見出し画像

短編小説 人殺しの友人

人殺しの友人を持つとろくなことがございません。

いえ、当たり前なことと思うかもしれませんが、まあ聞いてください。

3年前のことです。私は何人かの友人を自宅に招いて食事会を開いたのです。
私を除いて3人、名前は島田、木村、吉岡、と言います。

ええ、3人のうちの一人が、一人に殺害されたのです。

その日はひとしきり食事と酒を楽しんだ後、まずは木村が、その後島田が、寝ると言って客室のある2階に上がり、私と吉岡はそのまま酒を飲み続け居間で眠りに落ちました。酒の強さから言って、そうなるのがいつものお決まりなのです。

そして翌朝、木村が客室で死んでいたのです。

どう死んでいたかというとこれは単純で、ネクタイをベッドに結んで首をくくって死んでいたのです。部屋のドアの鍵は開いていましたから密室というわけでもなく、その場の誰であっても出来たことに思えました。

探偵小説なんかでは、密室だとかアリバイだとかで誰にも実行不可能だといういうのが、いかにも難解な状況という風に書いておりますが、あれは間違いです。密室やらアリバイなどというのは言い換えれば、つまり犯人の存在を証明するものであって、その正体をつかむための何より大きな手掛かりにもなってくれるのですから。

本当に難しい状況というのは、そういう解くべき謎やらトリックの全くないときのことです。誰がやってもおかしくないところから誰かを選ぶときにこそ、探偵やら刑事やらの出番なんです。

そういうわけで私たちは警察に連絡をして、やがて腕利きらしい刑事さんが何人かの部下と共においでになったんです。刑事さんは部下に現場検証をさせている間、私たちの取り調べをしました。

アリバイはありますかとか、物音はしませんでしたとか、木村さんへの恨みつらみはありませんでしたかとか、私たちを疑っていることを隠しもしませんでした。

まあそれも無理からぬ話でして、刑事さんがこの件を殺人と決めたのは、現場の状況みてというわけばかりではなく、木村の職業からいってのことでしょう。彼はとある政治家の秘書をしていたのです。中々有名な政治家でして、おそらくあなたも聞いたことぐらいはあるでしょう。

まあ、そういう人間の手下が、楽しく酒を飲んでいた直後に首をくくって死んでしまったのですから、ただの自殺とは思えないのもうなづけます。

しかし、私たちはみな酒のおかげでぐっすりと寝ていましたということで、アリバイも何も証明のしようはありませんでしたし、恨みも何も、我々は年に数度会って酒を飲むだけの仲でしたから、心当たりはありませんでした。

これからどうなってしまうのかと思っていると、取り調べを終えた刑事さんは顎をさすりながら少し考え、2階の現場を見に行きました。私たちもすることはありませんから、刑事さんの背中についていきました。

それから刑事さんは発見した時の木村の死体の写真と窓の淵、それから窓の外を覗き込んだと思ったら、なんといきなり犯人が分かったと言い出したのです。

先ほど私は、木村の死んだ部屋は密室ではなく、誰でもできたことだったと言いましたが、刑事さんの言うことでは、実はそうではなかったらしいのです。あの部屋は密室だったのです。

刑事さんのいうことには、木村はドアに開閉センサーなんてものを設置していたとのことでした。ドアの開閉を通知すると共に携帯電話のアラームを起動させる仕組みになっていたらしいのです。そしてその通知を見るに、ドアの開閉は1度だけ、死体を発見した今朝の通知だけでした。

木村は自分の身に危険が多いことを承知していたのでしょう。寝込みを襲われないように、あるいは携帯電話かなんかを盗まれないように対策していたのです。そのおかげで夜木村が眠りについてから死体になって発見されるまで、その部屋は見事な密室になったのです。
そしてそれゆえに犯人は特定されたというわけです。

犯人の経路は窓しか残されていませんから、外の塀やら小屋やらを登り木村の部屋へ入り込んだということになります。2階へよじ登るわけですからどうしても音が出る。あの日は風もない静かな夜でしたから、そんなことをすれば起きてる人間は気づいてしまうでしょう。

ですので、犯行には全員が眠ったのを確認することが条件となりますから、最後まで起きていた私と吉岡が犯人の候補になりました。

そして刑事さんはそこまで説明した後で、犯人は吉岡だと言いました。

その理由は単純で、酔い方の差です。
先ほど取り調べをしているときに私と吉岡を見て、2階に登った上で人を絞め殺せるような余裕が私にあるようには見えず、逆に吉岡の方は不自然なくらいに元気だと感じたとのことでした。

私と吉岡の強さはだいたい同じはずですから、それはつまり吉岡が犯行のために酒を控えていたということになるというわけです。

吉岡は最初は反論しようとしていましたが、すぐにおとなしくなって刑事に連れられていきました。

この吉岡の逮捕で、事件は決着したのです。

しかしですね。それだけのことならば大したことではございません。まあ他人のことは分からないものだなと反省して終わりなのです。

私がわざわざにあなたにこの話をしているのは、ここからの話のためなのです。

先ほどの説明には嘘があります。3人のアリバイの話です。

木村が客室に戻った後、島田は部屋には戻りませんでした。私と吉岡と共に「打ち合わせ」をしていたのです。

それはいかなる打ち合わせか、決まっています。木村の殺害についてです。

私と島田は最初から木村を殺すために集まったのです。
木村の雇い主の力は非常に敵の多い人間でして、私たちも雇われて木村に近づいた訳です。

我々の計画していたやり方はもっと別でした。初めてのことではありませんから、わざわざ警察を呼んで大事にしないやり方は知っています。今回の肝はやはり吉岡なのです。

吉岡はもともと木村の雇い主である政治家の取引相手でした。世間には憚られる後ろ暗い取引の相手です。要するに吉岡と木村は、その政治家の秘密を共有する間柄だったのです。勿論表向きには赤の他人で、趣味とかで偶然知り合った体になっておりますが。

さて、私たちの雇い主はこれを知ると、当然吉岡にも狙いを広げました。木村が持っている秘密を彼も持っているかもしれませんから。しかし吉岡も殺したのではあまりに目立ちます。
だから私たちは、殺すのではなく懲役という形で社会から隔離してもらうことにしました。

あの夜、私たちの素性と計画を吉岡に打ち明けました。最初は何も知らないふりをして協力を渋っていましたが、時間をかけて脅してやるとおとなしくなり、犯人役を受け入れました。

そのあと木村を実際に殺したのは島田なのです。

木村が開閉センサーを付けて寝ることも、島田と私は木村について調べ回っていて知っていました。
島田は窓から部屋に入り木村を殺し、また窓から何もなかったように部屋に戻り眠りにつきました。

そして私は吉岡と居間に残り、吉岡に酒の量を調整させながら朝を待ちました。そのあとはご説明したとおりです。

これがこの事件の真実です。私の人殺しの友人というのは吉岡ではなく島田なのです。

そう、この島田が今まさに問題です。

依頼された仕事自体はうまくいったのですが、何を血迷ったのかこの島田は報酬について依頼主に文句をつけ始めたのです。
しまいには吉岡から聞き出した件の秘密を使って、脅しまで始める始末です。

依頼主も黙っていられません。こういう仕事は隠されてこそ意味があるのです。

さあ、本題です。私の依頼主は島田を殺せと依頼してきました。
しかし私一人では、確実に、とはいきません。

だからこそ、あなたなのです。

ご依頼です。ご協力いただけませんでしょうか?

私の友人として。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?