鉄道の歴史は想いの歴史。国立鉄道博物館 (イギリス縦断の旅-18)
こんにちは。ゲンキです。
イギリス旅行記第18回は、ヨーク・国立鉄道博物館編をお届けします。
~旅の概要~
普段から鉄道に乗って旅をしている僕は、鉄道が生まれた国であるイギリスを巡ることにした。本土最北端の駅「サーソー(Thurso)」から本土最南端の駅「ペンザンス(Penzance)」を目指す、イギリス縦断の鉄道旅。ここまでたくさんの人や風景に出会ってきたが、旅はまだまだ終わらない。今日も何かが僕を待っている。
(2023年3月実施)
10:50 Saltburn-by-the-Sea
鉄道大好きな僕が鉄道の祖国・イギリスを巡る旅も、もう7日目に突入している。
今日はここから南へ下り、ヨークという街を訪れる。ヨークには世界的に有名な鉄道博物館があり、その規模はなんと世界最大級。そんな僕のためにあるような施設、行かぬわけにはいかない。というわけで列車に乗って出発。
ソルトバーンを出てしばらくすると、車掌さんが検札にやって来た。
「どこまで行くの?」と聞かれて「ヨークの鉄道博物館に行くんですよ」と答えると、「あそこは良い場所だよ!楽しんでね!」と太鼓判を押してくれた。やはり鉄道業界では名の通った場所であるようだ。
ところで、僕は最近変な感覚に陥っている。
なんだか自分がもともとイギリス人だったような気がしてきた。
いやなんでやねん。普通に日本人、しかも関西人やわ。ただずっと英語に浸っていたせいか、自分の内側に英語を喋る「もう一人の自分」が形成されている感覚がある。「僕はゲンキ」と「I am Genki」。どっちが本当の自分だっけ……なんてことすら不安になってきた。あまり深く考えないことでギリギリ自我を保っている。
12:20 York
ソルトバーンから1時間半、ヨーク駅に到着。大きなドーム形の天井から日光が差し込み、列車の騒音やアナウンスの声が絶え間なく反響している。幹線上の主要駅であり、利用者もかなり多い。
13:15 National Railway Museum
駅から少々歩いて国立鉄道博物館にやってきた。一応ネットで入館予約をしておいたので、確認画面をエントランスで提示して中に入る。ちなみに入場料は無料。
エントランスから階段を降りていくと、大屋根に支えられたメイン展示空間「グレートホール」に出た。目の前ではさっそく蒸気機関車が出迎えてくれている。家族連れの子供たちが機関車の間を楽しそうに走り回っている様子は、日本の鉄道博物館とも変わらない温かな光景だ。
ここからはひたすら鉄道に関する展示を眺めてはその魅力に惚れ惚れするだけのオタクタイムである。ただ読者の皆さんが全員鉄道好きとは限らないだろうから、ここでは僕が特に面白いと思った展示に絞って紹介していこうと思います。
EVENING STAR
1960年製造、イギリス国鉄92220号機「イブニングスター号」。イギリス国鉄に向けて新造された最後の蒸気機関車で、それを記念して命名・特別塗装が施された。
しかしイギリス国鉄の蒸気機関車廃止計画に伴って、イブニングスター号は運用開始からわずか5年後の1965年に早々と引退することになる。もちろん耐用年数には全く達しておらず、美しい容姿や高性能さとは裏腹に非常に短命な機関車であった。今でもその静かな佇まいや表情から哀愁を感じずにはいられない。
Rocket (レプリカ)
1830年に開業した世界最初の旅客鉄道「リバプール&マンチェスター鉄道」で活躍したロケット号の復元車両。ロケット号は蒸気機関車における設計の基盤を確立した始祖的な車両で、後に世界中で製造されたほぼ全ての蒸気機関車はこのロケット号に倣った基本構造を採用している。
ちなみに先日シルドンの博物館で見たものがオリジナルで、こちらのレプリカは鮮やかな黄色に装飾されている。この復元ロケット号は動態保存されており、イベントなどでは客車を牽いて走行するそうだ。
George Stevenson
「鉄道の父」と呼ばれた技術者、ジョージ・スティーブンソンの像。息子のロバートと共に、蒸気機関車の実用化から鉄道の普及にまで大きく貢献したことで知られる。身近なところで言うと、日本の新幹線や主な私鉄の線路幅「1435mm」もジョージ・スティーブンソンが初めて採用したもの。これは世界標準軌と呼ばれ、現在ではその名の通り世界中の国々で共通して用いられる軌間幅となっている。
Q1
1942年製造、サザン鉄道のQ1形・C1号機。戦時中に設計されたため、極限まで無駄を削った簡素なデザインなのが特徴。そのため見た目が幽霊っぽくて若干怖い。剥き出しの車輪やのっぺらぼうのような顔面が見る者を不安にさせる。
走行性能は問題無かったものの、あまりに不気味だったので「フランケンシュタイン」などと呼ばれて嫌われたらしい。かわいそう。
PET
