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映画「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家・森山大道」監督日記 番外編~韓国NEWSTOF 監督ロングインタビュー(日本語版)

韓国・全州国際映画祭正式招待の際に受けたインタビューが、韓国メディアNEWSTOFで紹介されました。本掲載はもちろんハングル語ですが、僕がもともとお答えした日本語の原稿があるので、それをそのまま監督日記に載せさせて頂きます。少々長い記事ですが、お読み頂けると嬉しいです。

全州国際映画祭招待作品
『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』
岩間玄監督インタビュー

インタビュアー:홍상현(洪相鉉)【NEWSTOF】

表現と実験精神でインディーズ映画が競合する英国レインダンス映画祭。そこで高く評価された本作は全州国際映画祭にも招待されました。 まだコロナ禍で世界の映画人が苦しんでいる時期です。より感慨深いと思いますが、いかがでしょうか。

岩間:本来であれば、現地に直接お伺いし、現地の皆様と交流しながら様々な意見交換をしたり絆を深めたりするのが国際映画祭の大きな役割・目的だと思います。しかしこのコロナ禍で、海外渡航も現地交流も非常に困難になりました。では国際映画祭はその間、役割や目的を失ったのでしょうか。いえ、決してそうではありませんでした。世界が未曽有の災禍に見舞われている今だからこそ、映画を通じて人々が繋がろう。そんな強い意志を各国映画祭事務局に方々に感じ、感動しました。英国レインダンス映画祭のオンライン招待上映の時は、ロンドンに二度目のロックダウンが宣言された直後でした。全州国際映画祭の上映時は、韓国国内や日本国内でも再びウイルスが猛威をふるい始め、東京にも何度目かの緊急事態宣言が発令される時でした。互いにこんなに苦しい時なのに、海を越えて全州国際映画祭を成立させようと懸命に調整する韓国スタッフの奮闘にも心を打たれました、上映後のオンラインQ&Aの際に会場から熱い質問が次々と飛んできたことにも大変感激しました。こんな時だからこそ、映画を皆で分かち合おう。オンラインだろうが何だろうが構わない。みんなで一本の映画を同じときに観よう。そして語り合おう。映画を通じてどこかの誰かと「つながろう」。我々は一人ではない。そのことを全州映画祭を通じて今一度思い出そう。これは、そんな誇り高き戦いなのかもしれないな。そんな風にすら思いました。コロナ禍により現地全州に行けなかったことで、逆に映画祭のもう一つの力を見たような気がしました。お招きしてくださった全州国際映画祭のスタッフの皆様に、深く感謝を申し上げると共に、心から敬意を表したいと思います。

本紙インタビュー恒例の質問です。 普段、韓国映画を好んでご覧になりますか。 また、韓国映画についてどう思いますか。

岩間:韓国映画は好んでよく見ますし、大好きです。そのバリエーションの豊かさ、層の厚さ、スケールの大きさにいつも驚かされます。そして、韓国映画人皆さんの情熱や愛情の深さ、そして技術の高さに常にまぶしさも感じています。また、映画作りを取り巻く素晴らしい制作環境に、ちょっぴり羨ましさも感じています。韓国映画を深く愛する日本人は大変多く、私もその一人です。骨太でアーティスティックな作品から、軽やかでさわやかな作品まで、優れた韓国映画を観る度に、映画の無限の可能性を感じさせられます。今、世界の映画制作の中心は韓国にあるのではないでしょうか。私も、いつか韓国で映画を作ることが出来たら、と夢を見たりします。

特に好きな作品や監督、俳優などはいますか。

岩間:ポンジュノ監督の作品は、勿論昔からすべて見ています。「パラサイト」も素晴らしいですが、私は初期・中期の作品群も好きです。「ほえる犬は噛まない」「殺人の追憶」「グエムル」「母なる証明」には大いにインスピレーションを貰いました。またパク・チャヌク監督の作品も好きです。特に「親切なクムジャさん」「サイボーグでも大丈夫」は、豊かな詩情をたたえていて切なくて大変気に入っています。そして何といっても最近、強く心を動かされたのはイ・チャンドン監督です。「バーニング」を観た時、そのあまりの素晴らしさに言葉を失いました。映像がここまで静かにしかし雄弁に詩を語ることが出来るのだということを、イ・チャンドン監督の作品を見るとあらためて思い知らされ、大きな勇気をもらいます。そして韓国映画の底力を見せつけられ、嫉妬すら覚えます。俳優は、イ・ヨンエさん、ペ・ドゥナさん、そして「バーニング」で彗星のように現れたチョン・ジョンソさんが好きです。

