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個人的曲紹介♯1「噂だけの世紀末/いとうせいこう」



個人的に刺さった曲を見つけては紹介していく記事である。

第1回目の紹介曲「噂だけの世紀末/いとうせいこう」

リリースは1989年、MESS/AGEというアルバムの収録曲でジャンルはHIPHOP。
日本語ラップにおいては、クラシックの中でも特に古い部類に入り、今日の日本語ラップに原型ともいえる名曲である。

時代

まずは時代背景について説明させていただきたい。この曲がリリースされた1989年というのは、いわゆるバブル経済の最盛期であった。世間は常にお祭り騒ぎの狂乱状態にあり、誰もが熱狂的に日本の成長と発展を信じていた時代である。

そして当時の音楽、特にHIPHOPの主戦場はディスコであった。若者は毎夜毎晩ダンスフロアに集い、HIPHOPやラップミュージックで一晩中踊り明かしており、そこは日本におけるHIPHOPシーンの最前線といえたのだ。
80年代半ばに生まれたばかり日本語HIPHOPは、このバブル期の潮流に乗り、彼らにとって最初の隆盛期を迎えていた。

しかし、このころ主にディスコで流れていたのはやはり洋楽HIPHOPであった。日本語のHIPHOPはまだまだ脇役で、サブカルチャーのなかのサブカルチャーでしかなかったのだ。

そんな中でいとうせいこうは80年代前半からHIPHOPの模索を始め、85,86年には既に他の先人たちと共にHIOHOPのアルバムを制作していた。そして、自身の初めてのソロアルバムとして、音楽家のヤン富田の作曲のもと「MESS/AGE」および「噂だけの世紀末」をリリースした。

この曲でいとうせいこうは、浮かれ放題の世相とは対象の退廃的な世界観で10年先の世紀末を描写し、悲観とも嘲笑ともとれる表現をしている。
華やいでいく社会の中で、どこか流れに乗り切れないために募る世間への不満と虚無的な達観をHIPHOPの源流である反骨精神を借りて出力しているのだろう。
いとうせいこう独自のSF文学風の世界観が見て取れることからも、自身の感情や主観性の強いメッセージをこめた実験作であったことが見て取れる。

トラック

さて、時代背景を語ったところで、次は本題である曲自体の魅力について。この曲を聴いてまず心を奪われるのは、シンプルでありながら、耳を離れないトラックをだろう。ベースは優しい耳障りでありながら軽やかなメロディーで、いつまでも聞いていたくなる中毒性を持っている。そこにドラムがご機嫌なアップテンポリズムを乗せることで、自然と体を揺らし首を振ってしまうような軽快さが加わり、HIPHOPトラックの形を成している。また後半になるとピアノとコーラスが加わり、ラストにはサックスも加わることで情熱的な盛り上がりと共に曲が終わるため、最後まで飽きが来ず興奮したまま聴き終えることができる。

ちなみに、このトラックのサンプリング元はジャズの名曲「 Love Is Everywhere」であり、原曲はドラムの音がもっと控えめで、ピアノとベースの主張が強く、より複雑で奥行きのある楽曲になっている。
HIPHOPにサンプリング元にジャズを選んでいる曲が多いのは、やはり聞き心地の良さという観点において、ジャズの積み上げてきた技術と歴史はほかにジャンルと比べ頭一つ抜けているためだろうか。

チルアウトミュージック等、重低音を重ねたダウナーな曲風やBPMを高めたクラブミュージックが人気を高めている昨今では、この曲のように少ない音で作られるでシンプルなトラックは甚だ珍しくなってしまった。
しかし、それは決して曲が時代に置いて行かれたということではないと断言できる。

そのような曲は作曲方法や音の種類が格段に増えた近年で現れた今までになかった音響・表現技術を用いた音楽であり、音楽の進化における最前線である。人々が切磋琢磨して開発を続けるその最先端に注目や人気が集まるのは当然のはずだ。

しかし先端技術や最新の流行は、必ずしも過去の全てを否定するとは限らない。時流に「ダサい」と切り捨てられるものもあれば、「逆に」や「一周回って」という枕詞を着せられ救い上げられるものもある。それは別に最新曲に似ていていたり、流行のエフェクトを使っている必要はなく、むしろ対極に近かったりもする。「噂だけの世紀末」を含めた平成初期のクラシックに分類される日本語ラップは、まさにこれなのでないかと私は密かに期待している。

少し前に海外で日本の80年代シティポップが流行したことを覚えておいでだろうか。これが何故かについては明確な答えがあるわけではない。シティポップの中に、かつて日本人が模範とした70年代の洋楽への郷愁を見出したのかもしれないし、単に聴きなじみのない音が珍しいだけかもしれない。しかし日本で廃れたはずだったスタイルがほんの少しの間だが確実に、再び日の目を浴びたのだ。