グレートホールに展示してある車両の中で最も小さい機関車、ペット。これでもちゃんとした蒸気機関車で、1865年から1929年まで鉄道工場で部品の運搬用に使用された。遊園地の乗り物のような見た目と印象通りの名前が相まって、とても可愛らしい機関車だ。
Eastern Counties Railway Coach
1851年製造、イースタン・カウンティーズ鉄道の一等客車。つっつくだけで崩れそうなほど年季の入りまくったこの客車は、現存する世界最古級の鉄道車両の一つ。多くの同型車は引退後スクラップにされた中、現役期間50年、さらに保存期間120年という長い長い時を超えて現在まで生き残った。鉄道最初期の面影を伝える、とても貴重な遺産である。
MALLARD
さて、こちらが当館の目玉展示。
その名はマラード号、世界最速の蒸気機関車だ。
1938年製造のロンドン&ノースイースタン鉄道4468号機、マラード号。
その特徴は、なんと言っても圧倒的なスピード。空気抵抗を減らす流線形の車体や直径2メートルの大型動輪、動力伝達が安定する3シリンダー構造などを取り入れた設計で、通常時でも時速160kmでの運転が可能だった。そして1938年7月3日の試験走行で、蒸気機関車の世界最速記録「時速203km」を樹立。以降その記録は破られることなく、今も世界最速の座に君臨し続けている。
本物のマラード号を見て一番感動したのは、その塗色があまりにも綺麗だったことだ。青とも緑とも言えるような、絶妙な深い色。高貴さと新しさを同時に感じさせる素晴らしい色合いだと思う。
Duchess of Hamilton
青色を纏うマラード号の隣には、対になるようにして赤色の蒸気機関車が展示されている。
こちらは1938年製造、ロンドン・ミッドランド&スコティッシュ鉄道の6229号機、ダッチェス・オブ・ハミルトン号。この機関車は1939年に船で北米大陸へと渡り、到着地のボルチモアからワシントン、シカゴ、ボストンなどを経由してアメリカの線路を走行。その後ニューヨーク万博に展示され、1943年にイギリスへと帰還。営業列車として活躍した後は一度スクラップの危機に晒されるも、愛好家の手によって保存され今に至る。
Duchessとは「公爵夫人」の意味。英語の解説文でも「She」と呼ばれていることから、この機関車の性別は女性らしい。青のマラードと赤のダッチェスは、ともにロンドン〜スコットランド間の速達列車担当機として競い合う存在だった。その2機が今こうして横に並んでいるのは、まさに夢のコラボ的な熱い共演なのである。
Shinkansen ‘Bullet Train’
我らが日本の新幹線0系。
これはJR西日本から2001年に寄贈されたもので、現在日本国外に存在する0系はこれを含めて2両のみ(もう一つは台湾)。鉄道の生まれた国で日本の新幹線を展示してくれているというのは、なんだかとても誇らしいことだ。
1964年開業の東海道新幹線でデビューした0系は、世界で初めて時速200km以上での営業運転を実現した車両。1986年まで改良を重ねながら製造が続けられ、2008年に全車引退。日本の復興を世界中に印象付けた、名車の中の名車である。
こうして海外で新幹線を目にすると、やはり日本の鉄道技術はものすごいんだなと実感する。確かにヨーロッパからすれば、ボロボロになったアジアの島国で時速200kmの高速鉄道が開業するなんて度肝を抜かれるような大ニュースだっただろう。日本へのリスペクトが伝わってくる展示だ。
KF7
1935年製造、中国の鉄道向けに輸出されたKF形蒸気機関車の7号機。これは1981年に中国政府から寄贈されたもの。
側を通りかかった家族連れのお兄さんが、この機関車を見て「ポーラーエクスプレスみたいだね」と言っていた。ポーラーエクスプレスとは、和題「急行『北極号』」として知られる名作クリスマス絵本のこと。主人公の少年がクリスマスイブに家の前にやってきた急行列車に乗って、北極のサンタクロースに会いに行く物語だ。もちろん僕もこの絵本を読んで育った一人である。
少々話が逸れたが、このKF7、異常にデカい。さっき見たマラード号より二周りは大きい。どこか一部分が大きいのではなく、全てが大柄である。
車体を見上げると、なんと運転室の床が僕の背丈よりも高い位置にある。質の悪い石炭と水でも高出力が出せるよう設計されたとのことだが、こんなにデカいのはそのハイパワー仕様のためなのだろうか。
KF7がイギリスに寄贈された際、あまりにデカすぎてイギリスの線路を走らせることができず、線路幅は合っているのにわざわざ道路の上をトラックで運んだという逸話まで残されている。
Eurostar Class 373
ドーバー海峡を越えて、イギリス〜フランス・ベルギー・オランダ間を結ぶ国際列車ユーロスター。その先頭車もここに保存されている。
初代車両のクラス373はイギリス・フランス・ベルギーの共同開発で、乗り入れ先の3ヶ国それぞれの電源・保安システムに対応。高速性能も申し分なく、最高時速300kmでロンドン〜パリ間もたったの2時間強で走破してしまう。
