映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑮ ~大発見⁉森山大道は何とカメラの…
スナップワークに追いつかない!
森山大道さんのスナップに同行させていただき
ムービーカメラを回し始めた僕でしたが…。
早くも壁にぶち当たっていました。
大道さんのスナップワークに
僕のムービーワークが追いつかないのです。
コンパクトカメラをプラプラさせながら
悠然と街を歩く大道さん。
何かに反応し、
そこにスーッと近づいていきます。
「お、きたきた」と
ビデオカメラを起動させる僕。
しかし、僕のカメラが立ち上がるのに3~4秒。
その間に勝負は終わっているのでした。
「全然、間に合わないぞ」と
焦る僕を置いて
大道さんはスタスタと
次の獲物に向かって歩みを進めます。
まさか大道さんに
「すみませんが…
もう少しゆっくりスナップしてもらえませんか」と
言うわけにもいきません(当たり前です)。
こりゃどうしたものか。
途方に暮れる中、
僕はある日
重要なことに気づいたのです。
それは…コロンブスの卵的な大発見でした。
そしてその大発見は
僕の撮影において
まさにコペルニクス的転回をもたらす
大きな気づきでした。
大発見!森山大道はカメラの…
大道さん、
コンパクトカメラ(ニコンクールピクスS7000)の
ハンドストラップに右手を通し、
カメラ自体を
プラプラプラプラぶら下げています。
「へぇ、
がっちりホールドするんじゃなくて
こんなにラフにぶら下げて
街を歩くんだ。」
そしてここぞという瞬間
すっとカメラを構えパシャッと撮っては
またプラ~ンとぶら下げるのですが…
むむ?よく見ると大道さん、
カメラのメインスイッチを
オンにしたままではありませんか!
何と大道さん、
ニコンクールピクスS7000の電源をオフにせず、
つねにオンにした状態で
ぶら下げているのです!
当然、液晶画面は点灯したまま!
レンズが本体から飛び出したままです。
プラプラプラプラ。
突然パシャっとやって
電源は落とさずにそのまま
プラプラプラプラ。
路上スナップはつねに臨戦態勢
喫茶店で一服休憩しているときに
僕は興奮して大道さんに尋ねました。
「だ、大道さん!
カメラの電源って入れっぱなしなんですか?」
大道さんは、煙草の煙を吐き出しながら
不思議そうな表情で僕の方を見返し、
さらりと言うのでした。
「え、そうですよ。
なんで切らなきゃいけないの?」
え、なんでって…。
「だって電源入れてカメラ立ち上がるの
待ってられないじゃん。
こっちは見た瞬間に、
もう今すぐ撮りたいって思うからさ、
そこから電源入れて何して、とか
まどろっこしいじゃない」
何と!
「路上スナップだから
つねに臨戦態勢じゃないとさ。
いや、単にせっかちなのかもしれないけど(笑)。
そんないちいちカメラの都合とか
待ってられないよ」
おお!
僕は喫茶店のテーブルの下で
膝を打っていました。
路上スナップの帝王・森山大道は
常にカメラの電源を入れっぱなしにして
お、と思った瞬間には
常にシャッターが切れる状態にしているのでした。
そうか、そうだったのか。
そして考えてみれば大道さんの生理からすれば
当然の話でした。
「欲しいものは肉眼レフカメラ」
大道さんは昔からインタビューや対談でも
「欲しいものは何ですか?」と尋ねられると
「”肉眼レフカメラ”(笑)。
僕が目でチラチラ見たものが
全部写っちゃうような(笑)」と
冗談混じりに答えていました。
目でチラチラ見たものを全部写してしまいたい。
そんな人がいちいち
カメラの電源を切って、入れて、また切って、
などというまどろっこしいことを
するはずがありません。
森山大道はカメラの電源をオフにしない。
25年前に僕が密着同行を許されたときには、
こんな重大な事実に気が付きませんでした。
なぜなら…
当時の大道さんのカメラは
アナログだったからです。
当然背面に液晶画面などついておらず、
電源が入っているのか入っていないのかは
遠目からは判別しにくかったのです。
でも今ははっきりと分かります。
大道さんがぶら下げるカメラの背面の液晶画面は
常時煌々と光を放ち、
レンズは常に前面から飛び出しています。
いつでも撮影OKな状態です。
そうですか、そういうことですか!
だったら…
と僕は発想を大転換しました。
僕のカメラも
いちいち電源を切っているわけにはいきませんね。
ビデオカメラの起動なんか待ってられません。
大道さんが常に臨戦態勢なら
僕もまたそうすればいいのです。
いちいち電源をオンオフなんかせずに
ずっとオンの状態で
大道さんの後ろをくっついていればいいのです。
何だ、シンプルなことじゃないか。
こうして僕は最初の壁を乗り越えました。
これ以降、僕は大道さんの密着をする際
ビデオカメラの電源を常時入れっぱなしにして
撮影に臨むことになったのです。
ただ僕の発想の転換のその代償は…
大容量のバッテリーを
何個もリュックに詰めて持ち歩くことでした。
とほほ。
(文中写真は本編より)