラスの完成度を誇る名曲 MSCMSCは、新宿を拠点に活動するHIPHOPクルー(グループ)で、2000年に結成されたMS CRUを原型としている。 有名なのは中心メンバーである漢a.k.a.G

          個人的曲紹介#2「あれよという間に・・/MSC」

          個人的曲紹介♯1「噂だけの世紀末/いとうせいこう」

          個人的に刺さった曲を見つけては紹介していく記事である。 第1回目の紹介曲「噂だけの世紀末/いとうせいこう」 リリースは1989年、MESS/AGEというアルバムの収録曲でジャンルはHIPHOP。 日本語ラップにおいては、クラシックの中でも特に古い部類に入り、今日の日本語ラップに原型ともいえる名曲である。 時代 まずは時代背景について説明させていただきたい。この曲がリリースされた1989年というのは、いわゆるバブル経済の最盛期であった。世間は常にお祭り騒ぎの狂乱状態にあ

          個人的曲紹介♯1「噂だけの世紀末/いとうせいこう」

          短編小説「夏の影」・後編

           次に目を覚ました時、外はまだ暗かった。とはいえ、時間について後から知ったことで、実際に窓の外を確認したわけではない。起きた時は、窓はおろか時計を見ることすら考えなかった。そんな暇もなかった。理由は俺が目を覚ました原因にあった。  俺を起こしたのは、声だった。男がすすり泣いていたのだ。それも俺の隣で。  俺はベッドに対して、横向きに座った状態から体を倒して寝ていた。つまり足を床に着けたままで、体を起こせばベッドに腰かけている状態になる。俺の横で泣きべそを外でいる男はまさに

          短編小説「夏の影」・後編

          短編小説「夏の影」・中編

          今回の異変は「音」だった。それも足音だ。 昨日の靴なんか比にならないくらいに直接的に何者かの存在を主張していた。靴はあくまで何者かがそこにいた痕跡に過ぎなかったが、足音なんてものはもはや証拠不要の現行犯だ。 二日連続でこんなことが起これば、幻覚や幻聴ということもあるまい。 しかし今回はドアを開ける覚悟を決めるのにはそれほど時間はかからなかった。 勿論恐怖も緊張も十二分に感じていた。部屋の中から聞こえる足音からは、生身の人間を鮮明に感じる。体格や体重、そして何より感情を。

          短編小説「夏の影」・中編

          短編小説「夏の影」・前編

          今年も夏がやってきた。刺すような日差しは肌を焦がし、湿度と気温が意識を茹でる。必死に鳴いている蝉の声にも耳を傾けてやる余裕はない。 こんな季節なってくると思い出すことがある。あまりいい思い出とは言えないが、かといって忘れたい記憶というわけでもない。ただ思い出すたびに、こんなに暑く苦しい夏でも頭が冷め、正気を取り戻す。そんな記憶である。 その頃の俺は、新入社員として覚えたくもない仕事を必死に覚え、なりたくもない社会人になっていく日々にただ黙々と耐えていた。 自分の社会性を

          短編小説「夏の影」・前編