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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑰ ~録音部がいないということは…

とにかくカメラを止めない!一秒でも長く回せ

撮影・編集・監督は僕一人。
丸一日、大道さんの姿を撮り続ける。
美しく端正な映像を撮ることが目的ではない。
それよりも、大事なのは
大道さんの動きをちゃんと記録することだ。
誰にも頼れない。
自分がそのとき、カメラを回していなかったら、
もうその瞬間は永久にどこにも残らないのだ。
現場には僕と大道さんしかいない。
だから回す。撮影する。
徹底的にカメラを回して、記録する。
大道さんの一挙手一投足を映像に収める。
それが僕の役割だ。

つべこべ言わずに、回せ。
理屈をこねている暇があったら、撮れ。
とにかく撮らないことには始まらない。
一分でも一秒でも長く撮影しろ。
話はそこからだ。

僕は、そう決めてから
あっと思ったのです。
図らずとも
それは森山大道さんがいつも
ストリートスナップを語るときに用いる話でした。

とにかく表に出ろ。
そしてよく見て、
すべてを撮れ。
食わず嫌いするな。
つべこべ言わずに
一枚でも多く撮れ。
量のない質はない。
とにかくシャッターを切れ。

それが森山大道さんの
スナップワークの鉄の掟です。

カメラなんて何でもいい。
写ればいいんだから。
写ればしめたものなんだから。
写ってさえいればあとはどうにかなるんだから。
だから、迷うな、考えるな。
とにかく写せ。撮れ。

そうだよな、僕もつべこべ言わずに
とにかく撮りまくらなくちゃな。
撮ってさえいればどうにかなるんだから。
逆に言えば
撮っていなくちゃどうにもならないんだから
とにかく回そう。

僕が試行錯誤の末に
決めた映画の撮影スタイルは、
そのまんま大道さんのスナップの鉄の掟に
当てはまるものでした。

森山大道さんは一枚でも多く撮る。
僕は一秒でも多く撮る。
これで決まりだ。

最後に残った問題は「音」でした。

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でも音はどうする?

写真には当たり前の話ですが音はありません。
映画には、音が必要になります。
劇場での大音響に耐えうる現場音を
どうやって録音するのか、というのは悩みの種でした。
もちろんカメラには内臓マイクが付いていますが、
それだけでは到底、劇場用の音にはなりません。

通常は、録音部というプロ集団がいて
その日その現場そのシーンに合った
適切な機材を用意し、
驚異の職人芸を駆使します。
そして登場人物の台詞から
ため息吐息、
草木のざわめきから
小鳥のさえずり、街の雑踏まで
チームで綺麗に録音していきます。

今回は一人で何もかもやる。
だからまずなるべく軽装備じゃなくてはないけない。

一般的な小型の外付けマイクを購入しては
テストを繰り返し、
どうも今一つ音質に納得がいかず
また別のマイクを購入してみる。
ということの繰り返しでした。

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マイク機材テスト…試行錯誤の末に

僕は、マイクを何本も無駄に買っては
音質にその都度がっくりする日々でしたが、
ある日ついに悟りました。
結局、こればかりは家庭用じゃだめだ。
ちゃんとした業務用機材じゃないとだめなんだ。
軽装備にこだわり過ぎて
軽いリーズナブルなマイクセットだと
やはりそれなりの音にしかならない。

こうして僕は、大枚をはたいて
重たい「XLR-K1M SONYガンマイク 
XLRアダプター&マイクキット」というのを
清水の舞台から飛び降りるつもりで購入しました。

それを民生機
(僕らはプロ機材に対して
一般仕様の機材のことをこう呼びます)
のハンディカメラに装着します。

イメージで言うと
「写ルンです」に
バカでかい「ストロボ」を乗せている。
そんな感じでしょうか。
とにかく、家庭用の小さなカメラに対して
録音部分だけがプロ仕様で妙にデカいという、
頭でっかちでアンバランスな姿にはなるのですが…
結局これが一番いい音が録音できるのです。

このアンバランスでやや不格好な撮影・録音セットが
僕の基本装備となりました。

ところで…
一日中、カメラを止めない。
一日まるまる映像を記録する。
つまりそれはイコール
丸一日分の「音」素材が蓄積していくということです。

映像だけでも気絶するような素材量になるのに
音声がそこに加わると
これは編集の際に待ち受けているのは
もう地獄しかありません。

なぜなら、映像なら
使える、使えない、面白い、面白くないは
ある程度見た目で
パッパッパッと決めて行けます。
でもその「使えない映像」には
とても面白い「使える音声」だけが
記録されているかもしれない。
だからつまり、編集時には結局
「素材を全部聞かなくちゃいけない」ということです。

使えない映像に隠されてるかもしれない
使える音声。
これが本当に、
もう泣けてくるほど厄介な存在なのでした。

だって、大道さん
唐突にぽそっと重要なことや
面白いことを呟くし、
大体そういう時は
カメラが回ってはいても
僕が少し油断している時なんですもの…。

(写真:本編より)

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