大学では文学を専攻し、テレビ局に入社して以来、ドラマなど様々なジャンルのディレクターとして活躍されてきました。しかし映画監督として選んだジャンルは”ドキュメンタリー”でした。 どのようなきっかけがあったのでしょうか。

岩間:今回、森山大道という稀代の写真家の魂を伝えるためには、作られたドラマではなく、生々しいドキュメンタリーでなくてはならないと思いました。現在進行形の存在と時代の生々しい息遣いを、映像の力で瞬間的につかみ取るのは、ドキュメンタリーという手法が最もふさわしいと感じています。そもそも人間は誰もが、人生という劇場の中で精いっぱい己の人生を生き、演じる俳優だと思います。映画の神様は、すべての人に台本を準備しており、すべての人に役割を与えているはずです。ドキュメンタリー映画とは、この見えない台本に目を凝らし、役名のない役柄を浮き彫りにし、知られざるドラマを発掘し、そこに光を与えていくことだと考えています。目の凝らし方、浮き彫りの仕方、発掘の仕方、光の当て方によって、生まれる物語がまったく異なります。その作り方は、百人百様です。まったく予想のつかない物語の展開に、驚き、感動し、注意深く断片を組み立てていくスリリングな作業が、ドキュメンタリー制作の醍醐味であり、私の性格には合っていると感じています。

監督のフィルモグラフィーで目立つのは、やはり美術番組など美学的素養の豊かさに基づいた作品群です。 今回の『写真家 森山大道』もそれの延長線上にあるのでしょうか。

岩間:いいえ、延長線上にあるものではありません。私がこれまで手掛けてきたオーソドックスで伝統的な美術番組は、ルネサンスやバロック、印象派、日本の建築美術、古典絵画、古典彫刻などをテーマに取り扱うことが多いです。つまり扱う作家たちはすでにこの世にいない「歴史上の人物」であることが多いわけです。しかし今回の「写真家・森山大道」は、過去の偉人ではなく、21世紀の現在に生きる現在進行形の作家です。過去の物故作家の伝記を描くのと、現役の作家を現代の中でビビッドに描くのとでは、大きな違いがあります。現役の作家の場合は、描き方に教科書も見本も正解もないからです。現在進行形で生き、表現し続ける作家とその作品を、現代という時代の中でどう描くべきか。どうつかみ取り、どう解釈し、どう描くことが正しいのか。教科書も見本も正解もない中で、今現在の「写真家・森山大道」を表現することは、手探りで作家の今現在の魂と真摯に向き合うことであり、これまでの私のフィルモグラフィーとは一線を画するものでした。

作品の主人公である写真家の森山大道氏との初めての出会いについて聞かせてください。

岩間:20歳の時に、代表作である黒い犬の写真(通称・三沢の犬)に強い衝撃を受けました。私は放送局に入りましたが、何年か思うような仕事が出来ず、悩んでいました。最後にどうしても会いたい人に会って、その人のドキュメンタリー番組を作ってから辞めようと決意し、20代最後の秋に森山大道さんを訪ね、45分のテレビ番組を作らせて頂きました。荒々しい写真から受けるイメージとは真逆で、とても穏やかで、心優しく、紳士的で、繊細で生真面目な人だったことにとても驚かされました。

本作は、撮影当時80歳だった森山氏ご本人の姿、傑作写真の数々、デビュー写真集復活プロジェクトなどで構成され、これらがシャッフルされる形で美しいドキュメンタリーに仕上がっています。 このことについて監督のコメントをお願いいたします。

岩間:森山大道さんの「過去」と「未来」を交差させることで、森山大道さんという写真家を、単なる伝説・伝記ではなく、今現在の存在(物語)として描きたいと思いました。「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」というタイトルの通り、森山さんの過去の写真群は、今見てもとても新鮮で新しい表現に満ちています。同時に、今発表している写真は、まるで何十年も前からこれを知っていたかのような懐かしさに満ちています。森山大道という人とその表現には、「過去」と「未来」が複雑に絡み合い、時に逆転・反転しながら渦を巻いています。そのことを表現するために、いくつかの時間軸を織り交ぜました。

この作品を撮影した当時の森山氏は80歳ですが、とてもその年齢には見えないほどの若さを誇っておられます。 どのようなポイントに力を入れて演出されたのか知りたいです。