僕としてはユーロスターといえばこの黄色い流線型のイメージなのだが、現在は老朽化によって紺色の新型車両に代替わりしつつあるらしい。今回はイギリスだけの旅なのでユーロスターには乗れないが、この先いつか乗ってみたい列車の一つだ。
HST InterCity 125
インターシティ125は、1976年にデビューしたディーゼル高速列車。「High Speed Train」の頭文字を取ってHSTとも呼ばれる。
最高速度は時速200kmで、「125」はこの速さ(時速125マイル)に由来している。HSTによってイギリスの鉄道は格段に高速化され、交通の充実と発展に大きく貢献した。登場から50年近くが経過して引退が進んでいるものの、スコットランドなどの地方路線では今でも現役で活躍している。
一通り車両の展示を見終わったので、その他の展示室へ。訪問時は改装中で入れないエリアも多かったが、他にも整備工場、屋外展示スペース、本物の駅のような展示室などがある。
こちらは鉄道関連の様々な物品を保管しているエリア。食堂車で使用された食器、信号、模型、エンブレム、駅名標、時計、よくわからない装置などなど、無数の鉄道アイテムが足元から天井までぎっしり陳列。重度のマニアならここだけで1日過ごせるだろう。
最後に、グレートホールに併設されているカフェでコーヒーとブラウニーを頂いた。列車を眺めながら甘いものを食べられるとは、なんて素晴らしい場所なんだろうか。
17:15 York Station
3時間たっぷり鉄道の歴史に浸って、ヨーク駅に戻ってきた。まあ懲りずにまた列車に乗るんですが。
次の目的地は首都ロンドン。その先さらに列車を乗り継いでイングランド南西部、コーンウォール地方を目指す。
これから乗るロンドン&ノースイースタン鉄道(LNER)は、ロンドン〜スコットランド間で高速列車を運行する名門ブランド。僕が座席を予約した列車までは少々時間があるので、それまでヨーク駅の様子を観察してみる。
LNERの列車がやってきた。列車の顔には「AZUMA」と書いてあるが、これはそのまんま日本語である。最新型車両のクラス800系列は東洋・日本の日立製作所が設計したものなので、それにちなんで「東(あずま)」の愛称が付けられているのだ。
クラス800系列には電車タイプと電車/ディーゼル両用タイプがあり、どちらも最高速度は時速200km。125年前にイギリスから日本へ輸入された鉄道の技術が、今では日本からイギリスへ逆輸入されている。技術の進歩ってすごい。
列車に乗って行く人と見送る人が、ハグをして別れを惜しむ。やはりイギリスの人々は日本人よりも感情表現が豊かで、こうした愛ある光景がホームのあちこちで見られた。
先行の列車が去り、僕が乗る列車の情報が掲示板に表示された。17時59分発、ロンドン・キングスクロス駅行き。
途中停車駅はなく、終点キングスクロスまで2時間ぶっ通しで走行する。速達便になればなるほど乗客も多いようで、ホームにはだんだんと人が増えてきた。
ついに、僕が乗るロンドン行きの列車がホームにやって来た。ホームの乗客たちも慌ただしく荷物を担ぎ上げて、列車に乗り込む準備をする。
ホームを行き交う群衆の中、列車に背を向けてキスをする恋人たちがいた。
二人は笑っているが、その笑顔はどこか寂しげだ。おそらく遠距離恋愛なのだろう。お互いを心配して言葉をかけ合う二人の笑顔には、切なさと愛が溢れている。見ているこちらまで胸が痛むようだった。
駅は人が出会い、別れる場所だ。
列車に乗る人、降りる人、迎える人、送る人、通り過ぎる人。それぞれに人生のドラマがある。それはどこの国でもいつの時代でも変わらないのだ。
鉄道はただの乗り物、機械だと言えばその通りである。ただ、僕が思う鉄道の良さとはそこに人の想いがあるということだ。それを体感したくて、僕は鉄道で旅をしている。ヨークで鉄道の歴史に触れて、鉄道の歴史とは「会いたい」「届けたい」という思いの歴史なのだと思った。
さて、もうすぐ発車の時刻だ。急いで列車に乗り込もう。
つづく
あとがき
今年中にこのシリーズを終わらせるつもりでしたが、結局終わりませんでした……。ただ、着実に終わりに近づいてはいます。イギリス旅行記は、残り6本ぐらいで完結する予定です。といってもまだまだありますが……。たった10日ほどの旅をまとめるのに半年以上かかっているのに、今まで読んでくれている皆さんには感謝しかありません。来年も引き続きよろしくお願いいたしします。
【次回予告】
第19回は西の果てへ向かう夜行列車「ナイト・リビエラ・スリーパー」編をお届けします。お楽しみに。
それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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