そして日本の音楽シーンはPOPsにおいてもHIPHOPにおいても同様に海外、主に米国のシーンを追随する傾向がある。これも何かしら複雑なメカニズムが働いているのか、単に日本人のミーハーさが災いしているのかは私にはわからない。しかし事実、チルアウトミュージックなどのジャンルのすでに米国で大流行したのちに日本で流行し始めた。

あくまで希望的観測の域を出ないが、以上のことを踏まえると、クラシック日本語ラップにも再び日の目を浴びる可能性は十分にあるではないか?
重厚で複雑な曲が流行っている現状も、郷愁と聴きなじみのなさを両立している特徴も前例も前例に沿う条件がそろっているだろう。

無論、これは私自身の期待と欲望が大いに、というか半分以上混ざっていることは否めない。しかし私が一昔前の日本語ラップに魅了されているのは確かであり、私の布教活動の先に、この希望的観測の実現を見ることができれば幸いである。

詩(リリック)

話を曲にもどして、トラックに関しては実際に聞いてみてもらう他ないため、ここからは詩(リリック)について語らせてもらいたい。

先ほど説明したとおり、この曲は1989年発表でありながら、曲中の視点はそれよりずっと先である。
具体的には歌詞に「2001年に誰もが思った。こんなことならやっておけた」とあるため、時系列的な視点は2001年以降、つまりリリースの12年以上未来を想像し歌っているのだ。

「想像」と言ってしまえば、ずいぶん幼稚な行為のように聞こえてしまえば、高尚に言い換えれば未来予想ともいえる。それもただの予想ではない。「面白い」未来予想、つまりはSFだ。そう、この曲は紛れもないSFなのだ。SFの定義については諸説あるが個人的には、SFの条件は「予想」であることと「面白い」だと考えている。

例えば、政府の発表する2050年までの日本の人口動向予想はSFではない。
綿密な計算と調査がなされた非常に高品質な「予想」ではあるが、そこに「面白み」はない。勿論この世のどこかには面白いと感じる人もいるだろうが、それはごく少数であるはずだ。
それはなぜかと言えば、そもそもその予想を立てた作者自身が面白くしようとなんて思ってないからだ。彼らが考えているのは正確さと整合性を高めることであり、それを見た人間を驚かせようとかワクワクさせようとかなんてことはどうでもいいことなのだ。

つまるところ「面白さ」とは作者自身が面白がりながら作り、読者にもまた面白がってほしいと願って作られているかということだ。

もう一つ例えを出せば、「ワンピース」はSFではない。
これは文句なしに「面白い」作品だ。もはや日本を代表する漫画であることを世界中の人間と数字が保証しており、作者本人の面白いものを作ろうという願いの元で作られてる。
しかし「予想」ではない。過去何万年を遡ろうと、地球上でグランドラインと4つの海が形成された記録はないし、今後何千年経とうと、悪魔の実が誕生する可能性は今のところない。確かに想像であることには変わりはない。しかしその想像の末端が、現在私たちが生きる現実とつながっているかどうかが、SFとそのほかのフィクションとを分けるの違いとなるのではないか。

前述で私はこの曲をSF文学と称した。SFであるだけでなく文学的なのだ。この場合の文学的というのはつまり、描写が主体であるという意味だ。直接的なメッセージは少なく、ただ情景と世界観を見せつけることで解釈の大部分を聴く側にゆだねている。別にそれが文学特有の手法だとか文学の本質だとかいうつもりはないが便宜上そう呼ばせてもらいたい。

メッセージ性の強さはJpopの全体的な傾向の一つだと思う。ラブソングにしても応援ソングにしても会話調で、聞き手に語り掛けるような歌詞が非常に多い。これは悪いことではない。一つのメロディに乗せることのできる文字数の少ない日本語で、情景や感情を伝えることに適応した結果なのかもしれないし、音楽や詩の原型が神話や信仰にあるとすれば、他者との交信を念頭に作るのはむしろ正しい方法かもしれない。
そしてHIPHOPにおいても現在その傾向が強くなっているように思える。HIPHOPを聞く人口が増えたことでより感覚的に理解しやすい歌詞が求められるのは必然で、これもまた悪いことではない。

しかし私はこの曲のような文学的な歌詞にこそ、日本語HIPHOPのさらなる独自性があるのではないかと感じる。ラップは一曲に込められる文字数が多く、今までのJPOPにはできない表現ができるだろう。その証拠に、日本語ラップの創成期に作られた実験的な楽曲に直接的なメッセージや感情の吐露は少なく、状景の描写を主としており、広がった詩の裾野をいかに活用するかを模索しており、この曲もその一曲である。

締め

以上、「噂だけの世紀末/いとうせいこう」の紹介でした。ご高覧ありがとうございました。
なんとなくお判りいただけたかもしれないが、クラシックJRAPが非常に好きです。今後も似たような曲を紹介するかもしれないので、お好きな方はお愉しみに、お好きでない方はご容赦いただければ幸いです。
ジャンルにはこだわらずPOPsやらフォークやらも紹介したいので、できればそちらもご期待ください。
長々と自己満足の一人語りにお付き合いいただきありがとうございました。





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