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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記㉓ ~それは息詰まる攻防戦だった

森山大道を未来に伝えていく

日本写真史に燦然と輝く名作
「にっぽん劇場写真帖」が
いつ、どこで、どのように撮られたのか。
その聞き取り調査は、
森山大道という存在を未来にきちんと
伝えていくためにどうしても必要な作業なのだ。
そう編集者の神林さんは言いました。

膨大な写真を撮ってきた大道さん。
しかしそのネガフィルムや
オリジナルプリントは相当数散逸しています。
撮影データを含めたアーカイブ作業は
追いついていないのが現状なのです。
これだけの巨匠の存在と作品群を
いかにきちんと未来につなげていくのか。
その課題は誰かが解決しなくてはならないことでした。
だったらオレがやる。
神林さんは覚悟を決めていました。

聞き取り調査が始まって
編集者・神林豊さんも
造本家・町口覚さんも、
そしてカメラを回す僕も
大道さんの記憶力に舌を巻いていました。
大道さんは、覚えているのです。
この写真をどこで撮ったのか。
その時誰が横にいたのか。
どんな機材を使って、どんな会話があって
どんな風にプリントしたのか。

大道さんのアーカイブは、
大道さんの頭の中に眠っていたのでした。

50年以上前のスナップを
まるで昨日のことのように語る大道さん。
出てくる、出てくる、面白い秘話の数々。
大道さんの頭の中のアーカイブが
少しずつ氷解し、発掘されていきます。

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大道さん、これ何ですか、この唇の写真。

「ああ、それは夜中テレビで
横尾忠則さんの特集やってたんだよ。
その画面を撮ったの」

え、そうだったんですか!
これ、横尾忠則さんの絵だったんですか。

「そうそう」

しかし、こういう写真と
こういうお尻をよく並べますよね。

「オレ、当時からこういうの撮ってたんだね。
オレ、何にも変わってないじゃん。」

今更何言ってるんですか。

「普通、50年も経ってたら
”写風”の変化があってもよさそうだよね。」

大道さんは、少しずつ乗り始めていました。
そして自身の記憶が揺さぶられていくのを
面白がり始めていました。

まるで刑事の取り調べ捜査

編集者と造本家の聞き取り調査は
一見、飄々と和気あいあいとした雰囲気でした。
しかし穏やかな空気とは裏腹に
その内容は、まるで刑事の取り調べ捜査の
様相を呈していきました。
記憶力をフル稼働して語る大道さん。
その重箱の隅をつつく編集者と造本家。

大道さん、このページの群衆の中のこの女性と
別のページのこのアップの女性は
同一人物じゃないですか?

「え、そう?(大道さん、少し動揺)」

多分そうですよ、
劇団・天井桟敷のメンバーですよね、きっと。

「ああ、そうかな?…う、そうかも。
(長い沈黙と、何度も頁を往復)
…あ、いや、うん、きっとそうだね。
この人が、笑ってブレるとこうなるね。
(絶句して感心)…そういうとこ(比較検証)、すごいね」

大道さんは、編集者の緻密な事実照合能力と
造本家の特殊な画像照合能力に驚いてました。
そして、ある時、ついに腹を括りました。

「もうさ、好きにしてよ。
いっそバラバラにしてください。」

ええ、バラバラにさせてもらいますよ、と二人。
そうだ、これは大道さんを
バラバラにして
もう一度再構築する、
いわば”森山大道解体計画”なのだ。

その”森山大道解体計画”は、
必然的に大道さんの深い深いところに
立ち入っていくことになりました。
そしてついに避けては通れない
一人の人物に辿り着くのです。
それは誰も踏み込んだことのない
森山大道さんの”魂の聖域”でした。
その聖域の名を「中平卓馬」といいます。

きたな。

僕は、その一部始終を撮影しながら
興奮していました。
間違いない。

この映画は、単なる記録モノじゃない。
これは「写真家の記録映画」じゃない。
「写真家の魂の物語」になるに違いない。

そう確信した僕はこの時、
ある重大な決意をしたのです。
それはいわゆる一般的なドキュメンタリーの
基本や常識を打ち破る
いささか突飛な発想でした。

(写真:本編より)


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