岩間 玄(映画監督)

1966年生まれ。在京テレビ局に入社後、20年以上番組を企画・制作。ギャラクシー賞・ATP賞等受賞。今回、写真家・森山大道さんを追った劇場用ドキュメンタリー映画を監督させて頂くことになりました。映画の舞台裏や、本編に入りきらなかった大道さんの姿をお伝えしていきたいと思います。

映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉖ ~長者ケ崎に行ってみませんか?

一卵性双生児…大道さんと中平さん中平卓馬。大道さんの”魂の聖域”。
大道さんと中平さんは
「一卵性双生児」とからかわれるほど
いつも一緒でした。
しかし中平さんはある時病に倒れ、
それまでの記憶と言葉をすべて失ってしまいました。
記憶を失ってからの中平さんは
大道さんのいる場所に出没しては
アポロキャップを前後逆にかぶり、
首からカメラをぶら下げて
ニコニコとしていたそうです。
森山大道さんと過ご

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ありがとうございます。大道さんは、話題の宝庫です。
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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉕ ~大道さんの魂の聖域”中平卓馬”

"中平卓馬"という聖域大道さんとの会話に
その人の名を軽々に持ち出すのはためらわれました。
なぜならそれは大道さんの
魂に関わることかもしれないと思ったからです。
2015年に亡くなったその人の名を、
中平卓馬さんといいます。

中平卓馬さん。
大道さんと同い年、1938年生まれ。
25歳で知り合った無名の二人は、
互いに強く魅かれ合うものがあり、
青春を共に過ごしました。
そしてその後共に写真家

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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉔ ~「今現在の森山大道」を描くこと

ドキュメンタリーの定石からの逸脱「にっぽん劇場写真帖」の一点一点を
照合検証し、再構築していく。
そんないわば”森山大道解体計画”は、
大道さんの深い深いところに
立ち入っていくことになりました。
そしてついには大道さんの”魂の聖域”にまで
足を踏み入れるようになっていきました。

僕は興奮していました。

この映画は「写真家の記録映画」ではなく
「写真家の魂の物語」になるに違いない。
僕はそう確

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ありがとうございます!頑張って書いていきます。
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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉓ ~それは息詰まる攻防戦だった

森山大道を未来に伝えていく日本写真史に燦然と輝く名作
「にっぽん劇場写真帖」が
いつ、どこで、どのように撮られたのか。
その聞き取り調査は、
森山大道という存在を未来にきちんと
伝えていくためにどうしても必要な作業なのだ。
そう編集者の神林さんは言いました。

膨大な写真を撮ってきた大道さん。
しかしそのネガフィルムや
オリジナルプリントは相当数散逸しています。
撮影データを含めたアーカイブ作業は

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ありがとうございます!森山大道さん、最高ですよね。
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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉒ ~グラグラの映像でそれは始まった!

「にっぽん劇場写真帖」いつ、どこで、どのようにその瞬間は、不意に…唐突に訪れました。
いえ、正確に言えばこうです。
編集者・神林豊さんは
まるで世間話の延長のように装いながら、
実は明確にタイミングを狙いすまして
こんな風に切り出したのです。

「…森山さん、例の『にっぽん劇場写真帖』なんですけどね。
【いつ】【どこで】【どのように】撮られたのかを…
一点一点、全部聞いていきたいわけですよ」

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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉑ ~伝説復活、ついに計画は動き出した

映画の背骨「にっぽん劇場写真帖」復活計画1968年に出版された森山大道さんの
伝説的写真集「にっぽん劇場写真帖」。
実物は手にすることが困難なこの傑作を、
50年ぶりに新たに世に問うプロジェクト。

何と掲載された全149 点の写真、
その一点一点が
【いつ】
【どこで】
【どのように】撮られたのかを
大道さん本人から直接聞き出し、
「にっぽん劇場写真帖~決定版」として
新たに出版するというのです

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ありがとうございます!映画もぜひぜひご覧ください。
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