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【本屋めぐり日記】ちいさい自分と出会う

5日間の学芸員実習が終えた。
一気に肩の力が抜ける。

授業が終わった時、本屋に行きたくなる。
ご褒美とかじゃなく、たくさん人と話したから、今度はひとりになりたいんだと思う。

行ったことのない本屋に行きたくて「古本-雲波」へ行った。

入ると、立ち並ぶ本棚の向こうから「ごゆっくりどうぞ〜」と声をかけられた。顔をあげると、店主らしき女性が棚の間から顔をのぞかせていた。
とっさに私も会釈する。こっそり入ったから怪しかったかもしれない。

店内を一周した頃、カウンターの奥から男の子がととと、とやってきた。
お孫さんのようだ。
棚に本の山をどさっと置くと、一冊一冊手にとっては、「おばあちゃーんこれはどうすんのー?」と聞く。小さなスタッフさんらしい。

「これはー?」に店主の方が「んー?」と返す。
ちょっと経つとまた「これはー?」と聞く。
大人のそれじゃない、間延びした高い声が(失礼ながら)可愛い。

お二人のやりとりが、あ、なんかに似てると思った。
何か思い出しかけた。けど、すぐにはわからなかった。


悩んだ末『サキ短編集』をレジに持っていった。
すると帰り際「よかったらどうぞ」と、折り紙のしおりがたくさん入った箱を差しだされた。
せっかくなので、ピンク色のをひとつ選ぶ。
すると店主の方がふふふっと笑って「ふたつでも、みっつでもいいのよ」と言われた。

かわいい。

そんなやりとりに、ああ、と気がついた。
思い出しかけたのは、小さな自分だった。


10年前、わたしもまた、駄菓子屋の孫だった。
祖父母が駄菓子屋を経営していた。物心ついた頃にはカウンターのそばで、おばあちゃんとお客さんが喋っているのをぼーっと見つめていた。

おばあちゃんは私に甘かった。
店頭に並んでいる駄菓子は全部食べていいと言われた。
鵜呑みにしてあとでお母さんにしっかり怒られた。

手伝おうとして瓶を一度に10本割った。
おじいちゃんに軽く叱られたけど、おばあちゃんは笑って許してくれた。

おじいちゃんが亡くなって、商品の仕入れができなくなったため、
お店は閉めることになった。
荷物をまとめて段ボール箱だらけになった店内を見て、
幼いながらに何か、大事なものが終わろうとしているのがわかった。

一昨年、おばあちゃんが亡くなった。
正直、おばあちゃんと最後に話したのはいつだったか、覚えていない。
亡くなる数年前は両親が面倒を見ていた。認知症だったらしい。老人ホームと実家を行ったり来たりしていた。

一方、私は大学に合格し、上京したところだった。
ショックを受けないように両親が意図的に会わせなかったのかもしれない。認知症がどれくらい進行していたのか、私はなにも知らない。死因も知らない。

「あのお家、買い手がついたの。もうひとん家だからはいっちゃダメだよ」
年末、実家に帰ったとき母に茶化された。
そんなことしないよ、と笑って返しつつ、あの家が別の誰かのものになるのは変な感じがした。

おじいちゃんが死んで、おばあちゃんも死んで、
あのお店のにおいを覚えているのはこの世で私だけかもしれない。
ものすごく怖いことのように思えた。



「またいらしてくださいね」
はいった時と同様に、本棚の隙間から声がした。軽く会釈をして、本屋をでる。

あの男の子はいつ、店主さんの背を追い越すんだろう。

私が今日、しおりをもらったことを忘れたくないように、
おばあちゃんの駄菓子屋のことも、誰か、覚えているだろうか。

変わらないことの方が少ないこの世界では、
流れに逆らって止まっていい瞬間がある。

人生が一冊の本だったとき、
しおりをはさむのは今日だ、という日がある。

今日だったんだと思う。

たまにこうして、小さな自分に会いに行こう。
知らぬ間に死んでしまうほど、脆い子だから。


その日、私は小さな自分に出会った。


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