岩間:普通、人は誰しもが年齢や環境や時代の変化や時の移ろいと共に変わっていきます。しかし、彼の場合は、まったく見た目も表現エネルギー創作意欲も変わっていません。驚異的なほど衰えを全く見せていないのです。スナップする手法も、尽きることのない題材も、一日の撮影量も、歩く速度も、まったく変わることがないのです。アナログからデジタルへの変化など、彼にとっては大した問題ではないのです。彼の最大のストロングポイントは、ただ飽きもせずひたすら毎日毎日写真を撮り続けるということです。50年以上その日常は変わっていません。続けることの素晴らしさが、彼をいつまでも若々しくしているのです。青春時代の森山大道と、80代の森山大道は、「今日も写真を撮り続ける」という一点において恐らくまったく変わっていないのです。そのことに私はとても新鮮な感動を覚えます。変わらないということは、実はとてもタフでエネルギーのいることです。その変わらない強さを映像として記録し、構成することに心を砕きました。

森山氏がはじめて写真集を出版した1968年は、世界が大転換を迎える歴史的時期でした。 本作を見ていると、まるで当時の革命的雰囲気が現在も続いているような気がします。 演出家として意図されたのですか。 ご意見をお聞かせください。

岩間:意図したというより、むしろ必然かもしれません。プラハの春、ベトナム戦争、キング牧師暗殺、パリ5月革命、ケネディ大統領暗殺、アポロ7号打ち上げ、ザ・ビートルズ「ホワイトアルバム」…騒乱と混沌の時代に森山大道さんは写真集デビューを果たしました。その写真集が50年ぶりに復刊するというのは、決して単なる偶然ではないと思います。今、時代は、世界は、その時に勝るとも劣らないほどの勢いで変革を迫られています。にもかかわらず、先に申し上げた通り、森山大道さんは50年前と何ら変わることなく写真を撮り続けています。変わっていく時代の危うさと、それでも変わらない個の強さ。その両方を映画の中に閉じ込めたいと思いました。

本作のメッセージの中には、やはり「生物学的な年齢は、芸術家の寿命とは無関係だ」ということもあるのではないでしょうか。

岩間:生物学的な寿命・芸術家の寿命というより、写真というものが持つ時間の超越性を考えるべきだと思います。森山大道さんはよく言います。「写真は、その時代その時代で何度でも生まれ変わるのだ」と。一度シャッターを切られた写真には、その時しか存在しえなかった光・空気・風景・事物が刻印されます。そしてそれは、その後、印刷物やデジタルデータとして何度も何度も複製・再生され、そのたびに異なる意味と異なるメッセージを伴って甦ってくるのです。森山大道という写真家は、写真メディアが持つタフでしたたかな永遠性を自ら具現化しているような存在です。芸術家の寿命というより、写真が持つ不変性と永遠性が、彼自身に宿っているのです。

本作では、監督の映像と三宅一徳氏の音楽が、まるで森山氏の人生とともに存在してきたかのように見事に調和しています。 特に三宅氏には本作が最初のドキュメンタリー映画であったことに驚かされます。 監督のコメントをお願いいたします。

岩間:三宅さんは大変引き出しの多い作曲家です。それゆえ、いかようにでも解釈できる複雑で重層的な音楽を作ることの出来るクリエイターです。森山大道さんの写真もまた見る人によってまったく異なる意味や美しさを持ちます。引き出しの多い作曲家と、多様性を有する写真家とは相性が良かったと思います。

まるで巨大なオペラの幕が終わったような感じです。次回作の計画はありますか。

岩間:とても嬉しい感想です。ありがとうございます。今回は、私自身の森山大道さんへの長く巨大なラブレターのような作品です。今は真っ白な状態でまだ何も考えられない状態です。森山大道さんに対するのと同じように、深く愛し、尊敬し、その素晴らしさを伝えたいと思えるような対象と出会えれば、それが次回作のテーマになるはずだと思います。

監督が考える本作はどのような映画ですか。韓国の観客のための紹介のお言葉をお願いいたします。

岩間:これは一人の写真家の物語です。彼は、スタジオも、照明機材も、三脚も、アシスタントも持っていません。小さなコンパクトカメラと自分の足だけを武器に、街を彷徨い、路地に分け入り、毎日毎日写真を撮っています。求められる時も求められない時も。褒められる時も貶される時も、写真を撮ってきました。50年以上、毎日毎日、同じことを続けてきました。その姿は私たちに大きな勇気と感動を与えてくれます。決して難解なアートドキュメンタリーではありません。観ると何だか元気になる、面白くて楽しい映画です。ぜひご覧ください。

韓国の観客の皆様へのメッセージをお願いいたします。

岩間:韓国の皆様へ。私は、皆さんが作り出す文化を深く愛し、尊敬しています。この映画が、海を越えて皆さんの心に届いてくれることを願います。映画は勿論、文化に国境などありません。私たちはつねに共にいます。コロナ禍が終息したら、ぜひ日本に遊びに来てください。私も、次回韓国に行けることを心から楽しみにしています。お互い、コロナというこの難局を乗り越えましょう。どうもありがとうございました。

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