見出し画像

魚の骨が刺さった、二の腕に。殺される、と思った。【ちえちゃん Part3】

 私は死んでから、生きている人間への後ろめたさなるものを感じる事になった。私は世界から吐出した存在となり、外へ出てせかせかと歩いている人などを見ると、本当にそれを感じることができた。それで私は本当に死んだのだなと実感した。それなのに何故か、私はちえちゃんに近づいているとは思えなかった。むしろ遠ざかっているような気さえした。ちえちゃんは一体、どこへ行ったのだろう。私の部屋にはどんどん食べ物のカスや、洗い物やゴミや洗濯物が増えていくばかりなのに、ちえちゃんのアトリエに絵が増える事はもうない。

 飯や遊びの誘いは、初めのうち受けていたが、結局間際になって行けないと連絡をする羽目になった。死亡診断書が出てからは、それらも初めからきちんと断ることができるようになった。死んでいるのだから、行けるわけがないのだ。けれど身体は一応動くので、そのような業務連絡は窓口として私の右の指先が率先して行った。

 ちえちゃんのお兄ちゃんのこうちゃんから連絡があったのは、私が死亡してから3週間後のことだった。電話には全て出ないことにしていたので、留守電を聞いた。こうちゃんは小学生の頃はよく、ちえちゃんの家に遊びに行った時に一緒に遊んだ記憶があった。穏やかで、その時から既に聡明な雰囲気があったが、県外の有名大学に入学し、研究者として働いていると聞いていた。
「きょうちゃん、ちえの葬式ぶりだね、仕事を辞めたと聞いたけれどその後どうだい、ちえの絵でなんとか個展を開こうと思っているんだ、きょうちゃんにも協力してほしいと思っているから、これを聞いたら連絡をくれるかな?」
私が仕事を辞めたという情報は早くもこうちゃんの耳に入っているようだった。ちえちゃんの個展。なんて素敵なのだろう。もう壊れてしまったと思った、涙のダムに残っているはずのない水が、どこからか、私の経験上おそらく目から、流れて、頬が濡れていた。けれど私はもう3週間前に死んでしまっていた。生きていれば必ず協力したかった。けれど、けれど私はもう、私が知る限り最も私のことを理解している名医に死亡診断書を出してもらっていたし、お風呂にも入っていないし、髪もこんなだし、そもそも鏡すら見ていないんだから。とにかく、少なくとも今は外に出れるような状態ではないし、私はもう何もできないし、何をする必要もないのだ。ちえちゃん、そうだよね?もう要らないんでしょ?

 それからどのくらい経ったのかわからないが、連絡の取れない私にこうちゃんはちえちゃんの個展に関する進捗を留守電に入れてくれるようになっていた。その度に私は寝れないという感覚に陥った。そもそも何時に起きて何時に寝るというものもないので寝るも寝れないもないのだが、寝ようかなと思った時にねれないのだ。夜が来ても、朝になっても、どうしよう、と不安になって寝れないのだ。どうするも何も、私は死んでいるのだからと言い聞かせても、なかなか眠りに落ちることができなかった。それも暫くすると発作が落ち着くのと同じように薄れ、また何事もなく眠れるようになった。後はただ、本当の死を待っていればよかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー

Part3は以上です!初めましての方は下記リンクから!この記事は前記事【ちえちゃんPart2】の続きです。
https://note.com/genkinamaigo/n/n9922fad22a02

今回はこうちゃんという人物が登場してきました。これまた、キャラクターとは全く関係ありませんが、溺れるナイフという映画の菅田将暉さんが演じている役名から取りました。適当ですね。笑 こんな風に思いついた名前を適当に使っています。映画はよく見るので、そのうち皆さんが好きな映画の主人公も出てくるかもしれません。

それではPart4もお楽しみに!

小出


この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,955件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?