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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記⑳ ~編集者と造本家、途方もない計画

「にっぽん劇場写真帖」復活計画

編集者・神林豊さんの話は衝撃的でした。

森山大道さんのデビュー写真集
「にっぽん劇場写真帖」(1968)。
そこに収められた149点一点一点が
【いつ】【どこで】【どのように】撮られたのか。
それを森山大道さん本人から聞き出して解明し、
すべて明解なデータとして残す。
「にっぽん劇場写真帖」決定版を世に放つ。

気の遠くなるような作業を前に
神林さんは飄々と言うのです。


「なぜって。それが森山大道さんのアーカイブを
後世にちゃんと残すために必要なことだからだよ」

50年前の写真一点一点の撮影背景なんか
大道さん本人が本当に覚えているだろうか?

神林さんは続けて言うのです。


「この作業はおそらく困難を極めるだろうね。
だから、信頼できるパートナーと組んで二人でやろうと思う。」

こうして登場したのが、
造本家の町口覚さんでした。

造本家・町口覚、登場

”造本家”とは、あまり聞きなれない言葉ですが
僕の前に現れた町口さんは自身のことをそう語りました。
装丁家でもデザイナーでもない。
自分は”本を設計し、造り上げる人間”なのだと。
その意味を知るのは随分後になってのことでした。

町口さんは、これまでに大道さんの写真集を多数手掛け、
日本を代表する多くの写真家たちとも組んで
様々な「こだわり写真集」を世に送り出していました。
神林さんも然りです。
僕はこの編集者と造本家が出してきた
数々の写真集がとても好きでした。

「にっぽん劇場写真帖」復活計画。
ここにこの映画の背骨があるんじゃないか。
そう直感していた僕は、
編集者・神林豊さんと
造本家・町口覚さん二人に頻繁に会うようになりました。

しかし彼ら自身もまた
どこからどう手を付けていいものか考えあぐねていました。
聞けば、この恐るべき計画は
デビュー写真集を刊行した後
「狩人」「写真よさようなら」「光と影」と
往年の森山大道初期名作写真集の”決定版”刊行に
つなげていきたいようでした。

つまり、これから60年代、70年代、80年代の
森山大道さんの記憶を丹念に紐解いて、
一点一点の写真制作の背景を解き明かし
すべてそれをアーカイブしていく…という
本当に途方もない計画の第一章だったのです。

この二人はそんなとんでもないプランを
「どうする?どうやって始める?」と
楽しそうに、まるで子供が遠足の計画を立てるかのように
わいわい話し合っているのです。
毎晩、毎晩、飽きることなく。

でも、そこには言葉にならない緊張感が張り詰めていました。
ただ楽しそうに話しているだけではない。
そこには、日本の、いや世界の写真史にとって
きわめて重要な記憶を、
正確にデータとして残さなくてならないという
強い使命感と覚悟がありました。

その緊張感を紛らせるようにして
彼らは子供のように喋り続け、
大きな冒険に出るための手がかりを探しているのでした。

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写真集は何から出来ているか

ある晩のことです。

真夜中に喋り疲れて一瞬、静かになったあと
町口さんが僕にこんなことを言ったのです。

「岩間さん、写真集って何で出来ていると思います?」

僕は、質問の意味がよく分からず
「写真集は、写真で出来てるんでしょ」などと
しどろもどろで答えましたが、
彼は首を横に振ります。
続けて言ったことが
この映画の進路を決定づけました。

「写真集は、紙から出来ているんですよ。
その紙は木から出来ていて、その木は森に生えている。
一冊の写真集はそこまで考えて作るんです」

なんと!そんなことは考えたこともなかった。

「ですから、今度の森山大道さんの写真集
『にっぽん劇場写真帖』決定版は、
じゃあどんな森のどんな木から出来た紙であるべきか。
そういうところからイメージしないとダメなんです」

神林さんは横でその話を黙って聞いていました。

僕は、目の前の編集者と造本家が
想像を絶する壮大な難事業に取り組もうとしていることを
この時初めて理解し、
全身に鳥肌が立つのを感じ取りました。

僕は翌朝、筆を執りました。
僕もまた何かに取りつかれたように
映画の構成プランを一気に書き上げました。
そして二人のところにそのプラン書を持っていきました。

そこにはこう書かれていました。

「これは、”一人の写真家”森山大道の物語である。
そしてこれは、”一本の木”が”一冊の写真集”になる物語である。
一人の写真家と一本の木は、
過去と未来の交差する現在地で出会い
一冊の写真集として一つになる。
これはそういう映画である」

大いなる旅路が今、幕を開けようとしていました。

(写真:映画本編より)

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